第17話 それぞれの望み

 僕は黙って紫さんの話を聞いていた。

 姉さんは時折苛立ってる様子が感じられたがそれでも話を聞いていた。


 紫さんの話によれば柚菜と直接会ったことはなくSNS上で知り合ってやり取りしていたらしい。

 恐らくその切っ掛けも仕組まれたものだと思うけど今となってはどうでもいい事だった。


 そこから演劇の話などで親しくなり日頃から相談事などに乗っていたらしい。

 恐らく事前に情報を持っていてホット・リーディングで信用を得たのだろう。


 ある日僕についても相談されたらしく、自分の有難みを分からせるために少し距離を置いて見たらどうかと最初にアドバイスをしたらしい。

 次に文化祭でヒロイン役に抜擢されたことを上げて演技に集中する良い機会だと促し意図的に僕から離れるように誘導したそうだ。


 確かに文化祭のヒロイン役に選出されてから部活を理由に僕にベッタリだったのが急に部活を優先しだしたのは紫さんも理由のひとつのようだ。


「ひとつ言わせてもらうとね。彼女の変化に気付けない彼氏もどうかと思うわよ如月君。一夜だけの行きずりの関係でもない限り何らかの徴候はあったはずですから」


 紫さんが持論を述べると姉さんが噛みつく。


「そんなの態度じゃなく口にして言えばいいことでしょう」


「美月さんの言う事は最もですね、それが出来れば世の中から浮気は減るんじゃないですか。でも多くの人はこう思うんですよ察して欲しいってね。好きなら自分の変化に気付いて止めてくれるはずだって」


「そんなの……」


「ええ、ただの甘ったれた考えですね虫唾が走ります。自分が本当に相手の事を好きなら愛されることより愛するべきですよ例え相手が自分のことをどう思っていようとも。だからこそですよ、如月君は柚菜さんのこと好きだったと言いましたよね。なら、ちゃんと見てましたか彼女の事?」


 そう言われてしまえば柚菜が居ることが当たり前すぎてキチンと見ていなかった気もする。


「言われればそうかも……でもそんなのは後付けの言い訳ですよね。それに僕は心変わりを責めてるわけではないですし。まあ、もう終わったことなので」


「…………そうですか、やっぱり復縁は難しそうですね」


「なに、こんなことしておいて柚菜ちゃんと復縁させるつもりだったの?」


 姉さんの目が益々鋭くなっていく。


「唯斗さんに流されたのは柚菜さんの選択ですが、切り口を開いたのは私のようなものですから多少は責任を感じてまして……まあ唯斗さんに抱かれた時点で柚菜さんの気持ちも高が知れてしまいましたけどね。幼馴染を思い続けてきた気持ちも分かりますから、最低限のフォローをしておこうかと」


 まるで柚菜を見下したような笑みで告げる紫さんに僕は少しだけ苛立つ。


「それこそ余計なお世話だよ。そんなことより紫さんは柏木先輩の事だけ考えていれば良いんだよ」


 僕の言葉に紫さんが驚くと嬉しそうな表情に変わる。


「ええその通りです。申し訳ありません。如月君の言うとおり私が望むものは唯一つです」


「そんなことって……悠貴はそれで良いの? この女は貴方と柚菜ちゃんの関係を自分の為だけに崩したのよ」


 姉さんは紫さんの理不尽さに腹を立てているようだけど僕は少し違う。


「ありがとう姉さん。でもね柚菜にも、それから僕にもこの結果を変える選択肢は用意されていたはずなんだよ、一方的に押し付けられたものでもない。その気になれば振り返って逆方向に走ることもできたんだから」


「だからって、こんな女に協力しなくても」


「協力じゃないよ、見たいだけなんだ。こんなことまでして相手を想う気持ちの行く先がどこにたどり着くのかを」


「ろくな事にならないと分かっていても?」


「うん、だからこそかな……その醜さの先にあるものが見たいんだよ」


「……分かった。悠貴がそれで良いなら私はもう何も言わないわ」


 姉さんはそう言ってくれたが態度は明らかに不服そうであった。

 僕は原曲データを落としてあるUSBを紫さんの前に差し出す。


「ああぁ、これがユノが私の想いを歌にしたモノなのですね」


 先程までの態度が嘘のように紫さんは僕が差し出したUSBをそっと受け取ると大切な宝物のように抱きしめる。


「まだ完成形ではないし、デモ段階だから僕としてはここで流しても良いんだけど」


「そんなのダメです。明日からスタジオを抑えますのでお時間ありますか?」


「僕は大丈夫だけど」


 そう言って僕は横目で姉さんを見る。


「当然、私も付いてくわよ」


「では決まりですね」


 紫さんは嬉しそうに電話をすると予約制で簡単に取れないはずの有名レコーディングスタジオを抑えた。


「それでは明日も夕方からでよろしいですね」


「ええ、場所は分かるので直接向かいますよ」


「そうですか、ここは支払っておきますので二人きりで好きなだけ楽しんで行ってください。私は帰ってこの曲を早速聞いてみますので」


 紫さんはそう言うとスキップしそうな勢いで出ていった。


 取り残された僕と姉さん。


「何か歌う?」


「そんな気分じゃないと言いたいところだけど、この胸の奥のモヤモヤを少しでも発散させたいから歌う!」


 そう言って姉さんは立て続けに激しめのナンバーを入れると高音ボイスでシャウトした。

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