堕ちたカノ女 〜別れた後の僕と幼馴染と姉の顚末〜【完結済】
コアラvsラッコ
第1話 大禍時
夕暮れの公園で信じられない光景を目撃した。
僕の幼馴染が学園で見たことあるイケメン先輩とキスをしていた。しかもソフトではない恋人同士がするようなやつを。
夕暮れの逢魔時は大禍時ともいわれ大変不吉な時間帯だというが、まさか自分がそれに巻き込まれることになるとは思わなかった。
心は軋んで痛いのに、なぜか頭は冷静だった。
証拠とするために、姉さんから譲り受けたカメラ機能が優秀な、ハイエンド機種のスマートフォンで写真を撮る。
しかし、それは僕的に永遠とも思える長い時間を見つめ続けさせることと同じだった。
写真に収められた、映画のワンシーンのような夕日に彩られた口付けの後、先輩を見つめる幼馴染はとろけ顔で、恋する乙女そのものだった。
その姿に僕は思考が停止するほどの衝撃を受ける。この場所に自分が居ることのほうが場違いな気がして、バレないようにその場を去った。
家に帰ると姉さんから頼まれて買ってきた物を無言で渡す。
姉さんはお礼を言った後、様子のおかしい僕を心配して声をかけてきてくれたが耳に残らない。
僕は「心配ない」とだけ告げ、そそくさと自分の部屋に向かう。
部屋に戻ると少しだけ冷静になれた。
壊れたように止まっていた思考もようやく動き始める。
まず最初に浮かんだ疑問は『どうしてこうなったのか?』だった。
夕暮れの公園で幼馴染がキスをしているところを見た。それだけならまだ良い。
問題なのはその幼馴染は僕と付き合ってるはずだということ。
そして今日はデートの約束をしていたが急な都合でキャンセルされたということ。
そうあいつは僕とのデートをキャンセルまでしてあの先輩と…………。
夕暮れの光景がフラッシュバックし胃がキリキリと締め上げられような不快感に襲われる。
見間違いだったのではと淡い希望で撮った写真を見返すも、そこに写っていたのは間違いなく僕の幼馴染で彼女であるはずの
僕は思わず写真に八つ当たりして、スマートフォンを叩きつけそうになるのをこらえる。そして僕にもこれほど強い感情があるのだと驚く。
そうしてもう一度写真を見る。そこに写る僕にも見せたことのない甘く蕩けた笑顔。しかし、今度は昂ぶった感情が冷めて行き、ぽっかりと胸に穴が空いたように空虚な気持ちになり、柚菜との思い出が脳裏にチラつく。
彼女……柚菜とは家も近所で幼稚園からの幼馴染だった。ずっと一緒に歩いてきてくれた一番の親しい友人でもあった。
それが変わったのは去年の高校進学の時。
二人で頑張って志望校に合格し、そのタイミングで柚菜から告白された。
正直に言えば、その頃の僕は他に好きだった人がいて、でもその人が居なくなって、それでもずっと未練を引きずっていた。
当然親しい間柄だった柚菜もその様子を知っていた。でも、それを知っててなお僕に告白してくれたのだ。
少しづつで良いから恋人同士になろうと提案しくれ、必ず辛い思いを忘れさせてあげるからと宣言された。
そして柚菜は言葉通り、幼馴染の友人から恋人同士へと距離を縮めていき、僕も間違いなく柚菜のことを異性として好きになっていった。
それなのに……。
現実逃避のように、ぼうっとスマホを眺める。
僕の頭に、今までの記憶と思いが頭の中を駆け巡る。でも目を覚ませば、あの夕暮れを切り取った瞬間が突きつけられる。
その光景はその一年間培ってきた思いを粉々に砕き。長年築き上げた信頼を失わせるのに十分な衝撃だった。
公園では頭がグチャグチャで声をかけることができなかったが、明日この証拠写真と一緒に別れを告げよう、そう決意する。
でも、そう決意したはずなのに捨てきれない幼馴染への感情。思っていた以上に柚菜の存在は僕にとって大きかったらしい。
もしかしたら何か理由があるのではないかと、都合の良いことをつい考えてしまった。
だから明日きちんと説明聞いてから判断しようと思った矢先だった。メッセージアプリに柚菜からの謝罪が届いたのは。
『今日は急にデートキャンセルしてゴメンね』
『どうしても外せない要件だったから』
『本当にゴメン、この埋め合わせは必ずするからね!』
矢継ぎ早に送られてくるメッセージ。
公園であんな顔をしておいて、罪悪感もなく簡単に謝罪し、埋め合わせで取り繕おうとする柚菜に幻滅してしまう。
信頼を失うのは一瞬というのは本当だった。
もう柚菜から事情を聞いたとしても、余程の事がなければ彼女を信じることは無理だと思った。
明日きちんと顔を合わせて事情を聞こうと思っていたが、メッセージを見て考えが変わった。
『これはどういうこと?』
返信のメッセージと一緒に夕方公園で撮った写真を合わせて送る。
メッセージは直ぐに既読になった。
しかしその日のうちに釈明の返事すら送られてくることはなかった。
少し腹が立ったので、こちらから電話してやろうかとも思ったが止めた。
返事が無いこと、きっとそれが答えなのだろうから。
『もういい、分かった』
色々と考えて、そうメッセージを送った時にはすでに朝日が登っていた。
さすがに寝不足ということと、この精神状態のままで学校に行く気にはなれず今日は休む事にした。
なんでも企業によっては失恋休暇なんてのがあるくらいだから、学校だって一日休んでもいいじゃないかと自分を誤魔化し納得させる。
ただ学校を休んでしまうと、絶対に姉さんが心配するのは目に見えている。だから柚菜とも仲が良かっ姉さんには言い辛かったけど、朝食のタイミングで昨日の出来事を話しておいた。
姉さんの最初の一言は『柚菜ちゃんがそんなことするなんて信じられない』だった。
それはそうだろう、僕だって自分の目で見ていなければ信じられないような出来事だ。
僕は仕方なく、すっかり脳ミソに焼き付いた例の写真を姉さんに見せる。
姉さんは絶句すると同時に目が据わり、僕が抱けなかった怒りを顕にした。
「あの娘にうちの敷居を二度と跨がせないわ」
比喩だとは分かっているが、そう言って怒ってくれる姉さんの言葉が嬉しかった。
「ありがとう姉さん」
怒りより裏切られた悲しみにくれ、この状況に置かれてなお柚菜に対して正しく怒れない僕は、きっと甘いのだろう。
だからこそ僕の代わりに姉さんが見せてくれたその正しい感情に救われる。
「このまま休んでいいわよ……何なら私も休んで」
「大丈夫だから。姉さんはそのまま大学に行って」
「……分かった。本当に大丈夫なのよね?」
「確かにショックだけど、思ってたほどではないよ」
姉さんを安心させるための強がりのつもりが、言葉にすると言い得てその通りの自分に気付く。
信頼を裏切られた喪失感は確かに強い。でも義母さんと父さんが亡くなった時に比べればどうという事もない、浮気されて別れることになったそれだけのことだ。
べつに柚菜と死に別れた訳でもないのだからそう悲観することもないだろう。
「そう…………少しだけ前の悠貴に戻っちゃったみたいね」
いつの間にか僕を見つめていた姉さんが少し寂しそうな顔で呟く。
「うん、姉さんに話したから気持ちの整理がつけられたのかも」
柚菜と直接話をするのはまだ厳しいかもしれない。だけど物事を相対的捉えるくらいには、僕のダメージは回復していたようだ。
しかし、そんな回復を阻むかのようにインターホンのベルが鳴る。
通話モニター越しに映し出されていたのは、昨日の悪夢の体現者たる幼馴染の柚菜だった。
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