第21話 辿り着いた場所
最初は目の前の音と映像に理解が追いつかなかった。
イントロの展開はアンビエントノイズから始まる初期のユノを彷彿とさせるモノだった。
そうしてイントロで俺を興奮させると突然画面には仮面を付けた女が映り奇抜な映像を背景に歌い始める。
初めはユノが歌わないことに軽く失望したが女の声質とユノの曲とが見事に絡み合っていた為、直ぐに映像と楽曲に惹き込まれ知らず知らず画面に魅入っていた。
そして音と映像を追い続けていき楽曲がサビの部分で盛り上がる瞬間。高音域を独特の揺らぎで歌い上げていた女が仮面を取った。
そこに映し出されたのはもうこの世に居ないはずの女。そいつが高音域で愛を求めて叫んでいた。まるで俺に向けて歌うように。
完全に隣の女のことなんか頭から吹き飛んでしまう。女も同じで俺の事を忘れたかのように画面を食い入るように見ていた。
最後まで曲が流れ終わると勝手にリピート再生されまた音と映像が流れ始める。
それを二人で惚けるようにそれを何度も何度も繰り返し見ていた。
映像の中では死んだはずの女がまるで俺を見ているかのような視線で見つめてくる。死人にしては情念の籠もったそれは絡みついて纏わり付いてくる。
得体のしれない気持ち悪さを感じたが俺は目を逸らす事が出来なかった。
歌も頭の中に直接響くようで歌詞の内容が勝手に頭に入ってくる。
それによって喚起された思い出したくない記憶と忘れていた大切な記憶が混ざり合い俺の目から自然と涙が流れる。
そうして時間の感覚も分からないまま何度も繰り返された音と映像がようやく終わる。
さっきまでの騒音と歌声が嘘のように静寂の中に泣き声だけが響く。
隣の女は涙を流しながら支離滅裂な言葉で俺に謝ってくる。
もう目の前の女も含め何もかもが煩わしくなった俺は女を放置して家から出る。
そして家を出た目の前に死んだはずの瑞希。
映像でユノの曲を歌っていた本人が現れた。
「何でお前がいるんだ?」
「説明しますのでお乗りになってください」
そう言って女は優しく微笑んだ。
柔らかい表情のはずなのに俺は死神が迎えに来たのかと錯覚してしまいそうな冷たさを感じた。
そんな有り得ない存在を感じ、まるで空想と現実の間にいるかの感覚に陥る。もう俺の頭の中はグチャグチャとしか言いようがなかった。
だからだろうかマトモなら逃げていたはずなのに、俺はそのまま二度と会わないと誓い、二度と会えなくなった女に促され車に乗り込んだ。
てっきり女は俺の隣に座ると思ったが、俺が車に入るのを確認するとドアを閉め、そのまま助手席の方へと座った。
助手席に座る女を見つめながら回らない頭で今起きていることを必死に考えようとする。
まず前提として瑞希が生きているはずはなかった。
葬式には出なかったが間違いなく自殺して死んだという報せは俺のところにも届いていたからだ。
あの女……天童寺瑞希はただ一人俺が本気で好きになった女だった。それが俺を裏切ったあげく勝手に死んでしまった。
死んだと聞いた時あんなに憎んでいたはずなのに何故か俺が心に感じたものは大切なものが本当に失われてしまったという喪失感だった。
今考えればそこから変わったのかもしれない。
本来は女共の醜さを暴くためにしていた寝取りが自分の欲望を満たすだけの行為に変わり、そこからの俺は自分の中に空いた穴を充たすために女を抱くようになった。
そして簡単に寝取られるような女をやり捨てにすることで、浮気した女に罪を責任転嫁して俺自身の行為を正当化していた。
なんてことは無い本当に免罪符を欲していたのは俺自身なのだと今更ながら気付く。
あの熱烈な愛の言葉を聴いて思い知った。
多分俺は瑞希が今でも好きで彼女を赦したかったのだろう。でもその機会は永遠に失われてまった。
だから、その行き場の失った感情のはけ口に女を抱いて誤魔化そうとした失くしたものは大したものではなかったと思い込もうとして……。
そして瑞希が裏切らなかった可能性を信じたいが為に裏切らない女を探し、期待を裏切られると一方的に失望し腹いせに抱いて捨てた。
結局、俺も嫌悪していた女共と何ら変わらない感情に振り回され続ける矮小な存在だったということだ。
そんな去来する想いがグチャグチャになった頭を駆け巡る。
そうしている間に車は目的地に着いた。
駅近くにあるタワーマンション、そこの専用駐車場に入っていく。
駐車スペースに止めると運転手が丁寧にドアを開けて直通のエレベーターまで案内する。
そのままエレベーターに乗り込むと今度は部屋まで瑞希に似た女が誘うように導いてくれた。
部屋まで入ると運転手は一礼して部屋から立ち去り、俺と瑞希に似た女だけが残される。
女はそのまま俺の手を引くと自身のベッドルームと思われる場所まで誘ってくれた。
ベッドルームに入ると先程まで居た凛堂の部屋と同じような匂いがした。
女は俺の手を離すと振り返り突然抱きしめてくるとこう言った。
「どうでしたか、私の愛の告白は?」
抱きつかれた女からも部屋とは違う別の甘い匂いが漂い、俺の鼻孔をくすぐる。
「なあお前は一体誰だ?」
「誰だって良いじゃないですか、私はただ一途に貴方だけを思っている存在です。貴方が望み愛してくれるのなら私は天童寺瑞希にだってなって見せますよ」
甘い香りと甘い囁きにより朦朧と仕掛けた意識が『天童寺瑞希』の名前を聞いたことで瞬間的に我に返ることが出来た。
それを感じ取ったのか女はそっと俺から離れると優しく微笑んだ。
「残念です。正気に戻ってしまいましたか」
そう言われはしたが俺には未だに目の前の出来事に現実感を持てなかった。
「なあ、あの曲とお前は一体?」
だからだろう出口を探して同じ疑問を繰り返す。
女は笑みを崩さないまま自分の名前を告げた。
「直接会うのは久しぶりですね唯斗さん。私は天童寺紫ですよ、いつも瑞希ちゃんと一緒にいた」
そこでようやく記憶が繋がり思い出す。
小学生の時に瑞希と一緒によく遊んだひとつ年下の幼馴染の子のことを。
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