第74話 番外編 プロローグ蛍 (蛍side)

第1話の前 (蛍視点)



新しい姉の名前は飛鳥っていうらしい。

そんなことを聞かされたのは本当に最近だった。

私は予定より早く再婚相手の家に住むことになった。


一応しばらくは今住んでいるマンションにも出入りできるらしいけど、私は急いでとりあえず使う荷物をまとめた。


海外出張とか相手の家で知らない女の子と同居とか、そんなこと急に言われて困る気持ちはあったけど。


そうは言っても決まったことは仕方がないので

私は土曜日だと言うのに制服を着ていつもの中学校へ来ていた。

転校の準備のためだった。来週からは新しい家の近くの中学校に通うことになっている。



◇◇



自分のクラスで机やロッカーにあった荷物を鞄に入れてから職員室で軽く挨拶をした。

校内やグラウンドには部活の生徒がちらほらいるだけで普段話す子は今日は見かけなかった。

まあ、いっか。って思いながら門を出た。


仲の良い友達には昨日連絡したし、新しく住む家はそんなに離れていないから会おうと思えばいつでも会える。


校門を出ると振り返って校舎を見上げた。

思い入れとかは特にあるわけじゃないけど、一応。


そしてそのまま右手にはボストンバッグを下げて駅のある方へ歩いた。

だいたいの荷物は宅急便で送ったりしたけど、とりあえずの日用品とか着替えとかが入っているからけっこう重かった。



◇◇



私は電車を降りるといつものライブハウスに向かった。

このあとはライブのリハーサルと、夕方からはそのままライブがある。


ライブハウスには楽屋がいくつかあって、今日は私たちのグループだけで一つの部屋が使える。

他のグループと楽屋が合同だと狭くなるので、ちょっとラッキーだななんて思いながら部屋に入った。



中には一人しかいなかった。

あれ?けっこう時間ギリギリだったからもう全員来ているくらいだと思ったんだけど。


「おはようございます」


私は楽屋の奥に座っているユカさんに挨拶をして、いつも座る真ん中あたりのテーブルについた。


「おはよ! 何その荷物? 旅行?」


ユカさんが私の手にあるボストンバッグを見てそう聞いた。

グループのオレンジ色担当のユカさん。歳は私よりかなり上のたしか十九歳くらい。


「んー、……引っ越し、です」



「何それ! ちょーアガるやつじゃん」

ってユカさんは言っていた。

別にアガらないけど引っ越しには間違いなかった。

私はこのあと新しい家に行くことになっていた。住所と電話番号もあらかじめ教えて貰ってある。



「そうでもないです」

突っ込んで聞かれたら面倒だなと思ったけど、そういうこともなく。

私は邪魔だったボストンバッグを適当に置いて、学校の鞄からメイクポーチを取り出してテーブルの上に置き、ライブの準備を始めようと思った。



「リハーサル始まるの遅れるらしいよ」

ユカさんはあいかわらずニコニコして私を見ていた。

普段この人と二人で話すことってあんまりない。


「そうなんですか?」


「グループメッセージに連絡来てたの見てない?」


「……見てないです」


見ていなかった。そういえば家を出たとき以来、携帯を見ていない。

荷物も邪魔だし考え事もしていたし。

早く気づけばよかったなと後悔しながら、今さら携帯のアプリを確認した。


たしかにそんな連絡がきていた。

ライブハウス側の機材の事情でリハーサルの開始時間が遅れるらしい。

だから集合時間ギリギリなのに楽屋に二人しかいないんだって理解した。

今さら、ライブハウスを一旦出てどこかに行くほどのことでもなかったから

このまま楽屋で時間まで待つことにした。



ユカさんはけっこう大音量で、携帯で動画を見始めた。

大学生ってどんな動画見るんだろうって思ったけど、クラスの子が好きって言っている配信者の動画っぽかった。



私が楽屋に到着してからたぶんそんなに時間は経っていない。


「おはよーございます」

って楽屋のドアが開く。


「おはようございます」

私は顔を上げて反射的にそう言った。

入ってきたのはリリアだった。

リリアとは一瞬目が合ったようで、でもそうでもなくてお互いの視線はなんとなく合わない。


「えっ!? 何でみんないないの?」


リリアはたぶんユカさんに話しかけていた。

手元にあった携帯で時間を見たら本来の集合時間を数分だけ過ぎていた。


「リハーサル遅れるって。グループメッセ見てない?」

ユカさんはさっきと同じようにリリアにも説明していた。


「何それ? 見てないわよ」


「私も知らずに来ちゃった。みんな、仲間だねぇ」

ユカさんはそんなふうに少しおどけて言っていた。



リリアは私の前を通り過ぎると奥にいるユカさんの隣に座った。

私はそれをちらっとだけ見ると、携帯でダンスの振り付けの確認をしようと

マネージャーから貰った動画を保存してあるフォルダを開いた。



「えー。だったら急いで来なければよかったわー」


私は携帯を操作しながらリリアの声を聞いていた。

一番はじめてダンススクールで会ったときから、あまり雰囲気の変わらない人だなと思う。

あれからもう三年くらい経つ。

ダンススクールで仲が良かった子は他にもいたのに、今こうやってリリアと同じアイドルグループにいるのが少し不思議な気分だった。



「ねぇ、自主練する? 振り付けの確認しない?」

それは私の言葉だった。

携帯にイヤホンを指して振り付けの動画を見ようとして、ふとイヤホンを耳にはめる前に思いついて私は二人に話しかけた。


みんな暇そうだったし、今度のライブで久しぶりにダンスが激しい曲をやるから。

楽屋だと踊ったりとかまではできないけど、ちょっとした振りの確認くらいならできるかなと思った。



「何で? 私、しないわよ」

リリアがそう言った。今日初めてリリアと目が合った。


「もう振り付け覚えてるし。どうせ誰も細かいところまで見てないわよ」



「……あっそう」

そういえば、こういう人だったなと思い出して私はイヤホンを耳にはめようとした。




「ねぇ、蛍ちゃん。前から思ってたんだけど、何でシューティングスターに入ったの?」

リリアに名前を呼ばれて、私はもう一度顔を上げる。


「……別に。マネージャーに誘われたから」


「ダンススクールにいて、そのままそういう路線目指したほうが良かったんじゃない?」


私が、何それって思う前にユカさんが

「ちょっとリリア……」って言うのが聞こえた。



「悪い意味じゃないわよ。蛍ちゃん、ダンス上手だし地下アイドルよりそっちのほうがむいてるんじゃないのってことよ」


「……別に」

リリアの言葉に私はそう返すしかなかった。

たしかに自分がそこまでアイドルにむいてるとは思わなかった。自覚はないけどあんまり笑わないねって周りからもよく言われるし。

ファンの数もリリアのほうがずっと多い。



「まあ、なんでもいいけど」

リリアはそう言って、私との会話は終わりって感じで向きを変えると携帯を見始めた。



「…………私は、……でも、みんなで大きいステージ立ちたいなって。そう思わない?」

別に言い返すつもりなんてなかったのに、私はほとんど無意識に二人に話しかけてた。


このグループに入ってからずっと思っていた。たしかにダンススクールも楽しかったし、私はアイドルにむいていないかもしれないけど。

私はアイドルをやっているのが好きだった。ファンの人の笑顔が近くて見れたり、みんなでステージを盛り上げたり、アイドルって楽しいなって思っていた。



笑われるかもしれないけど、でも言ってみたかった。

二人はそういう目標ないのかなって、反応が見たかったんだけど。


リリアは私を見て「ふーん……」って言うだけだった。


ユカさんは「いいね! いいね!」なんて明るい声を出していた。


もういいや、このグループには他にも何人かメンバーいるし。

って、そう思って私はイヤホンを耳に入れた。



◇◇



ライブが終わって荷物を持って、新しい家に向かった。

行き先は初めて降りる駅だった。


私より二歳上の姉ができるらしいけど。


家族なんてそんなに信用していないし

私にとってたいしたことない存在だった。


だから、新しい姉がどんな人でも別にいい。

そんなことを考えながら電車の窓から外を見ていた。



でも私がアイドルやってることを応援してくれる人だったら嬉しいな。

ふと、そんなことを思った。


いつか私が大きい会場で歌ったりして、新しい家族とか友達とかファンの人とか。

みんなと一緒に笑えたらなってそんな夢みたいなことが一瞬頭に浮かんで、すぐに考えるのをやめた。



駅で電車を降りて今日から住む家の場所を地図アプリで確認する。

急に姉ができるって言われても困るし、新しい家のある場所も普通の住宅街っぽい。

それでもやっぱり、ほんの少しだけわくわくした。

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