第36話 姉の葛藤


 さっき迄抱き合っていた悠貴からそっと離れる。

 心身共に疲れ切ったのかよく寝ている。


 私は気だるさを感じつつシャワーを浴びるためバスルームに向かい、温度を熱めに設定したシャワーを頭から浴びる。


 いきなり浴びれば飛び退くくらいの温度の熱湯が私に降り注ぐ。ヒリヒリと感じる肌、とたんに罪悪感が込み上げてくる……。


 悠貴をまた騙してしまったことに。


 このままでは駄目なことは頭では分かっている。

 たから一度は柚菜に託した。

 実際、悠貴は少しづつだが自分を取り戻し始めていた。その矢先であの裏切り、しかし歯がゆさと同時に安心した自分が居た。

 私より歳月では長い付き合いのある柚菜でも無理だったことで『やっぱり悠貴は私がいないと駄目だ』と大義名分を得ることが出来たからだ。


 我ながら実に独善的な考えだと思う。


 私は悠貴の側に居たいがために、悠貴が今のままでも良いとどこかで思っているのだから。


 本当なら手を引くのではなく、並んで共に歩むべきなのだろう。

 過去と向き合って少しづつでも前に進むことが望むべき本来の道なのだと思う。


 けれども同時にあの壊れきった悠貴を、柚菜でさえ知らない空っぽの悠貴を見ている私は思ってしまう。悠貴は本当に皆と同じように普通を享受することができるのかと……。


 本当にあの時の悠貴は酷かった。

 まるで抜け殻、人の形をした魂のない人形。

 何に対しても全く反応しなくなった。


 陳腐な言葉で比喩するなら心が壊れてしまっていた。


 当然だろう。実の母親が、大好きだった義母と父親を殺害したのだから。しかも目の前で自分が原因でだ。

 私では想像もつかない罪悪感と喪失感。何もできなかった無力な自分と、意図せず不幸を招いた自分自身をどれだけ呪ったのか分からない。

 幸い自傷行為には及ばなかった。

 その代わり自分の心を傷付けバラバラに壊した。


 もちろん専門医にも診てもらった。

 あいつの……パパの会社のコネを使ってまで様々な医師にだ。

 しかし悠貴は改善することのなかった。


 そんな悠貴を切っ掛けが偶然とはいえ、今の精神状態まで回復させたのは私だ。

 しかし、これが逆に私なら悠貴を救えるという傲慢さに繋がり独占欲をより強めていた。


『悠貴をどん底からすくい上げたのは私だ。だから悠貴は私が居ないと駄目なんだ、私の側に居ないとまたいつ元に戻るか分からない』


 なんて平気で考えている私が確かに居る。

 本当は嘘で塗り固めて自分の力では何一つ悠貴を救えてなんていないくせにだ。


 こうやって悠貴を騙しておきながら姉面を続ける汚い自分。悠貴を救いたいと願いながら、悠貴の側に居ることを優先する卑怯な自分。

 何より許せないのは、悠貴を癒やすためと言っておきながら、悠貴を抱くことに喜びを感じる女としての私。悠貴が抱きしめてくるのは私ではないとわかっているくせに、それを自分自身のことのように享受するハイエナのような死肉を漁る卑しい心根の私だ。


『いやハイエナは自らも狩りをすると比較するなんて失礼だ』


 と少し違うことを考えたおかげか自分が負のスパイラルに陥っていた事に気付く

 熱いはずのシャワーにもなれ、ヒリヒリすらしない。

 少しのぼせ気味なことにも気付き、フラフラとバスルームを出る。自分の部屋に戻り、軽くスキンケアのローションを塗りパジャマに着替える。

 そのままベットに潜ろうとしたが、私は私として悠貴の側に居たくなり、寝ている悠貴のところに戻り、寝ている悠貴を私として抱きしめて眠りについた。



 翌朝、悠貴の驚いた声で目を覚ます。


「ねっ、姉さんどうして?」


 悠貴は私に抱きつかれて顔を真っ赤にしていた。

 ちゃんと私に反応してくれて何だか嬉しい。


「ふぁぁあ、覚えてないのね」


 まだ頭がすっきりせず自然にあくびが出てしまう。悠貴に関しては覚えていなくて当然と言えば当然なのだけれど。


「えっと、昨日は急に気分が悪くなって」


「そうよ、だから広いこっちのベッドで寝かせて、心配だから私も付添ってたらいつの間にか寝ちゃってたみたいね」


 笑顔で悠貴に昨日の事を伝える。


「そうなんだ。ゴメン心配かけて」


「良いよ、でも今度私が病気になったら悠貴が看病してね」


「もちろんだよ姉さん」


 無邪気に笑う悠貴。

 卑怯な私には眩しすぎて胸が苦しくなる。


「朝ご飯の準備しておくから今のうちにシャワーを浴びてきなさい」


 悠貴を見ていると昨日の醜い自分が思い返され、背を向けてキッチンに向かう。


「うん、ありがとう」


 私の背中に向けて悠貴が掛けてくれた声。

 笑顔なら嬉しい。

 どんな形であれまだ笑顔を作れるならそれで……私の罪悪感など些細なものだ。

 そして、時が来たらちゃんと告げよう、そして、それを悠貴が裏切りと捉えるなら……その時は悠貴の判断に委ねよう。

 どこまでもズルい私は自身で決断することを避けた。





―――――――――――――――


新作ラブコメはじめました。

良ければ読んで頂けると嬉しいです。


タイトル


恋愛ゲームの世界にごく普通な俺が当て馬キャラとして転生してきた話 〜ゲームの世界だなんて知らない俺はハーレム主人公のフラグを無自覚に叩き折って無双します〜


https://kakuyomu.jp/works/16817139556508500901

 

 


 

 


 

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