第36話 去年のこと、そして今年のこと3 (回想)

気になってステージに近づいた。

私が見始めた時はライブの終わりが近かったみたいで、最後の一曲だけ見ることができた。

そしてそのままライブ後のチェキ撮影会が、ステージ近くのスペースで始まろうとしていた。


集まっている人数でいえばそんなに混雑っていうほどでもなくて、少し離れた場所からしばらく見ていると知らない男性と女性のグループから声をかけられた。



「ライブ、はじめてですか?ご新規さんはチェキ無料なのでよかったらどうですか?」

「……えっと」

「よかったら並び方教えますよ」


グループの中の二十代くらいの女性の人がそう言ってくれて、迷ったけど勢いのまま頷いた。

会場にはその人以外にも女性ファンの人も何人かいて、そういう変な安心感みたいなものも多少はあったかもしれない。

話を聞いたら毎回必ずライブに来ているような熱心なファンで集まって、普段ライブで見かけないような人や、興味ありそうな人に声をかけているらしい。


たしかに一人でいきなりチェキに並ぶのって少しハードルが高い。

受付まで案内してもらって、チェキ券をもらうと女性に聞かれた。

「誰並ぶか決めてますか?」


「えっと、赤い衣装の。さっき誕生日やってた……」

「ああ、リリアちゃん」


ステージ前のスペースに待機列ができていて、そのうちの一列まで案内してもらった。

公式のホームページとか毎週末にライブをやってることを教えてもらって女性と別れると、

私は並びながらシューティングスターのブログを見始めた。


赤色担当リリアちゃん。私は彼女の名前と顔をもう一度確認する。

アイドルの握手会とかはテレビで見たことがあるくらいで、もちろん参加したことはない。

勢いで並んじゃったけどどうしようって緊張しながら順番を待った。



しばらくして私の順番になった。

「はじめまして、よね? 女の子のファン嬉しいわ。来てくれてありがとう」


真近で見るアイドルに戸惑っているとリリアちゃんはそう言って

両手で私の右手をとった。

そのままリリアちゃんの隣に立つと

「は、はじめまして」とだけ私はなんとか返した。


「やっぱりそうよね! 初めて会う子だなって思ったの! どうして私に並んでくれたの?」

とリリアちゃんはフランクな感じで話を続けてくれた。


「はい。あの、誕生日の歌が聞こえて……」

「お祝いしに来てくれたの? ありがとう! 私ね、今日で十七歳になったの」


「おめでとうございます」

「ありがとう! ねぇ、名前なんていうの?」

「飛鳥です」

「飛鳥ちゃん! 可愛い子に会えて嬉しいわ」


「いやいやいや、リリアちゃんのほうが……。ほんとにリリアちゃん可愛くて」

「そう? 私可愛い?」

「うん! それはもう!」

私がそう言うと、フフッて笑う姿が特に印象に残った。



「もうすぐお時間でーす」とスタッフの人がカメラを持って私たちの前に立った。

慣れないながらにチェキを撮ってサインを書いてもらう間にまた少しだけ話した。


「今日は誕生日お祝いしに来てくれてありがとう。飛鳥ちゃんは誕生日いつ?」

「えっと、今月です」

「えっ? 近いんだ。何日?」

「えっと……」


「うん?」

チェキにサインを書いていたリリアちゃんが顔を上げてこちらを見た。

「今日です」

「えっ!? 同じなの!? 八月八日?」

「はい、そうなんです」


「そうなの!? 同じ誕生日なの?……そっかぁ。だから来てくれたんだ。

すごい、そんな偶然ってあるのね。……もう私、飛鳥ちゃんのこと絶対に忘れないわ」


リリアちゃんはそう言った。

アイドルとか特別好きになったことなかったから、不思議な感情だった。



「本当にいつでもいいからまた会えたら嬉しいわ。

ライブに来れなくてもブログにコメント書いてくれたら読むし」


別れ際にリリアちゃんはそうやって言ってくれたけど

ライブに通うっていうイメージがわかなくて、私はただ頷いた。

具体的に次に来るのがいつなのかぜんぜん分からなかった。

実際には一か月も経たないうちにまたライブに行ったんだけど。



──こうやって人生で初めての推しメンができた。

これが去年の誕生日のこと。

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