第13話 失くしたくないもの


 ずっと考えていた。

 本当に大切で大好きだったものを不条理に失った時、人はマトモでいられるのかどうかと。


 そして僕が出した答えはマトモなはずが無いだった。理不尽さにきっと心を壊される僕のように。


 そして壊れて欠けた穴を埋めるために何かを求め続けてしまう。


 今までは柚菜がその穴を埋めてくれていた。

 でも柚菜はもういない。


 今は柚菜に対して感情を失い客観的にとらえれるからこそ僕がいかに柚菜に依存していたのかも分かる。


 きっと僕の存在は知らないうちに重荷になっていたに違いない。

 だから少し休みたかったのだろう。

 でも僕はそれが許せなかった。

 それだけの事だ。


 幼い頃から一緒に遊んだ思い出も

 休みの日にはいつも一緒に出掛けていた日々も

 今の高校に入るために一緒に頑張った事も

 柚菜が僕に必死に告白してくれた想いも


 僕は全部無かったことにした。

 こんなことが未練なく簡単に出来てしまう僕はやはり壊れているのだろう。


 そして柚菜を切り捨て穴を塞ぐものがなくなり穴が少しづつ開いて行くことで忘れていた渇望が蘇ってくる。


 だからこそ、あの人……高遠瑞穂先輩が何を欲していたのかが分かってきた。

 軽い口調で隠してはいたが一瞬見せたあの目は昔の僕と同じだ手に入らないものを狂しいまでに追い求め続ける時のものと。

 

 あの人が求めているものはきっと過去の幸せではない……ようやく曲と歌詞が一致してきた。

 それと同時に歌詞も少し書き換えてゆく、きっと高遠先輩は否定しないだろう。


 そうして曲の原型が出来上がったころ、部屋をノックする音の後に聞き慣れた声がする。


「悠貴ご飯どうする?」


「食べるよ」


「分かったわ。話もあるから一緒に食べましょう」


 姉さんはそう言うと部屋の前からキッチンの方へと移動してった。

 僕もサンプル曲の保存を忘れないように済ませ、追いかけるようにキッチンの方へと向かった。


 テーブルには僕が好きな麻婆豆腐が用意されていた。義母さんも良く作ってくれていたものでかなり本格的なものだ、それを今は姉さんが継承していてたまに作ってくれる。


「久しぶりだね。麻婆豆腐、お腹もちょうど空いてたし、いくらでも食べれそうだよ」


「ふふっ、本当に好きよね母さんの麻婆豆腐。普通はおふくろの味といったら肉じゃがとかじゃないの?」


 姉さんが微笑ましげに僕を見る。


「母さんの料理はどれも美味しかったけど、お店より美味しい麻婆豆腐は衝撃的だったんだよ」


「まあ、確かにそこいらの店のレシピよりは美味しいと思うけど大袈裟すぎじゃない?」


「思い出補正も入ってるからかな? でも姉さんの作ってくれる麻婆豆腐も寸分違わず美味しいよ」


「そう言ってくれると私としても嬉しいわね」


「うん。だから早く食べよう!」


 僕は早々に席に座ると姉さんが座るのを待つ。

 姉さんは僕のご飯だけ大盛りによそってくれた。 


「おかわりもあるから好きなだけ食べなさい」


「それじゃあ、いただきます」


 僕は手を合わせると後は食べることに集中する。

 適度な辛さが食欲を刺激し絡み合う具材がご飯によく合った。少食な僕にしてはご飯三杯はかなり食べたほうだ。


 姉さんはそんな僕を嬉しそうに見ているだけで御飯一杯分も食べてなかった。


「姉さん、余り食べてないけど大丈夫?」


「悠貴の食べっぷり見てたら、それだけでお腹一杯になっちゃったわよ」


 そう言って冗談ぽっく笑う。

 それから真剣な眼差しに変わると僕に告げた。


「ねぇ悠貴。今日柏木唯斗に会ってきた」


「ふぅーん、それで?」


「決論から言うとあいつとじゃ、柚菜ちゃんは幸せになれないわね」


 姉さんから告げられた言葉に、やっぱり僕の気持ちは動かなかった。


「そっか、それは残念。高遠先輩の言う通りだったみたいだね」


「ええ、でも悠貴はそれでいい?」


 姉さんが僕に問いかける。

 僕は姉さんが問いかけた意味を考えて頷く。


「冷たいかもしれないけど、これが今の僕なんだよ。こんな僕より感情で動く柏木って人の方が変われる可能性があると思うよ」


「余り自分を卑下しないで、貴方はそれで良いのよ柚菜ちゃんだってそれを分かってたはずなんだから」


「ありがとう、そう言ってくれるのはもう姉さんだけだよ」


 そう言ってしまった僕自身に言い知れぬ嫌悪感を覚える。

 僕はきっと柚菜が埋めてくれていた穴を姉さんで埋めようとしているのではないかと……。


 でもそれは絶対にやっちゃいけない事だ。

 それは柚菜の失敗からも明らかだ。

 もし柚菜と恋人ではなく幼馴染の関係のままでいられたのならきっとまだ柚菜は僕の大切な人のままだった。

 彼氏が出来ても友人として祝福出来ただろう。


 でも近づきすぎた。

 だから逆に許せなくなった。


 あの女と同じように平気で大切な人を捨て男に走り、何食わぬ顔で戻ってきた挙げ句、本当に好きだったのはアナタだったと宣う態度はあの女そのものだったから。


 それを何より身近で見ていたはずの柚菜だったからこそ、全てが信じられなくなった。


 もちろん姉さんが同じだとは思っていない。

 だけど柚菜と付き合い始めた時も柚菜が僕を裏切るなんて微塵も思っていなかった。


 だからこそ僕の傷穴を埋めるために姉さんを求めたりしてはいけない。


 もう僕は大切な人を失いたくないから。


 

 

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