第25話 兆し

 紫さんに曲を提供した次の日から柚菜が普通に僕の所に来るようになった。


 少しやつれた感じだが以前と変わらず何も無かったかのように接してくる。

 僕としては他の人と同じように表面上だけの対応をするだけだが周囲からは別れたと思われているためその都度説明に困る。


 そんな僕を見ていた柚菜自身がそれとなく自分のせいで別れて幼馴染に戻ったと周囲にもらし、その事で別れた理由を色々と噂されていたようだ。

 でも変わらず僕と接してくる柚菜の様子を見て周りの人は円満に別れたと勘違いしたらしく次第に噂は鳴りを潜めた。


 その柚菜はというと学校では以前のままというよりは付き合う前と同じ感じに戻り、恋人同士の時のような過度なスキンシップはなくなり、一定の距離を置く感じで僕に接してくる。


 学校を出れば絡むこともなく、メッセージのやり取りももちろん無かった。


 ただ以前は明るい太陽のような笑顔が今はなにか作り物のように感じられた。


 そんな柚菜の変化に戸惑っている内に学校で緘口令が敷かれた。


 丁度今、朝の情報番組でも取り上げられ話題になっている高校生カップルの心中事件の事だ。


 そのカップルの男が僕達の学校の生徒だと漏れたらしい。


「まったく。あの女予想してた内の最悪の選択をしてくれたわね」


「姉さんはこうなる事を予測してたの?」


「可能性は考えてたわ、その可能性に辿り着く自分が嫌になったけど」


「そっか、僕はここまでするとは流石に思ってなかったな」


 あの激情の先になにがあるのか本当に分からなかった。だから紫さんの辿り着く先を見てみたかった。


「まあ、あの子も立場的に追い詰められていたってことね」


「……どいうこと?」


「最近リークされた情報だと婚約が成立して結婚が決まっていたそうよ、いわゆる上流階級の政略結婚ね」


「ふーん、今どきそんなのがあるんだね」


 僕には理解できないが周りを自由に操り何不自由なく見えた彼女にも柵はあったということらしい。


「ええ、それだけならまあ良いのだけれど、腹が立つのはこういった情報をマスコミに与えてるヤツよ、多分あの女の息のかかった奴だろうけど、この独りよがりの偏執的な愛情を引き離されそうになった悲劇の果の純愛に仕立てようとしていることよ」


「紫さんはそこまで狙ってたの?」


「恐らくね……考えただけで悍ましいわね。このまま妄執が純愛に美化され活字にでもなってごらんなさい。あの子の目論見通り死が二人の愛の証と曲解されて世間的に彼女は正真正銘の悲劇のヒロインになるのよ」


 そこまで本当に計算していたのなら凄いと思った。死んで終わりでなく死ぬことで愛を証明し歪んだ形でもその証を遺すその意志に。


「凄いね。僕には理解が及ばないけど」


「悠貴は理解したらだめよ。だいたいこれだって調べれば直ぐに分かるはずだもの、単純に天童寺紫があのクズを殺しただけの殺人事件だってことは」


 いつにもなく姉さんが怒りをあらわにして紫さんの行動を否定する。


「学校の方も面倒な事になりそうだよ」


「分かってるとは思うけど、絶対に柏木と知り合いだったなんて知られたら駄目よ」


「僕は大丈夫だよ。もともとその柏木って人になんて興味なかったし」


 柚菜に対する感情が残っているなら何かしら思うところもあったかもしれないが死んだと分かっても何も思うところは無かった。

 そんな興味のない人間のことを聞かれてもそもそも知らないし語りようがない。


「そうね悠貴は大丈夫か……心配なのは柚菜ちゃんの方ね……」


 姉さんがコメカミをトントンと指先で叩きながら何かを考える時の仕草をする。


「うん、その柚菜が変なんだよ。学校でだけ普通に接してくるんだ。皆の手前普通に接するしかないから多少は話をしたりするけど何を考えてるのか益々分からなくなったよ」


 僕の報告を聞き姉さんが驚いた顔をして慌ててスマホを操作しだす。


「何で早く言わなかったのよ」


「関わってくるのは学校だけなんだよ、外ではまったく近づいてこないし、先輩があんな事になって柚菜もおかしくなったのかな?」


「…………そうかもね」


 姉さんがさらに深刻な顔をして何かを考えている。


「分かった。悠貴が話をしても平行線だろうから私から話してみるわ…………向こうも丁度私と話がしたいようだったから」


「ありがとう、学校でもしつこく絡んで来るわけじゃないから他の人と同じように扱ってれば良いんだけど」


 僕としてはもう関わらなければそれで良いのだけれど、どうして柚菜はまた僕と関わり合いを持とうとするのだろうか?


 もしかして先輩があんな事になったからとも考えた。でも柚菜の態度が変わったのは報道される前からだ。


 逆に一度手放したものには執着しない僕としては何でそこまでして終わった関係をまた修復しようとするのか理解できなかった。

 たとえ修復したとしても継ぎ接ぎだらけの器からはどうやったって水は漏れ出す。


 いちど芽生えた猜疑心を摘み取ることは難しいのだから1から新しく積み上げる方が簡単だ。

 柚菜も僕のような歪な人間に拘るよりもっとマトモな人と付き合う方が良いと思う。


 まあ、学校で余計な波風を立てないためにも他の人と変わらない表面上だけの当たり障りのない対応をするだけだ。


 ただ柚菜の目がどこか紫さんを思わせるような仄暗い輝きを見せるようになったのは気になった。


 


 


 

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