第3話 姉の想い


「いい加減にしなさい」


 隣で聞き耳を立てつつ状況を見守っていたが、我慢できずに割り込んでしまった。

 すでに柚菜に対して感情を失くしたように見える悠貴。

 これ以上は柚菜がいくら話しかけて訴えかけようが無駄だ。

 響かない太鼓を叩き続けるようなものだから。


「どうして、美月さん言いましたよね応援してくれるって……あれは嘘だったんですか?」


 確かに柚菜から告白する前に相談されたとき、私は応援すると言った。

 でも、あの時の柚菜は私と同等に悠貴の事を大切にして、思いやってくれていたから、心から悠貴の幸せを願ってくれているのを感じたからだ。


でも、今の柚菜は…………。


「ハッキリと言うわ。今の柚菜のどこに応援する価値があるの? 流されて学校の先輩と関係を結んだあげく、平気で嘘をつくような人になってしまったあなたに」


「違う、違うんです」


「何が違うの? もしかして、お酒でも飲まされて判断力を鈍らされたりした? それとも何か弱みでも握られていたのかしら?」


 私が立て続けに質問する。

 それに対して柚菜は狼狽え黙り込んでしまう。


 そして次に口が開いたときに出た言葉は想像以上に酷かった。


「私だって一度は断って……でも先輩が強引に」


「なら被害届けを出さないとね」


「えっ!?」


「だって無理やり関係を強要されたのなら、それは犯罪よ辛いかもしれないけどちゃんと警察に届け出ないと」


 そんな私の提案を柚菜は即座に否定する。


「そんな私はそこまで事を大きくしようとは!」


 分かってはいた柚菜の拒絶はただのポーズだろうと、本当に好きでもない男に無理やり抱かれれば嫌悪感の方が先にくるはずだ。

 それこそ男性不信になってもおかしくない。


 それに本当に心が傷ついていたのなら、今の柚菜のように何の葛藤もなく即断できるとも思えない。


「……分かってるんでしょう本当は自分の意思で受け入れたということを」


 私自身は流されたことに関して怒ってる訳ではない。そのプロセスが問題なのだ。


「心変わりを責めてるわけじゃないの、私は筋を通しておかなかったことが許せないだけ」


 普通の人の心が移りやすいのは仕方ないことだと思う。だからこそ筋は通さないといけないのだ本当に好きだったのなら尚更だ。


「違う、本当に魔が差しただけなんです。本当に好きなのは悠貴だけなんです」


 もう悠貴に届くことがないだろう感情は恐らく本物だった。


 でも本物だからこそ許せない事もある。

 そのことに本人だけ気付いていない。


 それともうひとつ悠貴の存在のせいで霞んでしまっている事実がある。


「じゃあ。魔が差したのはどうして? まさか本当に好きでもないない相手に体を許すの? 誰とでもそういう関係が結べるほど、アナタの倫理観は緩いのかしら?」


 柚菜は魔が差そうとも、好きという気持ちが少しでもなければ浮気するような子ではないはずだ。


「そんなことないです……」


「つまり相手の事が悠貴程ではないかもしれないけど、好きになってきていたんじゃないの?」


「……はい、そうかもしれません」


「だったら、なおさらそういう関係になる前にハッキリと自分の気持ちがどちらに向いてるのかを見つめ直しておけば良かったわね。今のアナタは悠貴に呼び止められて振り返っているだけなのよ」


 でなければ悠貴との約束を放ってまで相手と会い、あまつさえ男と女の関係を結ぶとは思えない。


「でも、悠貴と離れるなんて……」


「それはただのワガママよ、他に好きな人が出来た。でも悠貴にも側にいて欲しいだなんて都合が良すぎ、仮に悠貴がそれで納得すれば別だけれど」


 いわゆる逆ハーレム。それを許せる人達が集まるのなら、それは本人達の意思なのだから否定はしない。

 ただ悠貴はそれを許せるタイプとは思えない。


 私は確認の意味を込めて悠貴に視線を投げる。

 どこか他人事のように私と柚菜のやり取りを聞いていた悠貴が、私の視線に気づき首を横に振る。


「あれが結論よ、悠貴は拒否した。ならアナタは自分の行動に責任を取ってその先輩の方へ行くべきよ。過程は最悪だったけど悠貴だってそれを許したんだから」


 そう、悠貴と天秤に掛けて裏切った相手なら、それに相応しかった事を証明するべきだから。


 しかし柚菜は長年の思いを捨てきれず悠貴へと縋ろうとする。


「……ねえ悠貴。本当にもう無理なの?」


「さっきからそう言っているだろう。君にとっては一瞬の気の迷いだとしても僕からすれば大きな裏切りだ。そして僕は裏切った人間を信用しない、柚菜ならなおさら分かるだろう、僕はそういう人間だ」


 柚菜だって分かっていたはずなのに。

 あの時。まだ自分の気持ちではなく、悠貴が投げかけた言葉の意味に気付いていれば、最悪でもまだ幼馴染の知人ではいられたかもしれないのに。


「そんな筈ない! 酷いよ、私と悠貴には今まで培ってきた思いも簡単に切り捨てるの? そんなに私達は浅い繋がりだったの? 違うでしょう、もう一度信頼を取り戻してやり直す方法があるはずよ」


 そしてまだそのことに気付けていない柚菜は感情の昂りを抑えきれなかったようだ。

 怒鳴り散らしながら自ら墓穴を掘ってしまう。


「…………どうやればその長年の思いを踏みにじって、一番好きな人を簡単に裏切れる人間を信じることが出来るんだ、教えてくれないか?」

 

 長い沈黙の後に口を開いた感情のない悠貴の言葉で、ようやく柚菜は気付いたようだ。


「あっ、そんな、わたし……」


 柚菜がどれだけ悠貴のことを思っているかを語るたびに、思いが強ければ強いほど、そんな強い思いですら簡単に裏切ることが出来ると自ら証明していることに。


 もしかしたら柚菜はどこか甘えが出たのかもしれない、自分なら悠貴は許してくれると。


 そんな筈ないのに、悠貴が一度感情を向けなくなれば、たとえ家族だろうがどうでも良くなるくらい壊れていることを知っていた筈なのに。


 そして、そんな壊れた悠貴でも、あの時の柚菜は共に歩いていってくれると約束してくれたのに。

 だから私は自分の気持ちを押し殺してまで柚菜を応援する方に回った。


 どこかで私も期待していた柚菜ならと。

 その結果がこれだ。


「柚菜、今までありがとう。貴女のおかげで悠貴がまた笑うようになってくれていた。そのことには感謝してる。でもだからこそこれ以上は駄目よ」


 私は感情を押し込め、柔らかく諭すように柚菜に告げる。だって良く考えれば柚菜も普通の高校生なのだから、悠貴の相手は幼馴染といえども荷が重かったというだけだ。


「そんなこと……」


「アナタだって分かってるでしょう。もう悠貴が貴方に感情を向けることはない。これ以上はアナタが無意味に傷つくだけよ」


 悠貴を裏切ったのは残念だし、今はまだ怒りの感情もある。

 でも今までの悠貴への思いが全て嘘だとは思っていない。


 ただもうその思いは届かなくなってしまった。 


 それならある意味これを機に、悠貴からの束縛を逃れたと思って普通の恋愛をして欲しい。そう二人を見てきた姉の気持ちとして強く思う。


 そしてもうひとつ。悠貴が本当に大切なら他人任せになんてしていたら駄目だということに改めて気付かされる。


「……わかりました。悠貴本当にゴメン」


「もう、良いよ。それより先輩と仲良くな! 今回の件は、僕と柚菜は円満に別れたってことで良いからさ。次からは二股する前に筋を通せよ」


 きっと悠貴からすればもう何の感情もこもっていないただ事実を淡々と述べただけ言葉。


 自業自得とはいえ悠貴のことが本気で好きな柚菜の身になって考えたとき、これ程残酷に突き放される言葉も無いだろう。


 何せもう興味がないと言われた上に、また同じような事をする人間だと思われて注意されているのだから。

 

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