第14話 姉弟会議
「悠貴、大丈夫?」
僕が思考の渦に陥ったことで姉さんからは不安気に見えたようだ。
「大丈夫だよ、少し考え事がすぎたみたい」
「曲作り?」
「違うよ、少し姉さんの事を考えていただけ」
僕は虚ろ気な気持ちのままに真っ直ぐ姉さんを見つめて告げる。
「なっ!?」
姉さんの顔がみるみる赤くなる。
いまさら麻婆豆腐の辛味が効いてきたのだろうか?
「それに曲はもう少しで完成だよ、あとは歌い手の特徴に合わせてイジるだけかな」
なんだか動揺した感じたが別に変なことは言ってないはずだ。
「そっ、そうなんだ。思ったより早かったわね、もっと苦労するかと思ったけど」
慌てたように水を飲みクールダウンを試みる姉さん。辛さ的にはいつもと変わらないように感じたが繊細な姉さんには辛すぎたのかもしれない、余り食も進んでなかったし。
「それで明日会おうと思うんだけど」
「そう分かった…………って誰によ!」
姉さんにしては珍しく察しが悪い。
「だから曲を聞かせるために高遠先輩と会おうと思うんだけど」
姉さんは僕の言葉を聞くともう一杯だけ水を飲み、大きく息を吐いた。
「そう、分かった。私も付いていく色々調べたけど、やっぱり高遠って子普通じゃなさそうだから」
どうやら僕が関わったばかりに姉さんにも要らぬ手間を取らせてしまい申し訳なく思う。
「ごめん姉さん。迷惑かけて」
「えっ、何で謝るの? 今まで柚菜ちゃんに取られてた分、悠貴のお世話出来て嬉しいけど」
「でも、それで……」
柚菜のように負担になればまた。
「あのね、悪いけど柚菜ちゃんなんかと私を一緒にしないでね。年数では劣るけど想いの深さなら比較にならないわね。きっと悠貴だってドン引きするくらいなんだから、この程度迷惑でも何でもないわよ、いい分かった? 私は……私だけは悠貴を重荷になんて思わないわよ絶対に!」
ドン引きするくらいの想いってのが少し気になったが場を和ませる為の冗談なのかもしれない。
ただ姉さんの思いだけはちゃんと伝わってきた。
「ありがとう姉さん」
だから今度は素直に感謝の言葉へと変えた。
「うん、分かれば良いのよ。それで高遠とは直ぐに会えるものなの?」
姉さんは嬉しそうな顔の後、直ぐに真剣な表情へと変わり僕に尋ねてきた。
「一応、連絡先は聞いてたからメッセージを送れば会えると思うよ」
「そう、相手には私が行くことは伝えないでおいて、反応を見たいから」
「うん、それは構わないけど。姉さんがそこまでするって本当にヤバい人なんだね」
「ええ、まだ悪意の方向性が見定まってないけど」
「ああ、それなら大丈夫だよあの人に悪意は無いから」
姉さんはどうやら高遠先輩の激情がこちらに向くことを懸念しているようだ。
だから僕はそれはないと安心してもらうために告げる。
「どうして悠貴はそう思うの?」
「曲を作っててようやく歌詞とリンクできたらさ、高遠先輩の想いみたいなのが僕にも感じ取れたんだよね。そこに在ったのは激しいけど悪意ではなかったよ」
「……悪意ではないかもしれないけど善意でもないんでしょう」
心配性な姉さんは不安顔を崩さない。
「そうだね。ひたすらに乞い願う激しい感情かな」
「強い感情は善悪関係なく周りを巻き込むわ……貴方も……いえ何でもない。とりあえず明日会って私自身でも見極めるわ、その高遠瑞穂って人を」
姉さんが何かを言いかけて止める。
そして強い視線で明日同行することを伝えてくる。元から反対する気もなかったので僕も頷く。
僕は高遠……先輩?
姉さんから聞いた話によるとどうやらうちの学校の生徒ではないらしいので先輩かどうかは分からないが、件の人物にメッセージを送り明日会えないか尋ねる。
メッセージは直ぐに既読になると夕方からなら大丈夫だと返事がくる。
僕は前回話を聞いたファミレスでの待ち合わせを提案する。
それも直ぐに返事が来る。
『構わないわよ、お連れもご一緒にどうぞ』
返ってきたメッセージに驚いて姉さんにも見せる。
「……そう、調べられていた事には気付いてたようね。私が悠貴の姉とまでは気付いてないかもだけど」
「どうする? 会うのはやめておこうか」
「別に構わないわ、反応を見たかっただけで私も隠していたわけじゃないから、お言葉に甘えますとでも返しておいて」
僕は姉さんに言われたとおり『お言葉に甘えます』と返信しておいた。
高遠さんからは直ぐに『明日楽しみにしてるね』と返事が来てそこからメッセージのやりとりはやめた。
「それにしても何で姉さんのことがバレたのかな?」
「考えられる可能性は複数あるけど今はどうでも良いわね。それより悠貴には高遠がうちの生徒じゃないこと以外にも私が調べた情報を伝えておくわね」
姉さんがそう言って伝えたことはかなり突拍子も無いことだったがあの姉さんがわざわざこんな事で嘘を言うはずもない。
改めて頭の中を整理するために姉さんに確認を取る。
「えっとまず、本当の高遠瑞穂は自殺して亡くなっているだよね」
「正確に言うと高遠瑞穂似の人物ね。調べたら
これはネットで手に入れた情報でまだ裏付けは取れていないがほぼ間違いないとの事だった。
「肝心の高遠瑞穂はその親類に当たるんじゃないかってことだよね」
「ええ、これは推測だけどね。いちばんの可能性的には双子だけど柏木の反応を見る限りそれはないはずよ。そうなると姉か妹ならメイクとかで本人に近づけることは可能だと思う」
姉さん的には仮に双子がいたとしたら関わり合いのあった柏木先輩が知らないはずが無い、そうなると見せた写真の人物が自殺していないもうひとりの双子の存在だと気付くだろうとの事。
「つまり何らかの事情で姉に成りすまして僕に近づいた。でも僕が目的なら姉に成り済ます必要はないから、高遠瑞穂の標的はあくまで柏木先輩ってことだよね」
「あんな男に敬称は必要はないわよ。って、話が逸れたわね。さすがに情報が少なすぎて推測の域を出ないのだけど、考えられる理由としては自殺の原因が柏木にあってその復讐ってのが妥当な線かしら」
姉さんがあくまで推論のひとつを提示する。
「うーん、やっぱり復讐は違うと思うよ。さっきも言ったけど歌詞に悪意は感じられないんだよ、あるのは狂しいまでに求め続ける乾きだよ」
「ごめん、さっきもそう言っていたわね……どうも今の私は悪い方に物事をとらえがちなのかもしれないわね」
「それは多分僕を守ろうとしてくれてるからでしょう。ありがとう姉さん」
いつも守られてばかりで不甲斐ないけど感謝の気持ちだけはちゃんと伝えたかった。
「ありがとう悠貴。でも貴方は気付いていないかもしれないけど、私だって悠貴には沢山救われているのよ。だがら私には悠貴が必要なのよ、貴方がいない世界なんて考えもつかないわ」
そう言ってじっと僕の目を見つめる姉さん。
なんだか照れ臭くなって僕は目を逸らす。
「フッフ、さっきの借りはこれで返したわね。一応明日も高遠について調べてから放課後迎えに行くわね」
さっきの意味が分からないが勝ち誇った顔をする姉さん。でも不思議と悔しくはなかった。
「うん、分かった。それじゃあ僕はそろそろ曲の仕上げに掛かるよ」
「その前にお風呂に入っときなさい、集中すると入るの忘れるでしょう」
「うん、面倒くさいけどそうするよ」
「あら、そんなに面倒なら私が洗ってあげるわよ。昔みたいに一緒に入りましょうか」
「なっ、何言ってるのさ姉さん。そんな事できるわけ無いだろう。ちゃんと入ってくるから」
僕は慌てて浴室に向かった。
僕を見送る姉さんが再び勝ち誇った顔をしているのが想像できてしまった。
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