第15話 高遠瑞穂
夕方の約束より早くファミレスについた。
奥の席が空いていたのでそこを陣取り、先にドリンクバーのみ注文しておく。
ユノこと如月君にはもう到着していることをメッセージを送って伝えておく。
彼だけなら約束より早く来ている私に合わせて予定より早く来てくれたかもしれないが同伴者がそれを許さなかったのだろう、日が傾きかけ夕日が差し込むようになった時間に二人はやってきた。
「こんにちは高遠先輩?」
「ええ、こんにちは如月君」
「私は始めましてね。天童寺さん」
如月君の連れの女性が私を本当の名字で呼ぶ。
「ありゃ、そこまでバレちゃったんだね。凄いね如月君の新しい彼女」
「「彼女じゃありません」」
二人して息のあった否定の言葉を告げる。
「こっちは僕の姉の西條美月です」
「ふーん、姉弟なのに名字が違う……顔も正直似てない……貴方達も色々と事情がありそうね」
思ったままを口にする。いまさら遠慮する必要もないだろうから。
「ええ、アナタのところと同じでこちらにも色々と事情があるのよ」
彼女の言葉から私と瑞希ちゃんとの関係性は正しく理解されていないと感じた。
「それでどこまで調べたんですか? 久美に色々と聞いていたようですけど」
モデル仲間の久美が珍しく私に干渉してきたので問い質してみると簡単に吐いた。
「正直そこまで調べれてないわね。分かってるのは態々自殺した人物に成りすまして悠貴に近づいて来た普通じゃない人だってことぐらいね」
思ってた通り私が瑞希ちゃんとは従姉妹だと言うことまでは調べきれていなかった。
ただ瑞希ちゃんの存在がバレたなら隠しておく必要もないので信用を買うためにも本当のことを話しておくことにした。
「まあ、二日、三日じゃそんなもんですよね。むしろ怪しんでそこまで調べた行動力に脱帽です。だからバレた私も隠していた事を話しちゃいますね」
「うん、曲に深みが出るかもしれないし、聞かないことには始まらないから教えて」
姉主導で話していたところに如月君が興味津々な目で話かけてくる。
「仕方ないわね。聞かせてもらおうかしらアナタの事情を」
「そうですね、まず前から私の本名は
「へぇ、従姉妹にしては随分とそっくりね」
「はい、瑞希ちゃんに近づけるためにイジってますから」
従姉妹といってもそれほど瑞希ちゃんに似てなかった私が瑞希ちゃんと同じようになるには大変だった。むしろここまで近づけた私を褒めて欲しいところである。
「……アナタをそこまでさせるのはなに? 瑞希って子がそんなに好きだったの?」
「ええ、ひとつ年上の瑞希ちゃんは私の憧れでしたよ。何もせずにこの美貌をもってて、社交的で誰からも好かれてて」
そうあの時までは間違いなく私の憧れだった。
「だから瑞希という存在になりたかったと?」
だけど私の憧れた瑞希ちゃんはもういない。
「イエイエ、あんなのになりたく無いですよ、瑞希ちゃんに似せてるのは彼がこの姿が好きだから合わせてるだけです」
私の言葉に何故か如月君の姉の方が一瞬だけ表情を崩した気がした。
「彼と言うのは……」
「フッフ、もちろん唯斗さんですよ」
私の言葉に姉の方は少し驚いた様子だったが如月君は動じていなかった。
「もしかして、如月君は気付いてました?」
「気付いたというより、曲を作ってておかしかったから相手の事を求めて止まない部分の歌詞とすれ違って後悔してる部分の歌詞との違和感がどうしても拭えなかったから」
「……凄いですね如月君。その通りですよ歌詞の全体は瑞希ちゃんの日記からの引用ですが唯斗さんへの想いの部分は私が付け足したものです」
「そっか、それで納得したよ。それじゃああの時に話した出来事は」
「あれは瑞希ちゃんの話ですよ。あの時は瑞希ちゃんになりきって演じてましたから、どうです上手かったですか? あの人の隣に並びたくて有名な演出家に演技指導だって受けてるんですよ」
「演技の方は分からないけど紫さんの方の歌詞パートがなければ曲は完成しなかったと思うよ」
あの時は如月君の興味を引くために色々と演じてみたがそういう感性なら素の自分をさらけ出していたほうが興味を引けていたかもしれない。
「はあ、なに危険人物と意気投合しそうになってるのよ」
横槍を入れるように姉の方が話かけてくる。
「危険人物とは失礼ですね。私は一途に愛しているだけですよ瑞希ちゃんのせいで堕落してますがどんな姿になっても私の愛は揺らぎません……アナタも同じじゃないんですか?」
あえて言葉にはしなかった弟を見る目が私と同じようなこの人なら言葉にしなくても伝わるだろうから。
「アナタと同じにしないで私はそうなる前にどんな手を使ってでも食い止めるわよ。もう柚菜ちゃんの時のような失敗はしない」
「アハッ、私あなたの事も好きになりそうです。美月さんって呼んでも良いですか?」
「嫌よ気持ち悪い。あなたの事を認めたわけでもないしその執着心は異常よ」
残念ながら断られてしまった。
でも美月さんもいずれ気付くだろう。
自分もこちら側の人間だということに、それまで待てば良いだけだ。
「それは褒め言葉ですよ。そもそも人間なんて移ろいやすいもの、何十年連れ添った夫婦でも簡単に別れる世の中なんですよ。その中でひとりを愛し続けるためには普通でいられるわけがないじゃないですか」
如月君に最初に言った通り、幼い頃から人ひとりを一途に愛し続けるなんてこと異常者にしか出来ないことだと私は思う。
永遠の愛なんて幻想なのだから。
その幻想を維持するためには現実を対価にしなければ簡単に崩壊する。
瑞希ちゃんのように……。
「……まあいいわ、いま問題はそこじゃないから。一番聞きたいのは貴方の本当の目的よ?」
「ああ。それなら分かるよ。伝えたいだけでしょう自分の想いを」
如月君が私の思いを察したのにはさすがに少し驚いた。
「はぁあ、それだけのためにこんな事を?」
「彼女にとっては『それだけ』なんかじゃないんだよ」
なぜか私が利用しようとしていたはずの如月君が美月さんの方に説明するという妙な構図が出来上がる。
急にバカバカしくなってきた。
余計な事をしなくてもどこか異質な彼なら私のこの想いを曲にしてくれたのかもしれない。
だから決めたもっと私の本質を知ってもらい、より想いを込めた曲にするために伝えようと…………私がしてきた人には言えないようなことを彼のために私が今までどれほどの事をしてきたかを。
それを知ってもらえばきっともっと良い曲が出来るはずだ。そうすれば必ず伝わるだろう彼に……私がどれだけ愛し続けてきたのかを。
「あの。よければ場所を変えませんか人に聞かれたくない話もありますので」
私の提案に二人は顔を見合わせる。
「私も同席してよいのなら認めるわ」
「ええ、もちろん美月さんにも聞いてもらいたいです」
同席を許さなければ話が続けられないということもある。
でもきっとこの人にも通じるものがあるはずだとの思いもあった。
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