第24話 伝播する狂気

 悠貴に見放され、全てがどうでも良くなっていた。

 何度振り返っても私が好きなのは悠貴のはずだったのに……なのに何であんな事をしてしまったのか、そもそも何で悠貴の約束を破ってまで会おうと思ったのか? 


 気の迷いとしか言いようがなかったが、その気の迷いが全てを失わせた。


 でも確かにあの時は先輩に惹かれていた。

 私は自分自身の気持ちすらの分からなくなっており、頭の中がグチャグチャでどっちが好きかもわからなくなっていた。


 そんな中でずっと悠貴からの連絡を待ったけど来るのは先輩からだけ……結局私に残されたのは先輩との繋がりだけたった。


 一番大切だった繋がりは断たれ悠貴から二度と返事が来ることがない事を実感する。

 そう思うと今までの積み重ねた思い出が蘇る。

 その度にその思い出を踏みにじったのが自分自身なのだと痛感すると後悔の涙があふれ出る。


 現実的に慰め優しくしてくれる先輩と一番大切だったはずの悠貴との過去の思い出の間で浮き沈みする私はもう自分で考える力を失っていた。


 だから私はなにかと相談に乗ってもらっていた瑞穂ちゃんに助けを求めた。


 彼女は私の浮気についてはキツイ言葉を投げかけてきたが他の人を好きになったことに関しては寛容だった。


 だから直接会って本当に好きなのか確かめてみると良いと勧めてくれた。

 ただ悠貴に見られていたという恐怖心から外で会うことに躊躇していた私に瑞穂ちゃんは家で会えば良いと提案した。


 もし相手が自分の事を本気で思ってるなら拒絶してもわかってくれるはずだと……ちゃんと会って自分の気持ちを伝えたなら相手からの気持ちも伝わる筈だと……ただ今の私のように沈みがちのまま感情的に話し合えば欲しい答えは得られないからと忠告された。

 そしてわざわざ気分が落ち落ち着くからと特注のアロマをわざわざ私のために準備して送ってくれた。 


 話し合いのときにこの香りを部屋に満たせておけばきっと話は上手くいくからと、気持ちを落ち着ける効果もあるからそういうやらしい気持ちも抑えてくれるはずだと言って。


 私はアドバイスの通り先輩と部屋で合う約束をすると先輩が来る前に部屋をアロマの香りで充たしておいた。


 でも先輩に会っても私の気持ちは沈んだままだった。やはり香りひとつで人の気持ちなんて変えようが無いと思っていたが、先輩の話に熱がこもり始めると私も当てられるように気持ちが高ぶっていくのを感じた。


 そして醜い私の内面をさらけ出しそれでも受け入れてくれると言った先輩を信じて告白の返事を返した。


 先輩は私の言葉を聞くと優しく抱きしめてくれた。


 その瞬間だった私の頭の中に悠貴の顔と悠貴と隣合う私の思い出が一斉に拡がったのは。

 そして思い出のはずの悠貴の隣に居る私はまるで何か汚いモノを見るかのように私自身を見下ろしていた。


 咄嗟に全身へ嫌悪感が駆け巡り思わず先輩を拒絶してしまう。


 先輩も突然の事で驚いて何とも言い難い気まずい雰囲気にさせてしまう。


 そんな雰囲気を払拭させるかのように先輩が声を上げて喜びながら説明してくれてのは悠貴の新曲が公開されたと言うものだった。


 本当なら今までは一番最初に聞けるはずだった。

 それが今はもう聞くことのできない現状にまた沈み込みそうになる。

 その気持ちを見ないようにしながら何とか努めて先輩の話に合わせてみる。


 私の気持ちなど知りようがない先輩は喜びながらユノがどれだけ好きかを語りながら動画再生の準備をする。


 でも先輩がどんなにユノの事が好きで楽曲の良さを力説しようが私には響かなかった。

 だってもう先輩以上に悠貴の歌が曲が好きだったから私が悠貴のファン第一号だから。


 そんな今の状況が滑稽に思えてきてしまい黙って話を聞いていた。

 ユノが悠貴だと教えたら先輩はどんな顔をするのだろうか? とつまらない事を考えるほどに。



 そうしてる間に準備が出来た先輩は悠貴の新曲映像を流し始める。


 最初のイントロは初期の悠貴を思わせる作りだったがイントロからボーカルが入る瞬間に私は驚愕する。


 悠貴の曲を知らない女が歌っていた。

 それだけで頭の中がおかしくなる。

 有り得ないことだった悠貴が自分の曲を他人に歌わせるなんて、私すら歌わせて貰えなかったのに。


 何度、唯一人歌うことを許された身内の美月さんに嫉妬したか分からない。

 それなのにいま目の前で知らない女が間違いなく悠貴の作った曲を歌っているのだ。


 驚いた事にそれは別れを告げられた以上にショックだった。

 いままで隣にいて当たり前だった悠貴がもう手の届かない遠くに行ったのだと思い知るには充分だった。


 枯れたはずの後悔の涙が勝手にあふれ出す。


 失くしてしまって大切なモノだと実感する歌詞が歌となって私に突き刺さる。

 自分の愚かしさを思い知り心の痛みになって返ってくる。私はもうそれを抜くことが出来ず身を委ねるしかなかった。


 私は痛みと涙にまみれたまま続きを聴く、そして曲がサビの展開に入り女が仮面を脱ぎ捨てると同時に隠してきていた本当の想いを曲と共に解き放つ。

 誰かを一途に想う清廉な気持ちとどんなことをしてでも愛を手に入れようとする情念のせめぎ合いが私にも伝わってくるようだった。


 仮面を取った女が瑞穂ちゃんだった事に驚きもせずひたすら歌と映像に集中するくらいに。


 その動画を私と先輩は何度も何度も見ていた。


 繰り返される映像を見続ける中で先輩のことはもう頭から無くなり、在るのは歌の中に置き換わった私と悠貴だけだった。


 ただひたすらに悠貴を追い求めれば良かっただけなのに私は見返りを求めた。

 私はこれだけのことをしたから、尽くされて当然だと思い込んでいた。

 当然のことをしてくれない悠貴に不満を抱いた。

 私から好きになったくせに。


 だからこうなるのは必然の流れだった。

 普通だった私が悠貴の隣に居られるはずなんてなかった。


 でも、この歌が気付かせてくれた。


 想うことの、想い続けることの大切さを……。


 きっと瑞穂ちゃんは上手くいくたろう、こんなにも思っている気持ちが相手に届かないはずが無い。


 私を利用したことに怒りが先にきても良いはずなのに些細な事だと感じた。

 だって人を一途に想い続け愛する事は何よりも尊い事だから。


 そして私もその権利を手に入れることができたから。


 だから私は勝手にあふれ出る涙を堪えることなく先輩に別れの言葉を告げる。


『あなたのに対する好きと悠貴に対する愛では比較になりません』と。


 先輩は理解してくれたのか何も言わずに部屋から出ていった。

 この後先輩もきっも気付くだろう真実の愛に……ここまでして自分を愛してくれる人がこの世にいる幸福を知るに違いないから。


 でも今はもう会うことは無いだろう先輩よりも大事なことがある……それは私達の今後だ。


 スマホを確認すると思っていた通り、瑞穂ちゃんからメッセージが届いており中身は先程の映像データと言葉が一言添えられていた。


『次は柚菜が頑張る番だよ』と。


 私は励ましの言葉を受け部屋を充たす香りを堪能しながら何度も悠貴と瑞穂ちゃんの曲を聴き直した。

 そのたびに体中からあふれ出る体液を垂れ流し続ける。

 何度目かの絶頂でようやく頭を落ち着かせると美月さんにメッセージを送った確固たる決意と共に。

 

 

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