第20話 仕上げの時


 凛堂が学校を休んで一週間になる。

 いい加減面倒ではあったが自殺とかされたらたまらないのでメッセージでのやり取りは続けていた。


 メッセージのやり取りから分かったのは彼氏とは別れたようでその事を大分引きずっていたことだった。

 こういう輩は責任を一方的にこちらへと押し付けかねないのであくまで自分の意志で俺を選んだ事にさせる。でないと後が面倒だからだ。


 ここ最近のメッセージから少しづつだが回復傾向が見られたので今日完全に墜とす為に凛堂の家に向かう。

 凛堂からは今日は両親が留守だと聞いていたので気兼ねなく訪ねると凛堂は自分の部屋まで簡単に通してくれた。


 一週間ぶりに見た彼女は少しやつれた感じで、少し前は明るく元気な快活だった少女が憂いを帯びた儚い女に様変わりしていた。


「……私なんかに何のようですか先輩」


 俺に向けられた最初の言葉は自分自身を蔑むモノだった。メッセージでの様子ではもう少しマシかと思ったが俺とあった事でマイナス方向に気持ちが動いたのかもしれない。


「ずっと心配していたんだ」


「そうですか……でも私に心配される価値なんてありませんよ」


 確かに俺にとっても価値はないが仕上げのために俺は優しく微笑みかけて言った。


「どうして?」


「私は最低な女です。好きだった幼馴染を裏切って嘘をつくようなクズです。先輩の誘いを断りもせず喜んで抱かれるようなビッチですから」


 自嘲気味に話す凛堂。

 俺的には間違いなくその通りなのだがこの場ではもちろんそんな事は言わない。


「…………君は最低でもクズなんかじゃないよ」


「嘘ですよ……私なんか優しくされる資格なんてないのに……何でこんなクズな私に優しくするんですか? また私を抱きたいからですか? 簡単にセックス出来る女が欲しいからですか?」


 自暴自棄に凛堂が言葉を続ける。

 俺は目をそらさないようにし、黙って話を最後まで聞いてやる。

 そうして凛堂の感情の発露が終わったところを見計らって俺は話し掛けた。


「確かに結果としては裏切らせてしまったが本当に俺は凛堂が好きだからキスをした……その後だって……なあ、人を好きになる事は悪いことなのか? 凛堂だってあの時そう思ってくれてたんじゃないのか?」


「何を言ってるんですか? 私が好きだったのは悠貴で先輩じゃ……」


「でも、俺にも多少は好きと言う気持ちがあったんじゃないのか? だってそうじゃなきゃ君は俺に抱かれたりしないだろう。俺は君がそんな軽いノリでセックスするような人間だなんて思ってない。お互いが好きだから結ばれた。そうじゃなきゃ俺だって虚しい」


 たとえ気の迷いだろうが自身を正当化させるには好きや愛してるなんて言葉は都合の良い台詞に変わる。

 一部の人間には愛は何よりも尊いと勘違いし不倫や浮気をしようがそれが真実の愛なら許されると思ってる連中は少なからずいるからだ。

 実際に不倫を純愛と美化して持て囃すドラマは度々ヒットしたりしている。

 俺からすれば現実的な分アニメの残酷描写や性描写より倫理的にも精神的にも悪影響だと思うが。


 そして、そんな俺の考えなど知りようのないこの女もそういう連中のひとりだ。

 

「…………確かに先輩のことを好きになりかけていたかもしれません。でも……」


 ただ自分の罪を自覚しようとしているだけ幾分はマシかもしれないが。


 だからこそ俺は『でも』から先を言わせないようにして罪から目を背けさせる。

 俺という逃げ道に誘い込むために。


「なら一緒に背負うよ、俺が凛堂……柚菜のことを好きになってしまったのが悪いのなら俺にも責任があるから」


 罪の意識の共有。

 たいていの弱い女はこれでこちらに逃げてくる。


 自分の抱えていた罪悪感を少しでも軽くしたいから。


「そんなの、だって仕方ないじゃないですか好きになったものはどうしようもないじゃないですか」


 思ったとおりだった。

 この女は自分に起きたことは避けようのなかった仕方ない出来事だと思い込み始め『どうしようもない』と逃げ始めた。


「ああそうだよ、俺が柚菜を好きになったことで周りを傷つけたなら一緒に謝る。だから柚菜も自分の気持ちに嘘をつかないで欲しい」


 本人は気付いていないのだろう俺を好きと思いこむことで免罪符を得ようとしている事に、本当はそんな事をしても全く罪は消えないというのに愚かな女だ。


「先輩はこんな私でも受け入れてくれるんですか?」


 もちろん受け入れるつもりはない。

 今日は付き合った記念にヤリ収めして後はサヨウナラといういつものパターンだ。


「もちろ俺はどんな柚菜でも好きなのは変わらない。だから本気で付き合ってくれ、お願いだ!」


 俺は頭を下げて懇願するふりをする。


「……本当に私でも良いんですね先輩」


 顔を上げたとき彼女の瞳は涙で潤んでいた。


 本当に女ってやつはふてぶてしい輩だ。

 悲劇を招いた原因が自分にあるくせに直ぐに悲劇のヒロインになりたがる。

 そのくせ自分が幸せになるためなら平気で周りを切り捨てるこの女のように。


 俺はそんな気持ちをおくびにも出さずに、この穢らわしい女を抱きしめてやった。


「いっ、いやぁっ!?」


 それなのにこの女は俺を振り払った。


「…………」


「ちがう、違うんです。そんなつもりじゃ、でも、その抱きしめられた時……」


 女は押し黙って俯いてしまう。

 折角のヤリ収めにケチがつき気不味い空気が漂う。


 そんな気不味い空気を知ってか知らずか俺のスマホに新着メッセージが届いた。


「うお、やったぜ!」


 こんな女より嬉しい知らせについ素の声が出て喜んでしまう。


「どうしたんですか先輩?」


 俯いていた女も顔を上げて尋ねてくる。

 声を上げてしまった以上隠しようもないし、別段やましことでもないので正直に話す。

 

「ユノって知ってる? ファン限定でその中でも抽選者のみに新曲が先行配信されるんだけど、それに当たったみたいなんだ」


「えっ、そんな!!」


 かなり驚いていたので、どうやらこいつもユノが好きなようだ。ちょうど気不味い空気だったので払拭するのには丁度良いタイミングだ。


「良かったら一緒に見る?」


「……はいご迷惑でなければ」


「もちろん、構わないから一緒に見ようぜ」


 先程の事があり少しだけ間を開けて二人でベッドに腰掛ける。


 スマホの着信から案内されたサイトに飛び

 指定のIDとパスワードを入力する。


 新しくページが開くとそこには再生ボタン以外は何も表示されていなかった。


 飾り気のない無機質さが逆にユノらしく思えた。


 俺は先んじてユノの新曲を聞けることに否応なしにテンションが上がる。

 隣の女も少し興奮している様子だった。


 これなら上がったテンションの流れでダブルにストレス発散できるなと思いながら真っ暗な画面にある再生ボタンをタップした。

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