第9話 姉、始動

 悠貴は私のヒントで楽曲の制作をはじめる気になったようで安心する。

 今は他のことで気を逸らすのは悪いことではないと思えたから心苦しかったが母の件を持ち出した。

 それに、これを機に燻り続けている悠貴の母に対する想いが昇華できらとも願う。


 それとは別に気になったのでモデルの友人に連絡を取り高遠瑞穂について聞いてみた。


 残念ながら友人は事務所か違うので良く分からないとの事だったが知り合いに高遠瑞穂と同じ事務所の後輩がいるとのことなので無理を言って明日紹介してもらえることになった。


 悠貴の悪い癖で図らずも関わり合いになってしまった高遠瑞穂という子がどうにも気持ち悪くて仕方なかった。


 悠貴のことをユノだと知っていたこともそうだ。

 悠貴が言うには鼻歌でバレたというがとうてい信じられない。

 よほど悠貴の事を注視していなければ些細な鼻歌を記憶し、後から公開された楽曲と結びつけるのは難しいはずだ。


 そう考えたとき、いちばん厄介なのは悠貴……いやもしくはこの場合はユノに対してのストーカーの可能性だ。


 悠貴は何となくの成り行きで引き受けたつもりだろうが、相手の目的次第では話が変わってくる。

 演劇部の男子、柏木唯斗への復讐はブラフで本命はユノである悠貴本人と親しくなる事かもしれない…………様々な可能性が脳裏に浮かぶ。


 私の悪い癖であるのは分かっている。

 本当なら悠貴を信じて見守るのが本来の私の役目なのだろう。

 だけど私はもう悠貴の傷付く姿を見たくないから……私は私のエゴで動く。



 私はもうひとり去年の生徒会で私の下についてくれていた後輩。今は付属高校の現生徒会長である兼光明里かねみつあかりにも連絡を取る。


「もしもし、久しぶりですね西條先輩」


 明るい声が電話越しから聞こえてくる。


「ごめんね。こんな時間に」


「いえ、それよりわざわざ西條先輩が電話してきた理由の方が気になります」


 明里は私の下で付いてくれてたときから気が回って大変助かったが今も変わらないようだ。


「察しが良くて助かるわ、2点あるのだけれど構わないかしら?」


「ええ、西條先輩にはそれ以上に借りがありますので何でも言って下さい」


 明里の言葉に甘えて早速要件を切り出す。


「ひとつは高遠瑞穂についてだけど知ってる?」


 しばらく考え込む時間が経った後、明里の口から出た言葉は。


「うーん……分かりません。それって誰ですか?」


「ありがとう。それだけで十分よ」


「えっ、いいんですか?」


「ええ、貴方が知らないっていうのが答えよ。それから次なんだけれど柏木唯斗については知ってる」 


「そいつなら知ってます。演劇部の男子ですよね、イケメンで女子にも人気あるみたいですよ。もしかして先輩のタイプなんですか?」


 明里にしてみれば他愛のない冷やかしのつもりだろうが、今はタイミングが悪すぎだ。


「冗談でもそんなこと言わないで」


 思わず電話越しでも声が低くなってしまう。


「ひぃ、すいません、すいません」


 私の声色にビックリした明里が反射的に謝ってくる。私は直ぐに冷静になって明里に告げる。


「弟がね、お世話になったのよそれで一言挨拶したいなと思ってね」


「えっと如月君がですか? 弟さんって演劇部でしたっけ」


「違うわよ、幼馴染の凛堂さんの方が演劇部に入っててその関係でね…………色々あったのよ」


「……えーっと、怖くて深くは聞きません。どうすればいいですか?」


「明後日そっちに行くから、適当に生徒会権限でも使って呼び出して頂戴。あとはこっちで挨拶しておくから」


 生徒会権限を私的に使うのはどうかと生徒会役員だった私自身思うところはあるが私にとっての最優先は悠貴なのだ。

 それに何かあったときは私が泥を被れば良いだけなのだから。


「分かりましたけど、無茶はしないでくださいね」


「ありがとう。それじゃあよろしくね」


 そう言って通話を切る。


 とりあえず悠貴には目の前の事に集中してもらい、私が周囲の騒音には私が対処すれば良い。


 今までは柚菜ちゃんに任せていたがあの子の体たらくぶりを目の前にして改めて実感した事を実践する。


 今後悠貴を傷付けるような存在は私が許さない。

 そんなやつは事前に排除するだけだ。





 そして翌日予定通り友人の紹介で高遠瑞穂と同じ事務所のモデルの子と会った。


 最初は面倒臭そうにしていた彼女だったが手間賃として小遣いを握らせたら、打って変わってペラペラと聞かれた事に答えてくれた。


 その後は本名など分かったことがあればまたお小遣いを弾むと伝え連絡先を交換して別れた。


 得られ情報としてはある意味予想の範疇だった。


 まず高遠瑞穂は芸名みたいなもので本名ではないということ、残念ながらその子も本名は知らないそうだ。


 そして彼女の通う学校は女子校でうちの大学の付属の生徒ではないということ。


 つまり高遠瑞穂はわざわざ悠貴の先輩に成りすまして接近してきたということだ。

 制服を手に入れ簡単に侵入していることから知り合いが学校内にいることも考えられる。


 そこまでして悠貴に近づいてきた理由が分からない以上ますます危険度が高いと認識する。


 悠貴には高遠瑞穂と会うときはひとりで会わないことと次に会うときは私も立ち会う旨をメッセージで送っておいた。


 悠貴は特に疑問を返してくるわけでもなく『わかったー』とだけ答えてくれた。


 明日は柏木唯斗と会う日だ。

 高遠瑞穂との関わりもまだ捨てきれてないのでもう少し情報がほしかったが今は仕方ない。

 柚菜ちゃんの事もあるのでそこだけはキッチリ話をつけておこう。



 本当なら今日中で全てを片付けたかったが、これからパパに会わないといけない億劫な日だ。

 私と悠貴が一緒に暮らすためにサポートしてくれてる以上無碍にも出来ない。

 ホテルで食事して他愛のない話に小一時間付き合うだけなのだから、それくらい我慢すれば良い事なのだが嫌いなものは嫌いだ。

 かといって悠貴の稼いだお金を使うのも嫌だ。

 つまりは私のワガママを通すためには私が我慢しないといけないということだ。


 再度悠貴に『今日は少し遅くなる』とメッセージを送っておく。念の為、高遠瑞穂とは会わないようにと念を押しておく。


 悠貴からはやっぱり『わかったー』とだけ返信がきた。





 


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