第50話 邂逅

 待ち合わせに現れた男。


 姉さんの予想通り柚菜は来なかった。


 その男は僕がいることに驚きを見せる。


 それはそうだろう。

 柚菜と待ち合わせしていたのは姉さんなのだから。


 あの時、姉さんは柚菜のやり取りから、裏にあの人が関わってる事を予測した。


 だからわざと誘いに乗ってあの人の居場所を確かめるつもりでいた。


 姉さん的には早く捕まえてこの窮屈な状況を打破したかったらしい。


 でも、僕は姉さんが危険に晒されるのが許せなかった。


 だから、代わりに僕が赴く事にした。


 勿論姉さんには激しく反対された。

 それこそ泣き喚ほどに。


 だけど、本当にあの人が関わっているなら僕の方が安全だ。

 だってあの人が欲しいのは僕だから。

 僕に危害を加えることは無いだろう。


 逆に姉さんだと躊躇なく危害を加えられる可能性が高い。それこそ父さんと義母さんの時のように。


 それに僕自身確かめたいことがあったから。


 どうして僕が母親という存在に焦がれてしまうのかという理由。


 もう一度あの人に会えば、なにか分かるかもしれないと思った。


 だから姉さんを必死に説得して僕が赴く事を納得させた。


 ただ、指定のカフェに向かう間際、姉さんには「悠貴の身になにかあったら私も後を追うから」と暗く沈んだ目で言われた。


 勿論僕としても無理をするつもりはない。

 最優先は柚菜の安否確認と、あの人の身柄の確保なのも理解している。


 だから不足の事態に備えての警察への連絡は姉さんに任せ、僕はただあの人のいる場所に行けばそれで終わり、スマホから位置情報を特定できればそれで良い。

 

 たど危惧していたのは無理やりにスマホを奪われる可能性だった。でもそこは目論見通り僕が来たことで相手は強行手段に出ることは無かった。


 男は一度どこかに連絡すると、そこからはうやうやしく僕を案内し安全運転で郊外のマンションまで車を走らせた。


 そうして着いた先は小綺麗なマンション。


 それとなくダメ元で、柚菜はどの部屋で待っているのか尋ねると、男は何も考えていないのか、ヘラヘラと愛想笑いを見せて向かう部屋番号を教えてくれた。


 僕は気付かれないように部屋番号を姉さんに伝え、男の後を付いて行く。


 案内された部屋は男の言葉通りで男が鍵を開け、仰々しく僕を中へと誘う。


 僕は一度だけ深く息を吸って覚悟を決めると中に踏むこむ。

 靴を脱いで一直線に伸びる廊下を進み、ドアを開く、その先に広がるリビングにあの人は居た。


 僕の母親だった人。

 僕から大好きだった義母を奪った人。

 あんなことがあっても尚憎みきれない存在。


 その姿は以前会った時と変わらず美しく綺麗で、優しい笑顔を僕に向ける。

 その隣で柚菜も項垂れ僕を見ていた。


「お帰りなさいユウちゃん。ずっと……ずっと会いたかったわ」


 温かい声が僕を包む。

 やっぱりその声に嫌悪感は湧かない。


「悠貴、とうして……どうして来たのよ」


 同時に柚菜も声をあげる。

 とたん母さんは笑顔のまま柚菜を蹴り倒し、床に押し付ける。


「親子の感動の再会を邪魔しないでくれるかしら」


「母さん、止めてあげて」


 僕は努めて冷静に諫める。


「ふっふ、ユウちゃんは優しいわね、こんな雌犬にも温情を与えるなんて」


 母さんはそう言って踏みつけていた柚菜から足を離す。


「それより、どうして母さんがここに?」


「うん、そうよね驚いたでしょう。本当に色々と邪魔があったけど、神様は私とユウちゃんとの絆を見ていてくれたのよ、だから再会できた。喜んで、これは運命なのよ」


 母さんはそう言うと感極まったのか目から涙をこぼす。


 僕は戸惑う振りをして改めて事情を尋ねる 

 

「えっと、僕は柚菜に会いに来たのに、なんで母さんが?」


「ああ、一応そういうことになってるんだったわね。でも大丈夫よ、このユウちゃんを裏切った雌犬にはちゃんとお仕置きしておくから」


 僕の問に対しての会話が噛み合わない。

 これ以上話しても埒があかないと判断する。


 僕はポケットの中のスマホからメッセージを送る。


 それを見咎めた母さんが僕に尋ねる。

 満面の笑顔のままに。


「あらユウちゃん。誰と連絡したのかしら?」

 

「姉さんに伝えました。これ以上は無駄です母さん。それより自首して下さい」


 無駄とは分かっていても自首を促す。

 母さんは優しく微笑みながら僕に近づく、側までくると分かる甘い香り。それはどこか懐かしくて。


「ふっふ。ユウちゃんは心配しなくて大丈夫よ、これからはずっと一緒に居られるから。ずっと私が愛してあげるから。ねっ、昔のようにいつまでも愛し合いましょう」


 母さんが甘い声で囁いてくる。

 とたんに湧き上がる胸の奥底にある、あの気持ち悪い衝動が込み上げてくる。


「うっえっ」


 吐き気をもようして、たまらずえずく。


「悠貴。しっかりして、この人は駄目よ、このひとだけはダメ」


 僕を見ていた柚菜が大声をあげる。

 それが気に入らなかったらしい母さんが反転し、柚菜の腹を蹴り上げる。


 柚菜は苦悶声を上げ声が詰まり言葉が出ない。


「ユウちゃん、私はこの女と違って貴方を裏切ってなんかいないから、思い出してどれだけ私が貴方を愛していたかを……そう好きなだけ甘えていいのよ」


 母さんは両手を広げ僕を迎え入れようとする。


 気持ち悪さが限界まで高まり、たまらず持っていたハンカチで口元を押さえ吐き気を堪えようとする。


 すると爽やかな香りが広がる。

 姉さんがいつも付けてる香水の匂い、いつも自分を身近に感じてほしいからと姉さんが僕のハンカチに香付けするようになった習慣。


 その香りは思惑通りに姉さんの顔を思い起こさせ、同時に湧き上がる気持ち悪いヘドロのような淀んだ衝動が霧散する。


 そうして理解する。

 もう僕が求めてるのはこの人ではないんだと。


 僕は何も湧き上がらない気持ちのまま目の前の人を見つめる。


「…………いや」


 そこで初めて母さんの笑みが崩れる。


 僕は狼狽える母さんを無視して柚菜に近づくと拘束を解く。

 そんな僕に母さんは声を荒らげて叫ぶ。


「どうして、どうしてそんな目で私を見るの……お願いユウちゃん、昔に戻って、昔みたいにママを求めてよ、そんな感情の無い眼差しを向けないで」


 そこに拘束から解かれた柚菜が言葉をぶつける。


「悠貴がこういう側面を見せるようになったのはアナタのせいですよ、アナタが悠貴から大切なモノを奪ったから」


 自分のことなのに成る程と思ってしまう。


 確かに僕がおかしくなってしまった根本的な原因は目の前のこの人だ。

 大好きだったのに、突然目の前から居なくなって僕を捨てた人。

 再び現れたかと思えば、僕の失くしたモノを埋めてくれたかもしれない大事なあの人を奪い去った。


 だから僕は、求め続けても、それでも穴が埋まることがないならと、何もかもすべてを諦めた。


 でも、居なくなったはずのあの人は、もう一度僕の前に来てくれて………でも、それは本当は姉さんで……でも、姉さんは義母さんじゃなくて……。


「どうして、どうして、悠貴も私の前から居なくなるの? 貴方だけが私に残された全てだったのに」


 母親だったモノが呆然と空虚な瞳で僕を見つめる。

 僕はそれを同じようなカラッポの気持ちのまま見つめ返す。


 外からサイレンの音が聞こえ、この劇が終幕に近づいていることを知らせる。


「母さん、もう終わりにしよう」


 僕は形骸化した関係性で目の前の人を呼称する。


「そう、そうね……貴方がそう言うなら」


 そう言いながらユラユラと虚ろな瞳でダイニングの方へと歩いていく。


「悠貴……」


 気遣ってくれているのか柚菜が憐れむ表情で僕を見ていた。


「とりあえず帰ろうか」


 僕は手を差し伸べ柚菜を引き起こす。


 手を取った柚菜が少しだけ昔のように微笑む。

 しかし、すぐに焦った表情に変わり僕を横へと突き飛ばした。

 

 体勢を崩し倒れ込んだ僕と柚菜の間に影が差し込む。


 気付かないうちに忍び寄っていた影は虚ろなあの人で、手には刃物が握られ、その刃先は遮るものの居なくなった柚菜に突き刺さっていた。



――――――――――――――――――


新作開始しました。


読んで頂けると嬉しいです


異世界恋愛ファンタジーです。


タイトル

『貧乏旗本の三男坊に嫁いできてくれた元聖女の嫁が可愛すぎるので……。』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557602664666



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