第72話 if蛍ルート エンド
その日はクリスマスでも蛍ちゃんの誕生日でもなかった。
だけど私は、絶対に渡したいものがあって
一日でも早く渡そうと思って
学校帰りに、ちょっと遠くまで寄り道をして「目当てのもの」を買った。
季節は冬が始まったばかりのころだった。
そういうわけで、ちょっと先にはクリスマスも控えているから
あんまりプレゼントを渡すには向いている時期じゃないかもしれない。
それでも自分の気持ちに気づいたからには一日でも早く渡したくて
帰り道、ずっとそわそわしていた。
早く渡したい理由の一つは単純で、いつまでも曖昧な返事をしてしまっている蛍ちゃんに、早く気持ちを伝えたかったから。
もう一つは、数日前に長期の海外出張に行っている両親から
「来週くらいには日本に帰れるよ〜」っていう、のんきな連絡があったからだった。
それは突然のことだった。
忘れていたわけではないけれど、まあ考えなくてもいいかなと思っていた。
そういうわけで、私の帰りが遅かったせいでいつもより遅い夕飯を食べて。
そのあと蛍ちゃんの部屋の前に今日買ったばかりのそれを持って私は立っていた。
◇◇
「蛍ちゃん、いるー?」
私は蛍ちゃんの部屋の扉をノックした。
「どう考えてもいるでしょ」
ぜんぜん待たずに蛍ちゃんが出てきてくれた。
甘えモードの時は首を傾げて「私と付き合うか決めた?」なんて言ってくれてるのに。
けっこうそっけない返事だった。
まあ、そういうところも好きなんだけど。
「何やってた?ちょっとお話しない?」
「いいけど」
私は手を後ろに回して、背中の後ろにプレゼントを隠しながら部屋に入った。
すぐバレると思うけど、一応。
そうやって私たちは蛍ちゃんの部屋で並んで座った。
蛍ちゃんはベッドを背もたれにして座った。
私もその隣に座る。
なんとなく定位置だった。
そして、本当はさりげなく良いタイミングで渡したかったけどたぶん無理だから、
私は普通に蛍ちゃんにラッピングされた紙袋を差し出した。
「これ、よかったら貰ってくれない?」
「え? 何?」
蛍ちゃんはそう聞いた。
「プレゼント。いらなかったら受け取らなくていいけど」
「いや、いるよ」
蛍ちゃんは中身を見る前からそう言ってくれて、
それで「開けていい?」って聞くから頷いた。
紙袋の中に入っていた白色の小さい箱。
蛍ちゃんはさらにそれを開けて、たぶんびっくりしていたと思う。
「え、ありがとう、嬉しい。え、……くれるの?」
って。私と指輪を交互に見ながら言った。
「うん。今、渡したかった。早く言おうと思って」
蛍ちゃんは私の話を黙ったまま聞いてくれていた。
私は緊張していたけど、とにかくきちんと気持ちを伝えようと思って、
ずっと考えてきた言葉を口に出した。
「私は、蛍ちゃんが好きです。私と付き合ってください」
「……ほんとに?」
「うん。遅くなってごめんね。ほんとにちゃんと考えたから。
いろいろあるかもしれないけど、……蛍ちゃん以外の人と付き合うとか恋人とか、私、そんなの無理だよ」
蛍ちゃんは私を見て黙ったままだった。
私は続けた。
「でも、嫌だったら断ってくれていいよ。指輪も重くてごめん。いらなかったら受け取らなくていいから」
受け取らなくていい話、さっきも言ったなと思いつつ、私はもう一度言った。
いざ、蛍ちゃんにペアリングを渡すと、不安とか緊張とか、ひかれないかなとか。
そんな感じにいろいろ思って、手と声がちょっとだけ震えた。
ずっと曖昧な返事しかできていなかったし、
断られても仕方ないかなとも思っていた。
でも、もし蛍ちゃんが普段言ってくれている「私のことが好き」って気持ちが本物だとしたら。
両親が帰ってくるこのタイミングで、蛍ちゃんとの将来を考えてるって伝えたかった。
「……嬉しい。ありがとう、飛鳥ちゃん」
「ほんと!?」
「うん!」
蛍ちゃんがそう言ってくれて私こそ嬉しいしホッとする。
それで、蛍ちゃんの指に指輪をはめることになった。
もちろん初めてやることで、スムーズにできたか分からないけど。
「わー!」って蛍ちゃんは指輪をはめた手を広げて、たぶん喜んでくれていた。
そして私の指にもはめてもらう。
嬉しくて、たしかになんだか自然と手を広げて何回も見たくなるなぁって思った。
「サイズ、大丈夫? 交換もしてもらえるらしいよ?」
私は蛍ちゃんに言った。
「ううん、大丈夫だよ。同じサイズだねってこの前、話したもんね」
「そうそう。大丈夫ならよかった」
前に一緒にショッピングビルにペアのアクセサリーを買いに行った時に、話の流れで指輪のサイズの話もした。蛍ちゃんも私と同じサイズだって言っていた。
「返してって言われても、もう返さないよ! 私の宝物にする」
蛍ちゃんは指輪がはめてある方の手を、もう片方の手でぎゅって掴んで
指輪を隠すようにして、笑った。
喜んでくれているみたいで、私も本当に嬉しい。
あの時は指輪にするか、他のアクセサリーにするか蛍ちゃんも迷っていたみたいだけど。
私はタイミング的にも今は指輪が欲しかった。
蛍ちゃんに重たい話をしようと思っていたからだった。
わざわざ言わなくてもいいような気もする。
でも、正式に蛍ちゃんと恋人になったわけだから。
ちゃんと伝えておきたい。
「ねぇ、蛍ちゃん。うちのお父さんさ……、まあ、私が言ってもあんまり説得力ないかもしれないけどさぁ」
話の切り出し方はちょっと迷った。
とりあえずそのまま続けた。
「まぁ、けっこう優しいし良いお父さんだとは思うんだけど。
それでも蛍ちゃんが新しい家族と一緒に住むの嫌なら、私、大学生になったらバイトとかして一人暮らしするから。
だから、もう家族のことは……心配……しないで。
私が一人暮らし始めたら……、私の家に来てくれたらいいから」
最後のほうは何て言えば上手く伝わるか迷った。
何回か頭の中で練習はしてきたけど、いざ本人を前にしたらやっぱり難しいし躊躇もある。
でも、とにかく考えてきたことは最後まで言おうと思って。
そうやって私なりに気持ちを伝えた。
蛍ちゃんと海辺のコンサートホールに行った日。
蛍ちゃんの本当の両親は今、何をしているのか分からないって聞いて。
私には何もできないなって思ったけど。
もし、二人で将来一緒に住むことができれば、
それで蛍ちゃんの笑顔が増えたらいいなって思った。
蛍ちゃんは最初はびっくりしたみたいに目をぱちぱちしていて。
それからはにかむように笑って、ちょっとだけ小さい声で蛍ちゃんは言った。
「……飛鳥ちゃん家、私も行っていいの?」
「行っていいっていうか。来てほしいっていうか。
……ずっと、毎日一緒にいてほしい。
ずっと一緒に暮らしたい。……ほんとに先の話になっちゃうけど」
蛍ちゃんは返事の代わりだと思うけど
私に頭も体も全部くっつけた。
やっぱり好きだなと思う。ずっと大切にしたいなって。
◇◇
それからは二人でたくさん話をした。
「時間が経って、やっぱり私のことお姉ちゃんとしか思えないなってなったら
気にしないで言ってくれていいからね?」
蛍ちゃんはまだ中三なわけだし、気持ちの変化とかあるのも当然で。
だから私はそう言った。
私たちはいつからお互いを好きな相手として意識し始めたのか分からない。
少なくても私は、途中で何回もこの気持ちは気のせいなんじゃないのかなって思いつつ。
それでもやっぱり蛍ちゃんしか無理だと思った。
「別に思わないけどー。でも一人暮らしするの急がなくていいよ」
蛍ちゃんはそう言った。
「うん? 何で?」
「私、この家嫌いじゃないし。
飛鳥ちゃんのお父さんのことは電話でちょっと話しただけだからどんな人か分からないけどー。
まあ、でも、とりあえず。先のことはゆっくり考えよ」
「ああ、うん……」
蛍ちゃんにはしてはめずらしく、ざっくりした言い方だなと思った。
私に気を使ってくれているのかもしれないけど。
「飛鳥ちゃん」
そうやって蛍ちゃんが私を呼んだ。
さっきまで私に頭をあずけて、もたれるようにして座っていたのに。
私から一旦離れると、こちらを見てピンと姿勢を正している。
「うん」
あらたまってなんだろうと思いつつ、私も蛍ちゃんの方を向いて座り直して、背筋を伸ばした。なんとなく手は膝の上に置いた。
そうやって、私たちはお互いに向き合って座っていた。
その、いかにも何か話があります、みたいな雰囲気に私は緊張した。
まさか、さすがに悪い話じゃないよね?
なに!?、なに!?と。正直、内心かなりあたふたしていた。
そんな私を見てどう思ったか分からないけど
蛍ちゃんはちょっと赤くなった顔で微笑んだ。
「飛鳥ちゃん、今日から一生よろしくね」
私は少し驚くように蛍ちゃんに見とれて。でも迷わずに頷いた。
「こちらこそ、よろしくね」
まだ少し早いかもしれないけど、それでも。
目の前にいる女の子と一生を約束したいと心から思っていた。
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