第58話 家で演技の練習をした話
蛍ちゃんが今度映画のオーディションに出るらしい。
その日は蛍ちゃんの演技の練習に付き合っていた。
って言っても、オーディションで喋るセリフは一言だけみたいで
受ける役は主人公のクラスメイトらしい。
蛍ちゃんは夏休みくらいからこういう映画とかドラマのオーディションのセリフを練習していることがたまにあった。
結果とかは詳しく聞いてないから分からないけど。
シューティングスターの中でも映画とかに出たがる子は蛍ちゃんだけで、リリアちゃんをはじめとする他のメンバーの人はオーディションとかは受けていないらしい。
リリアちゃんが本格的に芸能界を目指していないのはなんとなく知っていたけど。
そういうわけで、最近の蛍ちゃんは特段やる気みたいだった。
◇◇
「あなたなんかあの人にふさわしくないわよ!」
蛍ちゃんが映画の台詞を言った。そして
「どう?」
と私に感想を尋ねた。
「なんか迫力あったよー」
と私は以前の配信のお手伝いに続き、あんまり参考にならなさそうな意見を言った。
ごめんね、蛍ちゃん。頼りにならなくてって思いながら。
「今の感じかぁ」
って頷きながら蛍ちゃんはリビングのテーブルにある、映画の原作になっている漫画本を手に取った。
漫画は人気の少女漫画で私も持っていたから部屋の本棚から引っ張り出してリビングに持ってきていた。
演技の予習、なんて言いながらそのまま二人でリビングのソファーで読みふけってしまって今に至る。
「いつかこっちの役も受けたいなぁ」
蛍ちゃんは漫画の表紙に描かれている主人公を指して言った。
「そしたらもう、コンビニとか気軽に行けなくなるんじゃない?」
「受かればね」
主役とか大きい役はまた別のオーディションがあって簡単には受けられないらしい。
まあ、その辺りの事情も蛍ちゃんからざっくり聞いただけだから曖昧だけど。
「とりあえず、今回のオーディション受かりたいな。なんかこのキャラ好きかも」
「たしかに。髪型とかは蛍ちゃんに似てるよね」
そんなふうに普通に話していた時だった。
ドサって音がして、気がつけば私はソファーに仰向きに寝転んでいた。
たぶん、蛍ちゃんに肩を押されて……、
あれ?押し倒されたっていうやつなのかもしれない。
蛍ちゃんが体を半分倒すように私に覆いかぶさり見下ろすから起き上がれない。
「な、な、何!? どうしたの!?」
最初はソファーにずっと座っていたから姿勢でも変えるときに体がぶつかっちゃったのかと思ったけど。
しばらくこの体勢のまま動かないから、どうやら違うみたい。
私の問いかけに蛍ちゃんはしばらく無言だった。
「……蛍ちゃん?」
私はソファーに寝転んだ状態のまま蛍ちゃんを見上げた。
手は私の腕に置かれたままだった。
ぜんぜん強い力じゃなかったし、起き上がろうと思えばいくらでも起き上がれたけど。
こんな体勢で蛍ちゃんのことじっと見ることなんて今までなかったから、不思議な気持ちで少しの間ぼーっとしてしまう。
綺麗な黒髪と強い瞳が、蛍ちゃんって美人だなってあらためて思い出させる。
「……ん?ああ、ごめん。少女漫画ってこういうシーン多いよねって思って試した」
見つめ合うこと数秒。
蛍ちゃんはそう言ってソファーに座り直した。
私も体を起こすと、びっくりしてしまった心臓を落ち着かせるように言った。
「……そう?うーん、たしかにけっこうあるかも」
映画の原作になっているこの漫画にもそんなシーンはあった気がする。
でもそれは蛍ちゃんの受けるクラスメイト役とはぜんぜん関係ないシーンで。
そのページに出てきたのは主人公とその相手だったはずだけど。
しかもかなり最終話に近いあたり。
「ドキドキした?演技力あった?」
私がそんなふうにさっき読んだ漫画のことを考えていると蛍ちゃんがそう言った。
「ええっ?……あ、うん。……どうなんだろ?」
私はそんなふうに濁すしかなく。蛍ちゃんはまた漫画をペラペラめくりながら
「やっぱりオーディション受かりたいなぁ」
って、独り言のように呟いていた。
やっぱりさっき押し倒されたのも演技の練習だったのかなって思う。
それでも少しドキドキしてしまったけど。ドキドキっていうか驚きに近いかもしれないけど。
「お腹すいたからコンビニ行こ」って言う蛍ちゃんに付き合って
そのあとはコンビニに出かけた。
デザートの棚に有名ケーキ店とのコラボの新商品が出ていて二人で喜んだ。
こうやって一緒に出かけたり、デザートの甘いものを見てる時の蛍ちゃんは
中学生の可愛い女の子なんだけどなぁって思いながら
私は蛍ちゃんの横顔を眺めていた。
もちろん、蛍ちゃんが映画に出ても出なくても。どちらにしても自慢の妹には変わりないんだけど。
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