第2話 来訪者
姉さんと二人でモニタを眺め二人して目を丸くする。どういう神経で家まで来たのだろうか?
今まで一番親しかった幼馴染の柚菜。
それがたった一日で理解の及ばない、まったく遠い人になった気がした。
「なにしにきたんだろう?」
「悠貴が会いたくないなら、私が追い払うけど」
「…………いや会うよ、わざわざ来たのには理由があるのだろうから」
「そう、なら私も同席する」
「えっ? いいよ弟の恋愛事情にわざわざ首を突っ込まなくても」
「心配なだけよ、でも私がいたら話しにくい事もあるだろうから隣の部屋で待機してるわね。何かあったらすぐに呼びなさい」
そう言うと姉さんはリビングの隣に移動した。
僕はインターホン越しに返事をし、オートロックを解除する。
玄関前の呼び鈴が鳴らされたので鍵が空いていることを伝え、いつものように入ってきてもらった。
リビングで待ってると顔面蒼白の柚菜が顔を見せた。
「おはよう」
「……うん、おはよぅ」
いつもの柚菜とは思えないか細い声。
何だか僕以上にダメージを受けているのは気のせいだろうか?
態度もおどおどした様子で、僕と目を合わせないまま立ち尽くして動こうとしない。
仕方なく僕から柚菜にソファへ座るよう促し、とっとと本題に入る。
「それで要件は? ありきたりな謝罪と言い訳なら必要ないよ聞くだけ無駄だから」
朝までのモヤモヤした感情が嘘のように、冷静に話すことが出来た。
「…………その、えっと」
いきなり謝罪を断られ戸惑う柚菜。
目が泳ぎ必死に言葉を探しているようだが、残念ながら次に繋がる言葉が見つからないようだ。
このままでは埒が明かないため、僕の方から話を切り出す。
「ふぅ、このままでも仕方ないからハッキリとさせよう」
そう、僕達は幼馴染の関係が延長され恋人になった分、他の同世代に比べて積み重ねた時間は長かったかもしれない。
だからこそ、変な未練など断ち切ってスッパリと別れることはお互いにとっても悪いことじゃないはずだ。
所詮は高校生の恋愛だ。結局のところ恋に冷めてしまえばこんなものなのだろう。柚菜だってこのまま僕と添い遂げる覚悟なんてしていなかっただろうから。
だから以前のようにに昔馴染みの知人に戻ればいいだけだ。
「先輩とはいつから?」
そのプロセスとして事実を確認し消化する。
「2ヶ月前から、最初は……」
「馴れ初めはどうでも良いよ。確か演劇部の先輩だよね。きっかけとしては学園祭に向けた練習を一緒にしているうちにとかだろうし」
秋の学園祭での演目で柚菜がヒロインに抜擢されたのは知っていた。そこに向けて頑張っていたことも。それこそ最近は土日にも関わらず部活に出るため学校に通っていたのも知っていた……そして大方その相手役があの先輩なのだろう主役を張ってもおかしくないイケメンだったし。
「…………」
「それで肉体関係は?」
「えっ……………」
僕の質問に対して、柚菜はどこかやましい気持ちがあったのか咄嗟に否定できなかった。きっとそれが答えなのだろう。
昨日のメッセージだってかなり遅い時間だった。
仮に公園で先輩と別れたとしたらもっと早くにメッセージが届いていたはずだから。
「僕がいてもなお関係を結びたいと思えるほどの相手、ならきっと本気なんだろうね。柚菜が興味本位や流されただけで簡単にセックスするような子じゃないって僕は知ってるから」
「違う、違うよ」
「なら昨日の夜。先輩とどこに行ってたの?」
「それは……」
「言えないところでしょ?」
「…………」
柚菜がまた黙る。無言は肯定だということに気づいていないのだろうか?
「僕としてはちゃんと別れてから、先輩とはそういい関係になってほしかった。だけど幼馴染で腐れ縁の僕に言い出しにくかったってのも分かるよ。だから僕から言うね」
「いや、言わないで」
なぜか涙を浮かべて柚菜が大きく首を横に振る。
「柚菜別れよう。僕達はもう終わりだよ」
昨日の混じり合った思考と感情が嘘のように、凄く落ち着いて、凄く冷たい感情で言うことができたと思う。
これで柚菜は心置きなく先輩のところに行けるはずだ。
それなのに柚菜は……。
「違う、違うの一番……」
僕は柚菜が言いかけた言葉を察して釘を刺す。
「柚菜、いまさら『一番好きなのは僕だ』とか言わないでね。その言葉は僕と何より柚菜自身を一番バカにしている言葉だから」
だってその言葉は一番好かれている人を繋ぎ止めれなかった男の間抜けさを晒し、一番好きなはずの人を平気で裏切るような人間だということを自ら宣言する最低な言い訳だから。
それならまだ筋を通すか通さないかは別にして、他に好きな人が出来たと言ってくれたほうがましである。
僕だって柚菜を好きになる前は他の人が好きだったから。
心変わりなんて誰にでも起こり得ることだから。
「わたしは、本当に悠貴のこと……一番好きなんだもん」
「はぁぁ」
聞きたくなかった言葉に僕は大きくため息を吐いた。
僕の中に残っていた柚菜に対する思いは今完全に止めを刺された。
「ゴメンなさい。もう二度と……」
「ねぇ柚菜。もう無理なんだ」
きっと柚菜は僕が言った言葉の意味を理解しようとしなかったのだろう。
僕の話など聞かず、自分の感情を優先し言葉にした。
「どうして? なんで?」
「きっと今の柚菜じゃ理解出来ないよ。だから僕のことは気にせず先輩と付き合うと良いよ。今の柚菜には先輩の方がお似合いだろうから」
「いや、いや、そんな事言わないでよ。捨てないで悠貴にだってもっとセックスさせてあげるから、好きなことだって、なんだってしていいから」
頭で考えることをやめてしまった柚菜。その感情だけで紡ぐ言葉は品性の欠片もない内容だった。
「残念だよ。柚菜のそんな姿は見たくなかった」
見るにたえない幼馴染の姿。
ただ憐れだと思った。
もう僕から手を差し伸ばすことはないのに。
「信じて、お願いします。本当に好きなの、悠貴を愛しているの」
どんなに感情を込めた言葉でも、もう僕には響かない。
だからこそ今の柚菜には先輩の方が相応しい。
きっと感情を優先して動く似たもの同士のはずだ。感情をぶつけ合えない僕なんかより、本当にお似合いなのだと改めて確信した。
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