第51話 終幕


 私が柚菜のフリをしたあの人の元に向かう事を話すと悠貴は反対した。

 大人しく警察に任せれば良いと。


 それは正論で間違いなく正しい。


 でも、私としてはこの理不尽な状況が許せなかった。勿論、柚凪があんなに落ちぶれたといっても、酷い目に合っていいとは思わないのもある。


 それに位置を特定するだけなら危険性は低いと見ていた。あの人の目的は悠貴で、悠貴を手に入れるまでは過激な事はしないだろうと予想出来ていたから。


 そんな私の考えに対し、悠貴は賛同しつつも、あろうことか自分が行くと言い出した。


 思いがけない悠貴の提案に私は大反対した。

 当然だろう、相手の目的は悠貴なのだから獲物が自ら捕食者の前に飛び込んでどうするのだと。


 でも、悠貴は珍しく反論した。


「相手の目的は僕だけど僕の命じゃない、ある意味で僕はあの人にとっての弱点でもあるから、何より傷つけられない存在だから」と。


 悠貴の言うことは最もだ。

 それでも危険性がゼロな訳ではない。


 最終手段として泣き落としで説得を試みたが、悠貴の気持ちは変わらなかった。


 そして悠貴の本音を聞いて私は頷くしかなかった。


「母親という存在に決着をつけさせてほしい」


 薄々悠貴も気づいていたのかもしれない。

 自分にとって母親という存在が歪で、どこか大きくなりすぎている事に。


 そこに私の打算が重なる。


 このまま警察に任せて、この場は平穏に乗り切ったとしても、悠貴はこの先永遠に母親という存在に怯え、苦しむかもしれないのではないかと。

 

 本当に私はどうしようもないクズだ。


 悠貴の為に悠貴自身に危険を冒させるのだから。


 そんなチグハグな思案の元で悠貴を送り出した。

 もちろん悠貴から目を離さいないように気を付けながら、現れた男の車に乗り込んた悠貴を追ってタクシーに乗り。


「あの車を追って」と言った私に、タクシーの運転手が「ドラマみたいですね」とツッコまれつつ到着した先のマンションに入っていく悠貴を確認する。


 メッセージが届き部屋番号も確認できた。


 それでも心配でどうにか中に入って、悠貴の後を追いかけようとする。しかしオートロックなので簡単には中に入れず、どうやって中に入ろうか思案する。

 すると運がこちらに味方したのか、悠貴の乗った車を運転していた男が中から出できた。

 私は素知らぬ顔でその男の横を素通りし中に入る。

 そのままメッセージで教えてもらった部屋に向かう。

 流石に飛び込むのは軽率すぎると判断して部屋の前で大人しく待機するつもりだったが、我慢できず扉に耳を当て中の様子をうかがう。きっと傍から見れば不審者に違いない。

 まあ、幸いというか中からは争う声は聞こえない。


 そうしてやきもきする中、しばらくするとサイレンが聞こえてくる。どうやら呼んでおいた警察が到着したようだ。


 本当なら警察が来るまで待つのが正解だろうが、静かだった中から突然悠貴の大声と、騒がしい音がしてきたため、私はたまらずに踏む込んだ。


 幸いドアには鍵が掛かっておらず、飛び込んだ先に見えたのは、白い服を着た女と柚菜が互いに抱き合っているような姿。


 その横に倒れ込んだ悠貴が目に入り、慌てて駆け寄ると同時に気付いた。


 白い服を着た女が悠貴の母親で、その手に持った刃物が柚菜のお腹に突き刺さっていることに。


「ゆ、ゆずな」


 思わず声を上げ、柚菜に声を掛ける。

 柚菜は視線だけを私に送ると何故か笑った。


「離せ、離せ、このクソ女。なんで邪魔をする。もうやり直すには生まれ直すしか無いのに、一緒に死ねば、また神様は……」


 一方の悠貴の母親は、よくわからない虚言を口にして、必死に柚菜に突き刺さった刃を抜こうとしている。


 でも、柚菜がどこにそんな力が残っているのか手を回しそれを阻止していた。


 そんな柚菜に圧倒されつつ、私も動かないとそう思った時に、玄関のチャイムが鳴る。すぐに誰が来たのか理解した私が大声で助けを呼ぶと、慌ただしく玄関が開かれ警官たちが踏み込んで来る。


 それを見た悠貴の母親は柚菜を刺していた刃物から手を離す。


「……残念だけど潮時みたいね。ふっふ、ユウちゃん、今世はずっと一緒に居れなかったけど、来世では……ずっと一緒にね……愛しいるわ……永遠に」


 先程までの表情とは打って変わった穏やかな表情を悠貴に向ける。


 その目は、まるで他のモノは何も映ってないかのように見え、私にはその一瞬だけ時間が止まったように感じた。


 女は確保しようとする警官たちから逃げるようにベランダの方に向かう。


 警官が投降を呼掛けるが彼女はその声を無視するとベランダを軽々と柵を乗り越える。


 手を離せば何時でも下に飛び降りれる体勢。

 彼女はそんな状況で、もう一度悠貴に微笑みかける。それこそ人を傷付け殺した人間とは思えない優しい笑みを。


 そんな場違いな微笑みに、私も含め対峙していた警官も思わずのまれる。


 その瞬間。彼女は口を開き悠貴に最後の言葉を遺すと手を離した。


 慌てて駆け寄る警官たちなど気にもとめず、ただ悠貴を見つめながら、死の恐怖など無いように、綺麗な笑顔のまま彼女は堕ちていった。


 





――――――――――――――――――


新作開始しました。


読んで頂けると嬉しいです


異世界恋愛ファンタジーです。


タイトル

『貧乏旗本の三男坊に嫁いできてくれた元聖女の嫁が可愛すぎるので……。』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557602664666





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