第48話 過去の呪縛

 真純ちゃんから連絡をもらった翌日。

 土曜日で学校が休みだった事もあり、悠貴には家にいてもらうようにお願いした。

 その間に確認をとった病院と警察から共に返答が着た。


 間違い無く如月愛華が施設から抜け出し失踪したという事実を。


 私は激しく抗議した。

 本当ならマスコミも巻き込んで大問題にすべき案件だが、それをすれば悠貴に何が起こったかを周囲に広める事に繋がるため出来ない。


 でも、やはり納得できない。

 あの女が失踪したのなら、一番危険な立場に置かれる悠貴に、私達家族に真っ先に連絡があって然るべきだろう。


 なのに、施設側は職員の不始末を隠したいがために隠蔽しようとし警察への連絡が遅れた。


 幸い直接的な接触は無かったが小鷹さんの報告では間違いなく周囲まで近づいていた。


 あれが周囲を彷徨いている以上、迂闊に悠貴を外出させるわけにはいかない。学校もしばらく休んでもらう必要があるだろう。


 そうしてこの現状にも又苛立つ。


 どうして最大の被害者である悠貴がこうして窮屈な思いをしなければならないのかと。


 いくら精神的に問題があるからといって、二人も人を殺した殺人鬼を処罰することが出来ないこの社会に、この理不尽さに納得できない。


「どうしたの姉さん。怖い顔して?」


 そんな中で唯一私の清涼剤といえる悠貴が心配そうに声をかけてくる。


「うん、その……」


 悠貴に本当のことを話すか迷う。

 すぐにでも捕まえてくれるのなら知らないままでいるほうが良い。

 でも、そんな確実性のないことで悠貴を危険にさらすわけにはいかない。


「実は…………如月愛華さんが施設から失踪したらしいの」


「えっ」


 さすがの悠貴も驚く。

 それはそうだろう一度は裏切られ捨てられたと思っていた母親。

 二度目に会ったときは、愛する父親と義母を手に掛けた犯罪者。


 こんな相手に感情がざわつかないはずかない。


 そう思っていた。


「そっかー、早く捕まると良いね」


 何気なく返ってきた言葉。

 その言葉には、なんの感情も込もっておらずまるで他人事のように聞こえた。


「その、不安じゃないの?」


「どうして? 警察の方も動いてるんでしょう。勿論しばらくは危ないから外出は控えるとして、言わなくても分かっていると思うけど、一番危険なのは姉さんだよ、いつあの人に狙われるか分からないからね。安全が確保されるまでは家で一緒に居て」


 悠貴はやはり冷静で自分の事より私の身を案じてくれていた。

 でも、私には感じ取れた。

 何気ないように装う悠貴の瞳の奥に恐怖と怯えを。


 案の定。その夜の悠貴は幼い悠貴に戻り、私が側から離れるのをいつも以上に嫌がり、べったりとくっついて離れようとしなかった。


 私はそんな悠貴を抱きしめながら思い出す。

 あの義父であった貴文さんの日記を。


 あの時は必死だった。

 壊れた悠貴をなんとかしたくって。

 何か悠貴が立ち直る切っ掛けが無いかと思い、目に留まったのが貴文さんの日記だった。


 それは遺品を整理していた際に出てきたもので、母は日記を付ける習慣はなかったので、すぐに貴文さんのものだと分かった。


 故人とはいえ他者の過去を覗き見る行為が褒められたものではないと分かっていたが、そんな罪悪感よりも私は悠貴を選んだ。


 その結果、私はそこで知り得た事実に激しく後悔することになる。


 そこに書かれていた悠貴の過去。

 それは想像以上に歪んだものだった。


 だって悠貴は実の母から性的な虐待を受けていたのだから。

 そして当時の悠貴はそれを虐待とは認識していなかった。当然だろうまだ子供だった悠貴に性的な知識など無いのだから。

 幸いと言っていいのかは分からないが、虐待といっても暴力的なものは無かったらしい。

 だからだろう、当時の悠貴はそれそのものを母親からの愛情表現だと思っていたらしい。


 つまり、母親から受ける性的な接触も、あくまで母親が子供に向ける愛情として嫌悪なく受け入れていたのだ。


 それを知ったとき私の頭は真っ白になった。


 世の中には知らなくても良いことがあるのだと実感した。


 この事実を悠貴に知られては絶対に駄目だと感じ、悪いと思いつつも日記を誰の目にも触れられないように裁断し処分した。 


 でも、同時に悠貴が何を求めていたも理解した。


 だから私は悠貴の心に空いた大きな穴を埋める方法としてひとつの試みを実行に移した。


 私は母がよく使っていた香水を身に纏い、母親を装って悠貴と接してみた。

 そして、それは見事に功を奏した。

 壊れてしまった悠貴が初めて反応を見せてくれたのだ。

 だから私は、私を母親だと勘違いし甘えてくる悠貴をひたすらに甘やかし、壊れた心が満たされるように努めた。


 同時にそれは私の最初の罪の始まりでもあった。


 ただ、結果的に悠貴は少しづつ元に戻り始め普段の生活には支障がないくらいに回復し今に至る。


 でも、隣で眠る悠貴を見ると、どうしても思わずにはいられない。悠貴の心は未だに無くした母親を求めて続けているのではないかと。


 それならいっそ私が母親役を演じれば……そんな柚菜の世迷い言と変わらないバカな考えに至りそうになり、慌てて考えを否定する。


 私は悠貴に気付かれないように、そっとベッドを抜けるといつものように熱いシャワーを浴びる。

 そして今度はちゃんと私自身として悠貴の隣に潜り込むと優しく抱きしめながら眠りにつく。



 翌朝、目が覚めると、同時に目を覚ましたいつもの悠貴か照れ臭そうに私を見ていた。

 思わず愛おしさが込み上げ、おはようの挨拶代わりにキスをプレゼントする。


 不意打ちで驚いた悠貴を堪能し、朝の準備を手早く済ませ、朝食の準備を始める。


 遅れて起きてきた悠貴が、顔を洗い終えてダイニングに来る。

 珍しく寝癖でハネている髪が何だか愛らしい。


 朝食の皿を並べ終えた私は、座る悠貴に近づくと髪を梳いて寝癖を直す。


 それから二人でのんびりと朝食を済ます。


 それからは家の中でまったりとした。それこそ狂人に狙われているとは思えないのんびりとした時間が流れる。


 でも、そんな仮初の安寧は翌日破られた。


 悠貴の元に柚菜の母親から電話があった。


「そちらに娘がお邪魔していないか」と。


 柚菜の母親は悠貴とも面識があり、別れた事も知っていたが、それでも家に帰ってこない娘を心配して連絡してきたようだ。


 当然、悠貴も私も知らなかったので正直に答える。ただ私は嫌な予感がして柚菜にメッセージを送ってみた。


 メッセージは既読になるが返事はこない。

 ますます嫌な考えが頭を過る。


 私は鎌をかける意味で相手が飛びつくであろう内容を送信する。


『悠貴の事で話が有るので会いたい』と。


 すると直ぐに、嫌な予感が当たったことを示すかのように返信が届く。


 明らかにいつもの柚菜とは違う反応。


 知らないフリをしてやり取りを続ける。


 そして待ち合わせに指定されたのは普段使わないカフェ。


 ほぼ間違いなく柚菜ではない、だからこそ私はそれを確認する為にも指定された場所に向かうことにした。


 




――――――――――――――――――


新作開始しました。


読んで頂けると嬉しいです


異世界恋愛ファンタジーです。


タイトル

『貧乏旗本の三男坊に嫁いできてくれた元聖女の嫁が可愛すぎるので……。』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557602664666



 

 


 

 


 


 

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