第52話 柚菜

 目が覚めると見慣れない天井。

 動かない体と、それと共に感じる痛み。


 どうやら死に損なったらしいと分かる。


 私はあの時……。


 思い返されるあの出来事。


 迂闊な私のせいで悠貴が助けに来た……。


 いや違う、もう分かっている。


 私はあの人と同じだ。


 悠貴の母親と同じように、存在するだけで悠貴にとっては不幸にしかならない。


 あの人を見て、自分自身が重なるのを感じ取った。


 そして悠貴の見る目が、あの人を見る眼差しが私と同じになった時分かってしまった。


 だからこそ、せめて最後くらいは悠貴の役に立って死にたかった。

 そうすれば少しは悠貴も私に何かを思ってくれたかもしれないから。


 でも、この状況から最後の望みすら絶たれたらしい。


 ならこの先、私はどう生きていけば良いのだろう。


 今までのようにいくら悠貴の幸せを願っても私が居れば、それだけで悠貴にとっては不幸にしかならない。


 かといって悠貴の事を忘れて暖々と生きていくことなんて考えられない。


 だからこそ私はあの時死ぬのが最適解だった。


 それこそ殉教者のように悠貴に愛を捧げ、罪を償う最適な方法だった。


 でも、こうして私は生き恥を晒している。


 そんな取り留めのない考えを巡らせていると、巡回の看護師が私が目を覚ましたことに気が付いた。


 すぐに家族に連絡が行き、お母さんが駆けつけてくれた。


 涙ながらに喜ぶお母さんを見ると、私も少しだけ気が軽くなる。

 自然と涙が溢れ、なんとなく生きてて良かったと思えた。


 その後、お父さんも来てくれ、優しい言葉を掛けてくれた。


 ベッドから起きれるようになった頃。

 美月さんが見舞いに来てくれた。


 そして訪れて美月さんが口にしたのは、


「ゴメンね柚菜巻き込んで。それからありがとう悠貴を守ってくれて」


 という謝罪と感謝の言葉。


「いえ、巻き込んだというより、私から巻かれにいったようなものなので謝罪は不要です。感謝も当たり前の事をしただけですから」


 私がそう返すと、美月さんは困ったような複雑な表情をすると話し始める。


 そして今回の事件の経緯も教えてくれた。


 どうやら愛華さんは複数の協力者を前回の事件の時から増やしていったらしい。

 弁護士に始まり、入院先のスタッフ、資金援助してくれるパトロンすら手に入れた。

 あの魔性とも思える妖艶さで男を手玉に取り次々に篭絡していったようだ。


 そして綿密に計画を練り、我慢を重ね、病院から脱走した。


 しかし、外に出て悠貴に会えるとなった時点で我慢がきかなくなったらしい。リスクを無視してただ悠貴に会おうとした。


 多分あの人は悠貴に会えば、きっと悠貴は自分を理解して一緒に来てくれると思っていたのだろう。

 悠貴の為という免罪符を持っていたから。


 それは私も理解できた。

 あの時までの私も同じだったから……。


 改めて自分の愚かさに呆れ、病室の天井をただぼーと眺めてしまっていた


 そんな私を心配したのか美月さんが声を掛けてくる。

 

「ねえ柚菜。悠貴に会いたい?」と。


 私の中に葛藤が生まれる。

 もちろん悠貴に会いたいかといえば答えはイエスに決まっている。


 でも、今の私は理解している。私は悠貴にとってはもつ必要ない過去の遺物。

 側にいても不幸をもたらす存在だと。


 そうして出した私の結論は……。


「いいえ、会うことは出来ません。だけど一つだけいいですか?」


「なに」


「もう、なにもしません。だけど、少しだけ私が悠貴を振り切れるまでで良いので、せめて遠目だけでも見守らせてくれませんか?」


 結局のところ中途半端な決断。


 そして今回の件を負い目と感じている美月さんはそれを許した。



 それから私は怪我の具合もあり、学校は休学した。そして悠貴との兼ね合いもあり留年することを選択した。


 復学してからは学年が離れたことで悠貴と接触する機会はほぼゼロになり、校内でたまにすれ違うくらいになる。


 悠貴を振り切る意味で告白された男子と付き合ったりしてもみたが、私の体質は治っておらず、彼女なのに触れることも出来ない男子は自然と離れていった。


 私自身も離れれば少しは落ち着くと思った気持ちは、いっこうに冷めることなく、遠目だけでも悠貴の姿を見て胸が高鳴る始末。


 そして改めて思う。

 私は本当に悠貴が好きなんだと。


 だからこそ、疑問にも思う。

 どうして、こんなに好きでたまらない人を裏切ってしまったのかと。


 確かにあの時は場の雰囲気に流され、熱に浮かされるような高揚感も重なった。


 だけど、結局のところどれも言い訳に過ぎず根本的な所で私が弱かっただけなのだろう。


 自分の弱さから自分に甘えて、楽な方に流された。先輩のやり口もあったのだろうが、最後まで確固たる意思を貫けなかった自分の甘さと弱さに……自分自身に負けたのだ。


 そしてそんな弱く甘ったれな私を、悠貴は罰する事なく突き放した。

 突き放された私は拠り所を探して、先輩に傾きかけた。だけど、その時にあの曲と出会った。


 いま考えれば依存先が先輩から自分の中の妄執へと移り変わっただけにすぎないけれど。


 それを悠貴の為と自分を誤魔化して、ひたすらに自己満足に浸る日々。


 私は悠貴の事を思う私自身に酔いしれていただけ。


 それは本物の狂人を目の前にして実感させられた。


 私はあの時から何も変わっていない甘ちゃんの負け犬だったということを。


 そして、それでも、あんなことがあり、遠目でしか悠貴を見ることが出来なくなって。悠貴が卒業して目の前からいなくなったのに、やっぱり気持ちが変わらなかった。むしろどんどんと焦がれる気持ちが強くなった。


 だからこそ相談してみた。


 相手はというと、今でもたまにやり取りをしている美月さん。


 美月さんは黙って私の話を聞くと話してくれた。


「ねえ、人間が生きていて一度も間違えないことってあると思う?」


 美月さんの質問に自分の考えを返す。


「その人次第じゃないでしょうか? それこそ私みたいに間違える人もいれば、美月さんのような人だって」


「そう、あなたには私がそう見えてるのね。でも、私の考えは違う、人は誰しも間違える。間違えていないと思ってるのは、それが上手くいっているからよ」


「でも、それだとある意味でバレなければ良いみたいにもとれますよ」


「ええそうよ、結局のところは人は知り得たことしか理解出来ないのだから。もし仮に柚菜があの男との関係を一夜の過ちとして済ませ、悠貴にバレることがなければ、有るのはあなたの罪悪感だけでそのまま上手く行った可能性だってあるわ」


 美月さんの言うそれは極論で私的には納得行くものではなかった。


「それだと、まるで私に運がなかったようじゃないてすか、そんなの理不尽すぎます」


「ええ、そうよ世の中なんて理不尽がまかり通るものよ、きっと世の中にはパートナーの浮気など知らないまま幸せに暮らしてる人だって沢山居るはずよ。それに、今なら分かるけどあなただってあの男とは一瞬の気の迷いに過ぎなかったのでしょう」


 美月さんの目が憐れむような眼差しに変わる。


「それは、そうですが、それでも私は間違いを犯してるわけで、悠貴を裏切った事実は変わりません」


「ええ、それは勿論よ、ただ私が言いたいのは一度の過ちで全てを否定するのは間違っているのではないかという事、それこそやり直そうという気持ちが正しい方向に向いているなら尚更ね」


 美月さんのその言葉は私に向いているようでどこかズレている気もした。


「やり直せますか私も?」


 でも、美月さんが後押ししてくれるならと藁にもすがる思いで願ってみる。


「うん、ただ悠貴とは難しいかもだけどね」


 そんな私の願いをバッサリと切るようにあっけらかんと返す。


「ぐっ、さっきまでの前フリは何だったんですか、私の気持ちをもて遊んでるんですか?」


 たまらず美月さんを睨みつける。


「違うわよ、やり直す方法は一つじゃないって事。それこそ悠貴の事なんて忘れて自分が幸せになる道を探しても良いんじゃないかしら」


 そんなことが出来るなら、そもそも相談したりしない。


 私は恨みがましい目で美月さんを見る。


「うん、そうよね。そんなに簡単にいくなら苦労しないわよね。いいわ、もし悠貴が大学を卒業するまでに、その気持ちが変わらなかったら……ひとつ道を示してあげる。そしてどう選択するかはあなた次第よ」


 美月さんはそう言うと、話は終わりとばかりに伝票を持って先に席を立つ。

 代わりにUSBメモリを残して。


「これは?」


「悠貴があなたに向けて書いた曲よ、悠貴からの餞別だとでも思って」


 私はたまらずメモリを手にしてギュッと握りしめる。


 そして去っていく美月さんの背中を目で負いながら、これからどうしようかと思案する。


 そうして考えが纏まらないままに、私は内部進学を蹴って、悠貴と同じ大学に進学した。







――――――――――――――――――


新作開始しました。


読んで頂けると嬉しいです


異世界恋愛ファンタジーです。


タイトル

『貧乏旗本の三男坊に嫁いできてくれた元聖女の嫁が可愛すぎるので……。』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557602664666





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