第49話 狂人


「ふっふ、美月と言ったかしら、あのユウちゃんと家族ごっこしてる女」


  私から奪ったスマホで美月さんとのやり取りをしていた愛華さんが私に目を向ける。

 今の私は手を後ろに縛られ何も出来ない状況だ。


 完全に私の読みが甘かった。

 初日に何もしてこなかった事もあり、ここまで強行手段でくるとは予測していなかった。


「悠貴を捨てて、他の男の元に走ったアナタなんかに言われたくないと思いますけど」


 相手を煽るのは得策ではないと理解していても敵意を抑え込むことが出来ず思ったことを口にする。


「あら、柚菜ちゃんもそう聞かされているの? まったくあの男は……本当に腹立たしいわね、私がユウちゃん以外を愛するわけ無いのに」 


 常に冷たい微笑みを浮かべる愛華さんの表情が変わる。

 彼女は悠貴の事だけに関しては素の感情を顕にするようだ。


「事情はどうあれ、悠貴からすればアナタは裏切った人間に変わりない」


「それは自分の事を言っているのかしら柚菜ちゃん」


 愛華さんが楽しそうに笑う。

 でも目の光はどこまでも深く暗い。


「私が気付かないとでも思ったかしら……アナタこそユウちゃんと裏切った汚らわしい雌犬。それでよくユウちゃんが一番大切なんて言えるわね」


 スマホをヒラヒラと私に見せつけながら愛華さんが蔑んだ目で見てくる。

 先輩とのやり取りを含めた全ては削除していたが、悠貴とのやり取りを見れば私が何をしたのかは一目瞭然だ。


「…………」


 私は自身の愚かな過去を目の前に突き付けられ何も言えなくなる。


「私はアナタなんかと違うのよ、あの男にハメられただけ、息子に嫉妬した大人気ない男が私とユウちゃんとの絆を引き裂いたのよ」


 あの男というのが悠貴の亡くなったお父さんだというのは何となく分かった。


「それにあの女。私が離れてるのを良いことにユウちゃんを、あろうことか自分の子供にしようとして……私からユウちゃんの、最愛の母親っていう立場を奪おうとしていたのよ」


 愛華さんの目が嫉妬でさらに濁る。


「だからね、排除しただけよユウちゃんのためにね。偽りの父親と母親を……だって、この世界で誰よりもユウちゃんを愛しているのは私だから」


 そううっとり語る眼差しはここに居ない悠貴に向けられていた。

 でも、その眼差しはどこまでも優しく慈愛に満ちていて、本気で悠貴の事を想っているのが理解できた……嫌、理解出来てしまった。

 だけど、それでも私はこの人を認めたくなかった。

 

「だからって、アナタのしたことは許されない、あの事件で悠貴がどれどけ苦しんだと思っているんですか」


 あの感情を全て失った悠貴。

 そこまで悠貴を追いこんだのは目の前のこの人だ。


「そんなの一時的なものよ、私が悠貴を愛し満たしてあげれば直ぐに元に戻る筈だったのに……それなのに、周りの連中はそんな簡単なことにすら気づかないで、又私とユウちゃんを引き離して」


 私は完全に気圧されていた。

 目の前の人間の怒りと狂気に。

 きっとこの人は悠貴以外の全ての人間を憎んでいる。

 そしてこの人には悠貴以外の存在は必要ないのだろう。


 そんなもう、人とは言えない怪物とも言っていい存在に成り果てた目の前の人物を前に、私は思わず嫉妬した。


 悠貴を思う気持ちは誰にも負けないと自負があった。でも一瞬だけこの人には敵わないと思ってしまった。

 そして、そんな存在に羨望すら抱いてしまいそうになった。


 だけど同時に理解した。

 この人がどんなに悠貴を思っていようが、それは悠貴の幸せに繋がりはしないのだと。

 どんなに相手の事を思っていようが、愛情の果てが、必ずしも相手の幸福にはなり得ないのだと。

 きっとそれは私も……。


「今の話を聞いて分かりました。アナタは悠貴にとって害悪にしかならない」


 たから戦うことに決めた。

 この人は私の敵だから、悠貴の幸せを脅かす狂人でしかないから。


「あら、ユウちゃんにとって害悪どころか、何ら影響力を持たないゴミクズ以下のアナタが今更何を言っているのかしら」


 完全に私を見下して微笑む目の前の狂人。


「ええ、悠貴に不幸をもたらすくらいなら、その方が何千倍もマシだと気づけました。ある意味でアナタのおかげですね」


「ふふ、折角ユウちゃんと接点を持つ足掛かりとして役立たせてあげようと思っていたけど、無価値なら要はないわね」


 言葉通り、目の前の女から私を見る目から感情が消え失せる。

 しかし、すぐに何か閃いたといった様子で楽しげに話しかけてくる。

 

「あっ、でもどんなに無価値でも折角だから役立ててあげる。見た目は悪くないし男共を手懐ける餌くらいにはなってもらおうかしら。まずは運転手のムトウが帰ってきたら、そのご褒美としてね」


 その言葉の意味を理解し唇を噛む。

 親にはこの場所を伝えていない。

 そもそも、最初のマンションとは違う場所に連れてこられた時点で意味はなかったかもしれないけど。

 予防線の一つでもあったスマホの位置状態特定アプリは恐らく削除されているたろう。

 もうひとつ、保険として学生証をわざとマンション前に落としてきたけど、これは運の要素も絡んでくるので絶対的な保険ではない。


 そんなると頼みの綱は、今やり取りした美月さんということになる。


 もしかしたら美月さんならいつもと違うメッセージのやり取りに違和感を感じたかもしれない。

 ただ、それも私が何らかの事件に巻き込まれているかもしれないとの事前情報があればの話だろう。


 そういう意味では、美月さんにはこの狂人の存在を伝えて置くべきだったと悔やむ。


 そんな状況を打開するための方法を色々と考えていると、突然目の前の女に電話が掛かってくる。


 面倒くさげに電話に出た女の声が、とたんに狂喜の声に変わる。


「えっ、なんで、嘘……ふふっ、やっぱり天は私の味方なのね。いいわ連れて来てくれるかしら」


 そのやり取りに私は不安を隠せなくなった。

 そんな可能性有るわけないのに最悪な事態を想定してしまった。


 そして数十分後、それは現実として目の前に突き付けられた。


「悠貴…………どうして貴方がここに来ちゃうのよ」


 口に出た絶望の言葉と共に私は項垂れてしまった。




――――――――――――――――――


新作開始しました。


読んで頂けると嬉しいです


異世界恋愛ファンタジーです。


タイトル

『貧乏旗本の三男坊に嫁いできてくれた元聖女の嫁が可愛すぎるので……。』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557602664666


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