第10話 自宅でのひと時


 学校から自宅へと帰る。

 今日も柚菜が隣にいないだけで特に変わりはなかった。

 周りもいつも昼休みなどに来ていた柚菜が来ないことに何か思いつつもそっとしてくれている様子だった。


 姉さんからは少し遅くなるとメッセージが来ていたので料理でもして出迎えようかとも思ったが、以前料理を作った時に二度と作ったら駄目だと姉さんと柚菜にかなり厳しく言われたのでやめておく。


 それに多分ご飯は食べて来るだろうし。


 僕はそう考えて先にレンチンのパスタでお腹を満たし、昨日の続きを始める。


 しばらくすると玄関の方から音がした。

 姉さんが帰ってきたのだろ。


 作業を中断しリビングまで出迎えに行くと不機嫌顔の姉さんが既にソファに座っていた。


「おかえり、食事は……」


「大丈夫食べてきたから」


「そう、それで何があったの?」


 不機嫌顔ということは何かあったということだ。 

 いくら女性に対する機微に疎いといえどそれくらいは分かる。

 そっとしておいて部屋に戻る選択肢もあったが僕は姉さんの隣に座ると話を効くことを選んだ。


「それが毎度の事ながら、一緒に暮らさないかとしつこくて」


「それはある意味当然かと」


「なに、悠貴は私と離れて暮らしても良いっていうの?」


 珍しく姉さんの感情が昂ってる。余程嫌な事があったのだろうか。

 そして姉さんに言われたことを改めて考えてみる。


「……それは嫌かな」


 僕の答えを聞いて不機嫌顔が直ぐに嬉しそうな顔に変わる。飲んだら駄目なはずなのにもしかして少しお酒でも入ってるのだろうか?


「そもそも一緒に暮らしてどうしたいのよ。大学卒業すればすぐに自立するのに」


 不機嫌顔は収まったが愚痴は止まらない。


「でも、心配するのは親としては当然かと」


「それだって、いままでさんざん放っておいたくせに今更よねって……ゴメン悠貴の前でこんな事言うのは贅沢ね」


 姉さんが僕に気をつってか話を止める。


「それこそ今更だから気にしなくて良いよ。僕の父さんと母さんは亡くなった二人だけだから」


 そうあのクズは断じて僕の母親なんかじゃない。

 幼い時に僕を捨てておきながら、戻ってきたと思えば僕から大切な人達を奪っていった女なんて。


 そう思っていると突然姉さんに抱きしめられた。

 

「ゴメン、嫌なヤツの事を思い出させちゃったね」


 ただ抱きしめ方が母親が子供を抱きしめるように胸元で僕の顔を包み込むような体勢のためとても恥ずかしい。でも今は自然と甘えるように身を委ねてしまう。


 大きめの胸に顔を埋めるた為に直接姉さんの匂い、柑橘系の爽やかな香りが広がる。

 姉さんが良く付けているの香水の匂いだ。

 昔どちらの匂いが好きか選んで答えた時から姉さんが好んでつけるようになった香りに不思議と安らぎを感じた。


 しばらく抱きしめられたあと体を離すと名残惜しさを感じてしまう。

 そしてそんな感情を抱いてしまった自分が少しだけ嫌になる。

 そんな気持ちを取り繕うように謝罪する。


「こっちこそゴメン。気を使わせちゃって」


「良いよ、今のは私が悪いんだから。あんな親でもまだちゃんと責任もって子供を見ようとしてくれているまともな分類には違いないからね」


「それにしてもちょっと甘えすぎたよ」


 胸で抱きしめられたた感触を思い出し再び恥ずかしくなる。


「悠貴はもっと甘えていいのよ……いやこれからは私が一杯甘やかしてあげるべきね覚悟しなさい」


 先程までの不機嫌さは払拭され僕の好きな笑顔に戻ってくれた。


「姉さんの愚痴も一通り聞いたことだし部屋に戻るよ」


「あら、これから一杯甘やかそうと思ったのに残念ね。ああそうだ甘やかし記念日として今日は久しぶりひ一緒に寝てあげるわよ」


 いたずらっぽく笑う姉さん。

 仕草が義母さんと似てて思わずドキッとする。


「えっと、流石に姉弟でもこの歳だと恥ずかしいから遠慮しておくよ」


「そう残念。でも寂しくなったらいつでも言うのよ添い寝してあげるからね」


 そう言う姉さんの顔は本当に少し残念そうな表情だった。


 僕は深く考えないようにして自室に戻ると曲作りを再開した。


 

 その過程で大切な存在だった義母さん達との出会いを思い出す。



 始めて会ったのは父さんに紹介された時。

 子供心にすごく綺麗な人だと感じた。


 僕は会うたびに優しく笑いかけるその綺麗なお姉さんが直ぐに好きになった。

 何度か会ってるうちに綺麗なお姉さんは自分の娘を紹介してくれた。

 同じようにとても綺麗なお人形のような女の子だった。僕は彼女の笑顔も見たくて笑わせようと一所懸命だった気がする。


 そして、しばらくするとその人は僕の義母になった。

 お人形のような綺麗な女の子は僕よりふたつ年上でお姉ちゃんになってくれた。



 父さんと義母さん、そして姉さん。そんな大切な人達が当たり前にいることがどれだけ幸せだったのか今なら痛いほど分かる。


 そして、その思いを旋律へと変えることで曲を作り上げていく。

 絡み合う色々な思いの旋律がそれぞれに重なり合ってひとつの曲へと導かれる。

 しかし出された答えはイメージに合うものではなかった。


「ふぅ、思ったより厳しいかもな」


 独り呟き、いったん頭をリセットするためにベッドで横になるとお気に入りのアーティストの曲を流した。


 そんなことを何度も繰り返すうちにいつの間にか僕は寝落ちしていた。


 


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