第19話 感謝と希望

 如月君と美月さんが帰った後、残った私は託された曲を聞きながら一人遊びに耽る。


 織り成す音が聴覚を刺激し、あわせて指先から伝えられる感覚が快感となって脳内で混ざり合う。


 曲のサビと共に高まった快感を一気に開放する。

 誰も居ない密室に私の叫声だけが響く。



 私はそれでようやく興奮を鎮めることが出来た。


 それだけユノから提供された曲は想像を超えて素晴らしく、初期のユノが持っていた狂気が改めて垣間見えるものだった。


 本当は直ぐにでも唯斗さんに聞いてもらいが一時の感情で折角ここまで来たものを壊すのは愚か者だ。感情に流されて彼氏を裏切る浮気女共と変わらない。


 そんな尻の軽い女共を侮蔑しつつ、やはり私自身も感情に流されそうになる女なんだと思い知らされた。


 だからこそ私が求める永遠の愛を手に入れる為には私にとって最高の曲をより彩らせる為の仕掛けが必要だ。


 私はまず、いまブッキング可能な映像作家を選別する。なるべく心理描写の演出に長けた人物が理想だ。

 もちろん副次的にサブミナルも忘れないように織り込ませる。


 そうして聴覚と視覚に訴えかけ、私自身で最後を仕上げれば良い。




 私は自然と笑みを浮かべながら今回、私にとっての重要な役割を担ってくれた柚菜に感謝を捧げる。


 偶然とはいえ、ここまで望んだ展開になったのは彼女のお陰だ。


 何せ少し綺麗なだけの平凡な子があのユノに繋がってるなんて思いもしなかった。


 唯斗さんの周囲の女を調査させていたときに引っ掛かった部活の後輩。

 他の女と比べて唯斗さんに色めき立たなかった珍しい子だった。


 そんな彼女はユノの歌をよく口ずさんでいた。

 最初は私と同じ、ただのユノのファンだと思った。


 唯斗さんもユノが好きなので接点が出来るかもと考え調査員を付けた。


 しかし調べてみれば同じ部活の割には唯斗さんと特に絡むこともなく、幼馴染の男子と平凡な日々を過ごすだけの日常を送るごく普通の高校生。


 そんな平凡なはずの柚菜の違和感に気付いたのは去年の今頃。

 前々から良くユノの歌を口ずさんでいたが彼女が知らない曲を口ずさんでいた。

 それがユノの曲だと知ったのは配信で公開されてからだ。

 彼女は世間一般には知りようのないユノの新曲を事前に知っていたということである。

 つまりそれは柚菜がユノと繋がりがあるのではないかと疑いを持つには充分だった。


 だから私は重点的に柚菜を調べさせた。

 

 演劇部には元々唯斗さんを監視するために天童寺グループの影響下にある生徒を紛れ込ませていた。

 そいつらを上手く利用して情報を拾い上げたが結果は何というか変わらず普通だった。

 強いて言うなら幼馴染の男子にベッタリと言うくらいで特筆するようなモノは何も見受けられなかった。


 別のアプローチとして、手に入れた情報でSNS上で知り合いもした。

 表面上は少しづつ親しくなっていったが交わす内容はその辺の女子高生のような他愛もない日常会話や恋愛、共通の趣味と言えた演劇だった。


 ただユノの話題を振った時だけはいつもに比べてドライな返答が目立った。自然と口ずさむくらいに好きなはずなのに私には冷めたように装っていた。


 監視している私からすれば白々しい態度にしか映らず意図は筒抜けであるのにだ。


 当人は私に監視されているなど知りようもないので当然かもしれないが必死に隠そうとする様は滑稽ではあるがいじらしくもあった。


 そうなってくると怪しいのは幼馴染の男子である。

 しかし調査員を付けても情報がほとんど上がって来なかった。

 報告してきた興信所の調査員によると周囲との接点はあるがどれも希薄で上がってくる印象は当たり障りの無いものばかりとのことだった。

 又、故意に邪魔されている節も見受けられたそうだ。今なら分かるが恐らく美月さんが関わっていたのだろう。


 そうなると彼の情報を一番知り得ているのは柚菜自身という結論になった。


 二人の様子から付き合っているのは想像できたのでそれとなく柚菜に彼氏の話題を振ってみた。


 最初は照れていたが私が羨ましがったり、彼氏を褒めたりするともっと自慢したくなったのだろう、遠慮なく惚気話や二人の事について話をしだすようになった。


 合わせて自分にも好きな幼馴染がいると伝えると勝手にシンパシーを感じたのか話す内容が恋愛の話メインになり、惚気話と共にちょっとした『なになにしてくれたらもっと良いのに』という愚痴まではいかない願望を吐露するようになっていった。


 そうして少しづつ信頼関係を積み上げ、ちょっとした悩み事の相談を受けるようにまでなって初めて確信に近い情報を得られた。


『彼氏が音楽をしていて一旦楽曲制作に取り掛かると過ごす時間が減って寂しい』


 柚菜にしてみれば自分の彼氏がユノなんて思いもしないだろうとの安心感からくる何気ない言葉。


 しかし私からすればもともと怪しいんでいたのでほぼ確定情報だった。


 ユノは唯斗さんにとっても特別だったから、この情報から柚菜との接点を上手く利用すれば一気に私の望む未来へと道が開けるように感じた。


 私は柚菜との関係を深めるためにを慰めつつ欲しい言葉を投げ掛ける。

 

 私からすれば柚菜の状況は監視を付けているので丸わかりなのである。なので彼女が今何を望んでいるのかは把握できており、それに合わせて彼女の望んでいる答えをアドバイスしてあげる。


 それが上手く行けば柚菜は私のアドバイスで上手くいったと思ってくれるのでより発言の影響力が増す。


 何より助かったのは柚菜は良くも悪くも他人を疑わない人間だったのでコントロールするのは容易かった。


 唯一誤算だったのは幼馴染の如月君から少し距離を置かせてしまったことで唯斗さんに接近しすぎてしまい、ついには抱かれてしまったことだ。


 あんなに幼馴染の如月君とのことを惚気けていたのに関わらずの体たらくぶりに私としても柚菜には失望してしまった。

 いくらデート中、気付かないうちにアルコールを摂取させられ判断力が鈍らされたとしても……。


 だいたい彼氏がいるのに他の男とデートも有り得ないし、今の年齢なら違法だが今後成人したあとは

似た状況はあり得るわけで何ら言い訳にならない。


 やはり普通の女の子では永遠の愛なんて得られやしないのだと確信した瞬間でもある。


 そして唯斗さんについても寝取り癖病気は治りそうにない。いくら瑞希ちゃんに歪められたとはいえ、最近は柚菜の時のように搦手を使うことも増えてきた。

 唯斗さん自身はそのことに罪悪感すらなくむしろ自分を正当化し行為を楽しんでいるフシもある。


 まあだからといって私の気持ちは変わらない。

 堕ちたのなら救い上げれば良いのだから。


 そして結果的には思惑通り矯正する為のパンドラの箱を如月君がもたらしてくれた。


 ひとえに柚菜の移り気のお陰でもある。


 唯斗さんと肉体関係になったのは穢らわしいが感謝という意味では最大限の感謝を送りたい相手だ。


 出来れば恩返しもしたかったが如月君に余計なお世話といわれれば後は当人達の問題だ。この後どうなろうが私の知ったことではない。


 だから私は指摘された通り目の前のことに全力で集中する。


 このチャンスを逃さないために私はその時をただひたすらに待ち望む。


 理想の映像が完成する日を…………。


 


 

 

 

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