第41話 小鷹兄妹

 家に帰ってきた私は、しばらく今日の出来事を振り返る。


 喫茶店で先輩と会い、流れでホテルに行った。


 お兄ちゃんに抱かれたあの日を境に、私の幻想は崩れ去った。


 愛してる人と結ばれる行為はもっと崇高で幸せなものだと思っていた。


 だけど実際は呆気なかった。

 何も無かった。

 ただ肉体的に結ばれた事実だけが残った。


 間違いなく私はお兄ちゃんを愛していたのに。


 だから、私がおかしいのかと思った。


 愛する人に抱かれても何も感じない私がおかしいのではないかと。


 だから、先輩にお願いした……抱いて欲しいと。


 さすがに性行為に対する呆気ない現実を知り、いくら敷居が下ったとはいえ、見知らぬ男に抱かれるのは嫌だった。

 だから同じ気持ちを抱えている先輩なら何か分かるものがあるんじゃないかとも思って。


 そして、ホテルでいざ先輩に抱かれようとした時に抱いた気持ちは……嫌悪感だった。

 私は土壇場に来てようやく気持ちに気付いた。

 確かにお兄ちゃんとの行為に何も感じないけど、それでもやっぱり…………私が体を許せるのはお兄ちゃんだけだと気付けた。


 ここまで誘っておいて今更無しだと言うのは先輩に申し訳なかったけど、何故か先に先輩に謝られた。


『ごめん、やっぱり無理みたいだ』と。


 結果から言うと先輩のアソコが反応しなかったらしい。

 ある意味で女の立場からすると失礼な話ではあるが、私はホッとした。


 同時に、女なら誰でもいいという男だけではないのだと知った。


 そして同時に考えた。

 お兄ちゃんはどっちなんだろうと。


 私をただの性処理のモノとしか見ていないのか、それとも私を私として抱いてくれているのかを。


 そして自分が逃げていたことにも気付いた。


 私はきっとその結論を知りたくなかったのだろうという事に。


 だから、私は先輩に伝えた。

 気付くことができた自分の気持ちに。


 先輩は毒気を抜かれたように笑って許してくれた。

 そして自分も向き合ってみると言ってくれた。


 こうして私と先輩はホテルに入ったのにも関わらず何もせずにお互いの家へと帰った。


 ちゃんと自分の気持ちに正直になり、大切な人と向き合う事を約束して。


 多分この時初めて、先輩と私は本当の同志になれたんだと思う。



 こうして今日の出来事を思い返し決意を固める。


 兄ではなくちゃんとお兄ちゃんと話し合う事を。


 だから私は兄の部屋の前で待った。

 部屋には鍵が掛かっているので入ることが出来ない。でもあと少ししたら、私の部屋へ行こうとする兄が出てくるのは分かっている。


 そして鍵を開ける音がし、扉を開けた瞬間に私がお兄ちゃんの部屋に踏み込んだ。

 すると勢い余って私が兄を押し倒す形になる。


 薄暗い部屋にはあの煩わしい歌声が流れ続けていた。


 そんな部屋の中で完全に意表を突かれた兄が私を見上げていた。

 瞳を合わせるとそれは、あの獰猛なケダモノのような目ではなく、私の知っている少し気弱なお兄ちゃんの瞳だった。


 これならちゃんと話が出来る。

 そう確信した私は自分の気持ちを吐き出した。


「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんの事を好き、愛している。だからお兄ちゃんに抱かれるのも嫌じゃない」


「なにをいって?」


 状況が理解できていないお兄ちゃん。

 私からの言葉が予想外だったのか、戸惑いを隠せていない。だから私は恐れていたことを尋ねた。

 

「お兄ちゃん……ねぇ、お兄ちゃんは私のことをどう思ってるの? ただの……ただの性欲を満たす道具なの?」


「違う!」


 間髪入れずに返ってきたのは明確な否定の言葉。

 私が一番聞きたかった答え。

 でも、たからこそ……。


「なら、なんで私を見てくれないの!」


 私が一番疑問だった理由をぶつける。

 私を抱いているときお兄ちゃんは私のことを見ていなかった、私とは違うどこか遠いところを見ていた。


 あの煩わしい曲か聞こえないかのような長い沈黙。止まったような時間の後、お兄ちゃんがようやく語り始めた。 


「……怖かったんだ。気持ちが抑えられなくて、感情のままに求めておきながらさ、真純と向き合うのが、拒絶されるような事をしているのに、おかしいだろう、でも……それでも僕は面と向かって真純に拒絶されたくなかったんだ」


 お兄ちゃんの気弱な瞳に涙が滲む。

 これでお兄ちゃんの気持ちは理解できた。

 それは抱かれる前の私も同じ事を思っていた事。

 お兄ちゃんに肉親の親愛とは違う愛情をぶつけた時、それを拒絶されたらと思うと怖くて仕方なかった。

 だから気持ちは分かる。


 でも、だからこそ、たらればだけど、ちゃんと私を見てくれていればと、どうしても思ってしまう。


「……バカなお兄ちゃん。こんなに遠回りして」


「だって、おかしいだろう実の妹にこんな感情を抱いてるなんて、払拭するためにあの子と付き合ってみたけどあんな結果になって……もし、真純があいつなんかと同じだと考えたら怖くなって」


 どうやら、お兄ちゃんが現実の女の子から逃避した切っ掛けはクズミでも原因は私にあったらしい。


「ふぅ、じゃあお兄ちゃんが見ていたのは」


「僕が勝手に作った幻想の真純で……でも、正気に戻れば目の前に居るのは感情を無くした真純が居て、後悔しても遅くて、でももう真純を求めてしまう気持ちは抑えられなくて……本当にゴメン」


 そう言った兄の瞳には、涙がいっぱいにあふれてこぼれ落ちていた。

 私もつられるように涙が勝手にあふれてくる。


「ばか、ばか、ばか、お兄ちゃんのバカ」


 私達の関係は世間からはきっと祝福されない。

 だから苦しんだ。

 本当は相思相愛だったのに。

 世間体や一般常識が邪魔をして一線を超えることは出来なかった。


 だけど、だけど………それのなにが悪い。

 愛する人が肉親だっただけで、その隣に寄り添ってはいけないなんて誰が決めた。

 遺伝的な問題なら、極論を言えば子供を産まなければ良い。だって子供を持てないのは同性愛のカップルだって同じだ。


 私はもう躊躇うことなくお兄ちゃんに最愛の感情を込めてキスをする。


 もう周りに後ろ指をさされようが知ったことではない。

 私は決めたのだから……お兄ちゃんとならどこまでも堕ちていこうと。


 すると煩わしかった歌声が、まるで今は祝福する讃歌のようにすら聴こえた。


「ねえ、お兄ちゃん。もう一度言うね。私はお兄ちゃんをひとりの男として愛してる」


「僕も、僕もずっと真純が好きだった。妹以上に愛してる」


 待ち望んでいた言葉。

 それだけで幸せな気持ちに包まれる。


 きっと私は泣き笑いの、どうしょうもなくブサイクな顔になっていただろう。


 そんな私に、同じように泣き腫らした瞳で笑うお兄ちゃんが手を伸ばしてくる。


 私達は自然に指を絡ませ、そっと唇を重ねる。

 そのままもつれ合いながら、考えることなくベッドへと流れ込む。


 虚しさすら感じたあの行為が、気持ちが通じ合っていると分かっただけでまるで違った。


 ちゃんと私を見て求めてくれるのが嬉しかった。

 私の中を満たす異物だったものが愛おしい存在へと変わる。


 そして、改めて思う。

 あの時先輩と体を重ねなくて良かったと。


 あの時先輩に抱かれていたら、こんな気持ちを知らないままで、きっとまだセックスに幻滅したままだっただろうから。

 


 翌日、思いを確かめ合った後、改めてお兄ちゃんに事の成り行きを確認してみた。


 するとユノのオフ会で知り合った高校生くらいの女の子から、公開されていない秘蔵の音源映像というものをもらったとのこと。

 ついでに助言として想いに忠実になるようにいわれたそうだ。


 そしてその音源映像を見ているうちに、私を求める気持ちが抑えきれなくなり、昂ぶる気持ちのまま私を襲ってしまったらしい。

 お兄ちゃんはその事に酷く後悔して、でも私を手放すことも出来ないジレンマに頭を悩ませて、最近では心中することも考えていたらしい。


 いやー、本当に危なかった。

 相思相愛なのに無理心中するところだったわけだから。


 あと、残念なのことは、お兄ちゃんにその危ない音源映像を渡した人物の、名前や素性までは分からなかった。


 それから、そのもらった曲のデータはきっちりと削除しておいた。

 お兄ちゃんと心身共に結ばれた時には少しは良いなと感じた。でもそれ以上に、何かもっと良くないものを感じたから。


 お兄ちゃんは名残り惜しそうにしていたけど、「これからは私がいるでしょ」と言ってほっぺにチューをしてあげたら納得してくれた。


 ちなみに先輩には、お兄ちゃんと上手く行った事をメッセージで伝えておいた。


 心の中でお姉さんと上手くいくことを願って。




―――――――――――――――――――――


いつも読んで頂きありがとうございます。


なろう様にも導入部分を掲載したところ、まさかの日間のジャンル別ランキングで2位まで食い込む事が出来ました。


ただ、規制の厳しいなろう様の方では、あの後の展開を続けるのは難しいと考えています。


 ですから完了までの完全版はカクヨム様オンリーで行きたいと思います。

 なのでカクヨム読者様には引き続きモヤる世界観を楽しんで頂ければと思います。よろしくお願いします。

 

 

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