第22話 願いの先


 どうやら唯斗さんが私を思い出してくれたようだ。


 すっかり姿が変わり、地味だった私はもういない。見た目だけならあのキラキラ輝いてお陽さまのようだった瑞希ちゃんと同じ。

 そして心は唯斗さんを絶対に裏切ることのない唯斗さんだけを愛することのできる私だ。


 唯斗さんが望む見た目と永遠の愛を誓う心を合わせ持った唯斗さんの理想を体現した存在に私はなっている。


 私を頭の先からつま先まで見渡して驚いた顔をする唯斗さん。


「なっ、なんで紫ちゃんが瑞希に?」


「もちろん、唯斗さんのためです」


「へっ? 俺のため、いつ俺がそんな事を頼んだんだ。だいたい俺は瑞希の事なんか……」


「瑞希ちゃんの事をずっと忘れられなかったんですよね」


 そう結局この人は、瑞希ちゃんを忘れることが出来なかった。

 

 私にとって憧れであり、もっとも忌々しい存在の天童寺瑞希。


 彼女は私に無いものを何もかも持っていた。

 小さい頃から利発で可愛らしい容姿、明るく何よりみんなに好かれていた。


 一方の私は顔も平凡で地味で暗い子だった。少し人見知りもあり上手くコミュニケーションがとれずイジメの標的にもされた。

 私が勝る部分なんて本家の生まれくらいで、それだってたまたま本家に私が生まれただけで私の力によるものではない。


 そして一つしか歳の変わらない私は常に瑞希ちゃんと比較されてきた。

 そんな中で皮肉にも私に一番優しくしてくれたのは瑞希ちゃんその人だった。

 あの頃は純粋な子供心に私を思ってくれていたのだろう、私もそんな瑞希ちゃんを本当の姉のように慕って一緒に遊んだりするようになった。


 そんな中で私は運命の出合いをする。

 イジメっ子から私を助けてくれた男の子。

 人見知りな私が何とかお礼と名前だけを聞くことが出来た人『柏木唯斗』さんに。


 私は嬉しくなって絵本のように私を助けてくれた白馬の王子様の存在を瑞希ちゃんにも教えた。

 すると驚いたことに瑞希ちゃんは唯斗さんを一緒に遊ぶ時に連れてくるようになった。


 瑞希ちゃんと唯斗さんは昔から知り合いで同じクラスで知り合いだったらしい。

 それからは3人で遊ぶことが増えた。

 たまにあの男が紛れ込むことがあったが向こうも私の事は興味無さそうだったのでお互い唯斗さんや瑞希ちゃんを挟んでの会話になることが多かった。


 しかしその楽しかった日々も二人が中学生に進むと終わりを告げ、今の有様に繋がる。


 しかも私が手を回して遠回しに瑞希ちゃんには退場してもらったのに……結果それが裏目に出るなんて思いもしなかった。


 死んだ後も常に唯斗さんのヒロインでいようとする忌々しい存在。

 憎まれてるはずなのにそれとも同じくらい愛されている唯斗さんが追い求める幻影。


 私には瑞希ちゃんの代わりになるしか唯斗さんには愛される方法はないと何処かで思っていた。

 死んでしまった以上、もう私には勝ち目がないと思っていた。


 ユノの曲だって最初は瑞希ちゃんになりきって歌うことも考えていた。

 彼があの曲を聞かせてくれるまでは。


 でも彼の作った曲は私の奥底にある願望そのものを表に出したような曲だった。

 そして希望ができた瑞希ちゃんの姿をした私が心のままに歌えば唯斗さんには届くのではないかと。


 その答えが今この時だ。


 第一段階として唯斗さんは私と瑞希ちゃんを判別することは出来た。

 

「唯斗さん。どうでしたか私の想いは?」


「理解できない、何で君が瑞希の姿で僕に語りかけるんだ?」


「そんなの唯斗さんが好きだからに決まってるじゃないですか。知ってましたよ瑞希ちゃんに裏切られて本当はずっと苦しんでいた貴方を救いたかったんですよ」


 私は本心を告げる。瑞希ちゃんという亡霊に囚われた唯斗さんを救いたいのは本当だから。


「ならなんでその姿なんだ?」


「最初は唯斗さんが求めるなら瑞希ちゃんとして唯斗さんの側で癒してさしあげるつもりでした」


「紫ちゃんは知らないのか、俺が瑞希に何をされたのかを?」


「知ってますよ、唯斗さんが辛い目にあったことも」


「それなら、何でその姿で居られる。君はその姿で俺に好かれると本気で思ったのか?」


 唯斗さんが本心を隠した言葉を私に向ける。

 私はスマホを操作して部屋に私自信が歌ったあの曲を流す。


「ええ、瑞希ちゃんが羨ましかったんです。裏切っても、死んでも、未だに唯斗さんは瑞希ちゃんに思いを寄せてる。届かない思いと言う意味では同じですねこの曲と……どうですかこのユノの新曲、素敵だと思いませんか? 私の想いそのものなんですよ!」


「意味が分からない。確かに曲の良さは認める。歌詞に込められた感情を伝わってきた。でもなぜ君がユノの曲を歌えるんだ?」


「ふっふっ、唯斗さんは質問ばかりですね」


 それは唯斗さんが状況を理解できない証拠でもあるそれは私としても都合が良い。


「それは、君が……紫ちゃんが俺を……」


「ええ、あえてこの状況まで追い詰めましたよ、自分自身の本心を知ってもらうために」


「わざわざ、こんな手の込んだことをしてまでか?」


「わざわざ、違いますよ。唯斗さんのためならこんなこと手間でもなんでもありませんよ」


 誰かを想って行動することに『わざわざ』なんて有り得ない。どんな些細なことだろうが。


「俺をどうしたいんだ?」


「ふっふっ、本当に質問ばかり、私の願いはこの歌の通りですよ。それより唯斗さんの願いは何ですか?」


「俺の願い……俺の願いは…………」


 唯斗さんが自身に問い掛けるように黙り込む。


「私には分かりますよ、唯斗さんも私と同じモノを求めてるんじゃないですか? 絶対に裏切ることのない、誰にも侵すことの出来ない真実の愛を」


「そんなものある分けがないだろう!」


「なぜ、そう言い切れるのですか? 私は唯斗さん貴方と出会った日からずっと一途にあなたの事を愛し続けてきましたよ」


 私はそう言って微笑みかけると着ていたワンピースをスルリと脱ぎ下着姿になる。


「紫ちゃん、いきなり何を?」


 散々女を食い物にしてきた割に戸惑う反応をする唯斗さんに少しだけ嬉しくなる。


「見てください、誰にも穢されたことのない唯斗さんだけに捧げる体ですよ」


 聴覚と嗅覚にも訴えかけ、いま視覚でも魅力する。

 止めとばかりに唯斗さんに近づくと、手にしていた薬を口に含みキスを交わす。

 初めは驚いていた唯斗さんだったが私が舌を絡めるように伸ばすと応じてくれて段々と大胆に甘く深いキスを求め合う。

 私の唾液に紛れ、少しでも薬の成分を摂取してくれれば唯斗さんにも効果が出るかもしれない。


「紫ちゃん……」


「唯斗さん、良いんですよ他の女のように抱くだけ抱いて飽きたら捨ててくれても。私は私の愛を貴方に受け取って欲しいだけですから」


 もちろん建前で本音では無い、あくまで唯斗さんの警戒心を解す為、逃げ道を用意してあげてるだけだ。

 私が欲しいのは刹那でも唯斗さんの愛を得る事。 

 その手段は肉体だろうが精神的なものだろうがなんだって構わない。


 私が切り取りたいのはお互いが愛し合う事のできたその一瞬だけ、そがあれば良いのだから。



 

 

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