第16話 天童寺紫なる者
防音がそれなりにしっかりして周りからも隔離されて直ぐに入れる場所としてカラオケ店を選んだ。
悠貴は高遠瑞穂改め、天童寺紫に危機感を抱いていない。きっと曲以外に関してはどうでもいいからなのだろう。
ただ曲に関してだけはより高い完成度を求めていた。だから天童寺紫の話を聞きたがっていた。
部屋に入りそれそれが取ってきたソフトドリンクで喉を潤す。
「それじゃあ、まず唯斗さんとの出会いから」
「えっ、そこからなの?」
「だって大事じゃないですか運命の出会いですよ」
この女の話に付き合っていたら一晩中でも話をしそうだ。話を簡潔に済ませるように言おうとしたが先に悠貴が了承してしまう。
「僕は良いよ、紫さんの想いがどれほどのものか知りたいし」
悠貴が了承した以上、しばらくは大人しく話を聞くことにした。
話自体は別段特筆するようなものでもなく、小学生の頃に当時のいじめっ子から助けてくれたのがあの柏木唯斗だったと言う事。
そしてその事をきっかけに柏木に対して恋愛感情を抱いていたと言う事。
「今はあんなんですが当時から唯斗さんは私にとっては白馬の王子様そのものですよ」
目を輝かせながら語る天童寺紫は何だかおとぎ話の王子様に恋する小学生のままのようだ。
「何でそんなに好きだったなら告白しなかったの?」
だから疑問をそのまま伝える。
「はい、それは私が冒した最大の失敗のひとつです。当時自分に自身が持てなかった私は唯斗さんに自分は相応しくないと思ってしまったんです。本当にバカでしたどれだけ好きだったかちゃんと伝えられていたら、少しは唯斗さんを変えることが出来たかもしれないのに」
タラレバを論じたところで過去は変えようがないし、そんな思いは私に限らず誰にだって沢山ある。
同情する気にもなれず私は話を進める。
「ふーん、でもそうしてモタモタしてる間に好きな相手を取られてしまったということね」
まあそれもよくある話で珍しくもない。
「はい、それがよりによって瑞希ちゃんだったなんて……でももし瑞希ちゃんがちゃんと唯斗さんと付き合ってたなら私は諦めていたかもしれません。たって私が理想としてた王子様とお姫様のカップルだったんですよ。瑞希ちゃんだって笑顔で唯斗さんと付き合うことが出来たって報告受けたんですから」
でもそうならなかったから今の彼女がいる。
「……例の話ね。瑞希さんが騙されたっていう」
「そうてすね……本当に騙されていただけなら、まだ何とかしようがあった。でも瑞希ちゃんを騙したクズ……
完全とまではいかないが何となくこの女の気持ちは理解できた。
私も柚菜ちゃんに似たような感情を抱いたから。
「でも、それを後悔していたんじゃないの? アナタも瑞希さんの日記にそう書いてあったと言ってたでしょう」
「日記を後で見て知ったんですよ、瑞希ちゃんの気持ちを…………でも今更じゃないですかだって瑞希ちゃん唯斗さんを助けようとしなかったんですよ。あのクズに虐められていたのに自分可愛さに見て見ぬ振りをして」
「でも、それはアナタもじゃないの?」
私の言葉に天童寺紫の表情が怒りに変わる。
「知ってたら私が黙ってるわけないじゃないですか……私が親なんかの指示で私立に進学したばかりに唯斗さんが苦しんでるときに助けてあげれなかった。あのクズ達を野放しにしてしまっていた」
「そう、それでその事を知ったアナタは何をしたの?」
歪んだこの女がそれを知って何もしないとは思えなかった。今ですら瞳には怒りの感情が消えていないのだから。
「私が知った時には唯斗さんは転校した後でしたから直ぐに転校先を調べて雇った興信所の人に見守ってもらってました。正直堕ちていく唯斗さんを見るのは辛かったです。好きでもない女を抱き続けてその度に絶望していく姿に何度目の前で声をかけようかと」
中学生が興信所を使うのもその費用も想像がつかないがこの女が私が思う通り天下の天童寺グループの令嬢なら金にモノをいわせれば可能なのだろう。
「それをしなかったのは何故?」
「私の言葉では届かないからです。様子を見ていて悟りました唯斗さんは女達に復讐してる。女全てに対して不信感を抱いてるんだと」
この女も私と同じ結論にたどり着いたらしい。
私はその有様を器の小さな小者として一蹴した。
たがこの女には柏木の今の有様は違ったように美化され写っているのだろう。
恋は盲目というがあんなクズでもこの女にとっては白馬の王子様のままなのだろう。
改めてこの女の異常性を再認識させられた。
「ふーん、そうか、それで僕に曲を作ってくれるようにお願いしてきたんだね」
それなのに悠貴は呑気に事の顛末を自分なりに解釈していた。
私はもう少し危機感を抱いてもらうように触れていないもう一方の件について尋ねた。
「私としてはそれより気になった点があるだけど」
「何ですか?」
「アナタが柏木を裏切った二人をそのままにしておくわけないよね」
「アハッ、やっぱり美月さん分かってますね。勿論責任を取らせましたよ。瑞希ちゃんも唯斗さんがいなくなってしばらくは悲劇のヒロインしてましたけど次第に唯斗さんの事を忘れてクズの川本とイチャイチャしだしましたからね」
「さっき拒否ったでしょう、名前で呼ばないでって……それよりアナタ何をしたの?」
何となくろくな事をしていないだろうと想像は付いたがこの女の口から聞きたかった。
「別に同じ目にあってもらっただけですよ。馴染みの裏方さんのツテで不良共を数人を雇って二人を襲わせたんですよ。クズには彼女を目の前で奪われる苦しみを味わわせてやって、瑞希ちゃんには別の男にも股を開く自分の浅ましさを再認識させてあげただけですよ」
「それを苦に自殺したんじゃないの?」
「さあ、どうでしょう。襲わせた後のことは私は関与してないので。まあ仮にも分家とはいえ天童寺グループの娘ですからね、あの後不良共に弱みを握られあられもない姿の映像でも出てきようものなら厳格な叔父様は黙ってなかったでしょうね」
そう話す天童寺紫には罪悪感などなく、むしろ楽しそうに話していた。
一応今の会話は録音しているが使い所を間違えればその二人の二の舞いもありえる。
本当に心底たちの悪い相手に悠貴が目をつけられてしまったと頭を抱えたくなる。
「なるほどね。でもそんなに柏木先輩の事が好きなのに柚菜達のことは許せるの?」
そんな私の想いを他所に悠貴が突っ込んだ質問をする。
「思うところはありますよ。幾ら唯斗さんが声を掛けたとはいえ彼氏がいるのに簡単に裏切るような女達には虫唾が走ります。柚菜さんの事だけは私にも責任があるので目を瞑るつもりですけど」
そんな悠貴の質問に対してこの女は聞き捨てならないことを言った。
「……柚菜ちゃんに対して責任があるってどういうこと?」
極めて冷静に話したつもりだが感情が押し殺せていない。
この女は柚菜ちゃんを利用して悠貴を傷付けたかもしれないのだ……そんな事許せるはずが無い。
「アハッ、その目良いですね。やっぱり美月さんにはその目が似合いますよ」
「私のことはどうでも良いのよ、それよりもアナタ柚菜ちゃんとも認識があったの?」
私の問い詰める視線にも天童寺紫は涼しい顔で笑い返す。
「ええ、その事についてもちゃんと話すつもりでしたよ」
そう言ってこの女は楽しそうに柚菜ちゃんについても話し始めた。
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