第8話 姉弟


 高遠先輩と話し終えた後家に戻る。


 先に姉さんは大学から帰ってきていたようで、すでにルームウェアに着替えてリビングで本を読んでいた。


「あら、今日は遅かったわね」


「うん、変な人に絡まれて」


「えっそれって平気? 怪我とかしてない?」


 相変わらず少し過保護気味の姉さんは慌てて僕に詰め寄り体中を見回す。


「大丈夫だよ、言動が変なだけで害は無いはずだから」


「本当に? 昨日の今日だしいつもより遅くて心配したのよ」


「ゴメンね。連絡入れとけば良かったね」


「ううん、問題ないなら良いけど……それでその絡まれた変な人って?」


 姉さんが怪訝そうな顔で尋ねる。


「学校の先輩で例の柚菜の新しい彼氏の元カノだった人だよ」


「えっ、そんな人に絡まれて本当に平気だったの?」


「うーん、無茶振りされたけど、それ以外は問題ないよ」


「何よ、その無茶振りって。どうせ変なこと何でしょう、ちゃんと断ったんでしょうね」


 僕の事をよく理解してくれてるようで心配してくれる姉さん。

 だけどもう遅くて。


「えっと、柚菜と別れて暇になったし引き受けちゃったよ」


「…………はぁ。それでどんな内容なの?」


 呆れ顔の姉さんに僕は高遠先輩からお願いされた内容を姉さんにも伝えた。


「……それって悠貴に何も利点がないじゃない」


「うん、そうだね」


「柚菜ちゃんのため?」


「うーん、どうなのかな。柚菜には昨日の件から気持ちは失くしちゃったから違うと思うけど……一瞬だけ柚菜の顔は浮かんだよ」


「そう、ある意味私より付き合いが長いもの、簡単に捨てきれないものがあるのかもしれないわね」


「どうかな? ただもう柚菜自身を信じる事はないと思うかな」


「そう、私もまだあの子には失望と怒りの方が強いけど……ちゃんと自分の不誠実さを反省して失くしたものの大切さに気づいて、その上でちゃんと前を向いてくれたら、その時は許せると思うの」


「そっか姉さんは優しいね。でも多分僕は……」


 僕は柚菜を許すというか、それ以前の問題だ。

 多分もう僕は柚菜に感情を向けることはないだろうから。


「ああ、悠貴は許さなくても良いからね。当事者なんだし裏切られた本人には権利と同時に権利があっても良いと思うもの」


 姉さんはやっぱり優しい、許すことが出来ない僕のために許さなくても良いと言ってくれる。


「うん、ありがとう姉さん」


 そんな姉さんに僕は素直に感謝の言葉を告げる。

 僕に残された数少ない大切な存在に。


「えっと、お礼を言われる事でもないわよ、それより問題はその厄介事を押し付けてきた子よ」


「ああ、高遠先輩ね。なんか読者モデルとかもしてるらしいよ。僕は知らなかったけど」


「もしかして、高遠瑞穂?」


「確かそんな名前だったと思う。やっぱり有名だったんだ」


「世間的にはまだ知られてる程ではないと思うわよ、最近ティーン誌に載るようになった注目の新人といったところかしら……でもあの子うちの付属だったかしら……まあいいわ、それで今の悠貴で曲は作れそうなの?」


 僕の目をしっかり見て注意する姉さん。

 僕は思わず目を逸らしてしまう。


「正直、先輩の言ってる気持ちが詳細を聞いたけど分からないんだ」


 実名は伏せられたけど先輩の話によると。


 先輩にも幼馴染で元々好きな人がいてその人に思いきって告白してOKをもらったらしい。


 でもその彼氏の友人、多分これが演劇部の先輩でその人から悪い噂を聞かされ彼氏が他の女とも付き合っていると教えられ証拠も見せられたらしい。


 ショックで気持ちがグラついた時にソイツからも告白を受け断ろうとしたが無理やりキスされそれを彼氏に見られてしまった。


 そして、その事が原因で別れることになってしまい彼氏はショックで転校してしまったらしい。



 そしてあの歌詞の思いにつながる。


 ふとした拍子に過去を思い出し、失くして分かる大切だったものに気付いて後悔して、あの頃に戻れたらたらと願うという。


「うーん、それで何でその子はあの演劇部の男子と付き合い続けたの?」


「なんでも復讐の機会をうかがっていたらしいよ、その間で柚菜に乗り換えちゃったみたいだけど」


「…………そう」


 姉さんは首を傾げながら何かを呟いていたけど僕は話を続ける。


「柚菜も同じような気持ちじゃないかと言っていたけどと、やっぱり僕には理解出来なくて」


 姉さんはひとつ頷くと顔を上げ僕に言う。


「そうね。同じ気持ちは無理でも近い気持ちならわかるんじゃないかな」


「それってどういうこと?」


「悠貴にはちょっと辛い事を言うけど良いかな?」


「うん、構わないよ」


「ねえ、もし母さんが死なない未来があったとしたらやり直したいと思わない?」


「あっ」


 そう言われて頭がグラグラした。

 そうだ、僕だって思った大切な人が亡くなって何度もこれが嘘だったらと、なんどもあの時二人を引き止めておけばと後悔していた。


「そういうことか」


 状況は全然違うが大切な人を思う気持ち、その大切な人を自分のせいで失った後悔、そしてあの日に戻らたいと思う願い。

 想いの差はまるで違うが、その根底に通じるものは微かにあると思った。


「ゴメンね、辛いことを思い出させて」


 姉さんが凄く辛そうに謝る。


「ううん、おかげで繋がったよ。姉さんには助けてもらってばかりだね」


「お互い様よ私も悠貴がいるから頑張れる。私だけは絶対に裏切らないからね安心して」


 そう言って姉さんは僕を優しく抱きしめてくれた。


 





 


 

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