第35話 滲み出る渇望
家のリビングで興味もないテレビを見ながらぼっとしていた。
気が付くと小鷹さんからメッセージが来ていたので確認する。
『先輩の元カノ、想像以上にヤバイです』
とうやら彼女は柚菜に会ったようだ。
僕としては彼女のフリをしてくれるだけで良かったんだけど、思った以上にお節介な子のようだ。
姉さんは関わらないようにと言うが彼女は見ていて面白い。
特に小鷹さんの『お兄ちゃん』、自分の兄の話をするときは凄く輝いて見える。
本人は隠してるつもりでいて、明け透けな肉親を超えた激情は、あの紫さんにも通じるものがある。
それは手に入らないものを求め続ける渇望。
あの時の僕は紫さんには期待していた。
紫さんのたどり着く先に何か見えるかもと……まあ、結果は残念ながら僕には理解できないものだった。
でも小鷹さんの向かう先は僕の求めるものと近しいものに感じた。
それは無くしてしまっていたと思っていたモノ。
それは一度、柚菜が塞いでくれていた小さな穴から零れ落ちると、元から僕の中で燻り続けた何かが紫さんと関わることで更に膨らみユノとリンクして曲として現れたモノ。
しかし、僕は変わらなかった。
他者を求めようとしない僕が狂おしほどに望む何か、確かにあったはずのその何かは、大きな蓋に塞がれたように思い出せない。
そして僕は考える。
この蓋の先には何があるのかと?
今思えば柚菜が塞いでくれていた穴でさえ、それに比べれば本当に小さな穴にすぎないのだから。
だから僕は期待しているのかもしれない。
この蓋を開くキッカケを小鷹さんはくれるかもと、同じように肉親を愛しいる彼女なら僕の望んだ景色を見せてくれるかもしれないと。
『ふっふ、楽しみだな!』
そう思った時。
胸の奥で、どろっとした気持ち悪い何かが、小さな穴から這い出た気がした。
とたんに息が苦しくなり、動悸を感じる。
世界がグルグルと周りはじめ、胃の中の物を全てぶちまけたくなり、よろよろとトイレに向かう。
丁度外から帰ってきたばかりの姉さんが僕の様子に気付いて慌てて駆け寄ってくる。
「悠貴、どうしたの大丈夫」と心配して背中をさすってくれた。
そんな隣の姉さんからはいつもと違う甘い香りがした。
今日は確か姉さんはあの人と会っていたからだろうか。
突然隣に居る姉さんが違う人のように思え、遠くに行きそうで怖くなってくる。
いつもは僕の好きな爽やかな柑橘系の香り、でも今はまるで義母さんのような大人の色気を漂わせる甘くとろけるような香り。
「いかないで」
咄嗟に手を握り繋ぎ止めようとする。
「大丈夫、大丈夫だよ悠貴」
そう言って僕の手を握り返す。
それでも不安な僕は何度も呼びかける。
「いかないで、いかないで、おかあさん」と。
「大丈夫、絶対にどこにもいかないから。私はずっと貴方の側に居る。だから安心して今はお休みなさい、私のユウちゃん」
薄れていく意識の中で、愛おしむ優しい声だけが耳に残った。
目を覚ますと姉さんが膝枕をして僕の頭をさすってくれていた。
「大丈夫悠貴?」
「あっ、うん」
気持ち悪くなってトイレで吐いたことを思い出した。ただ何で膝枕をされているのかは思い出せないでいた。
「良かった。急に吐き出すからビックリしたわよ」
「うん、何だか急に気持ち悪くなって」
「なにか変なものでも食べた? もしかしてアルコールとか飲んてないよね」
姉さんが心配して色々と聞いてくる。
夜は姉さんが外で食事を取ってくるのは分かっていたのでコンビニ弁当にした。もちろんアルコールなんて飲んでいない。僕は正直に答える。
「変なものも食べてないし、お酒も飲んでないよ」
「そう、で、今の気分はどうな感じ?」
「もう大丈夫そうだよ」
そう言って起き上がろうとすると姉さんに止められた。
「もう少し横で休んでなさい」
そう言われて恥ずかしさもあったけど言われた通りにする。何となく姉さんの顔が見たくなって横向きから仰向きに体勢を変える。
目に写った姉さんは、いつもより大人びた雰囲気でいつにも増して綺麗だった。
「ありがとう姉さん」
「いいよ、悠貴だもん」
そう言って優しく頭を撫でてくれる。
気持ち良さに目を瞑ってつい甘えてしまう。
どうして姉さんは僕にここまで優しくしてくれるのだろう、血なんて繋がってないないのに……僕の側に居てくれる理由なんて何もないはずなのに。
そう思うとまた胸の奥が苦しくなる。
また、気持ち悪い何かが這い出ようとして藻掻き始める。
黒い衝動が僕を突き動かし目の前の大切な人を繋ぎ止めるために触手を伸ばそうとする。
「姉さん。僕……ぼく、ねえさんのこと……」
僕に残されたただ一人の大切な人を穢したくなくて必死に言葉を伝えようとするけけど上手く言葉が出ない。
涙が自然に溢れ、目の前の姉さんの姿が霞む。
姉さんの手が僕の涙を拭う。
「悠貴立てる?」
「うん」
気持ち悪さを抑えながら僕は姉さんに促され何とか立ち上がる。
姉さんは僕を支えるように抱きしめる。
また、僕の知らない姉さんの香りがする。
「大丈夫。ぜんぶ受け止めるから安心してユウちゃん」
そう、おねえちゃんが僕を子供の時のように呼ぶと強く抱きしめてくる。
普段なら逆に気持ち悪くなりそうな甘い香りが気持ち悪さを掻き消してくれる。
ぼくが落ち着いたのを感じ取ったおねえちゃんがぼくの頭を優しく撫でて言った。
「じゃあ、部屋に行こうか」
ぼくはユラユラと手を引かれておねえちゃんの後をついて行く。
おねえちゃんは、おとうさんとおかあさんの部屋まで連れてきてくれるとぼくを中に入れてくれた。
普段は入っちゃ駄目だと言っていたのに、今日のおねえちゃんはとっても優しい。
「ちょっとまっててね」
おねえちゃんはそう言うと纏めていた髪を下ろす。そこには、おねえちゃんとそっくりなおかあさんがいた。
「なんだ、おかあさん、おねえちゃんのマネしてたんだね」
ぼくがそう言うとおかあさんは少しだけ悲しそうな顔をする。
「ユウちゃん。洋服汚れちゃったから脱がせるね」
おかあさんはそう言うとぼくの服を脱がせて行き下着だけにする。さすがにおかあさんとはいえ恥ずかしくなる。
「私の服も汚れてるわね」
おかあさんがそう言うと服を脱ぎ始めた。
その姿は、おかあさんのはずなのにとっても綺麗で、ぼくは凄くドキドキした。
「ユウちゃん。今日は怖い夢を見ないように一緒に寝てあげるからいらっしゃい」
手を広げて僕を待つおかあさんの元へ吸い寄せられるように歩み寄る。
正面から抱きしめられ甘いいつものおかあさんの香りがぼくを安心させてくれた。
「お休みユウちゃん。愛してるわ」
「僕も、あっ……大好きだよおかあさん」
本当はぼくも愛してると伝えたかったけど、なぜだか誰かが邪魔したように声が出せなかった。
でも気持ちは同じなので大好きと伝えると、そのままボクとかあさんは大きなベッドに横になった。
ベッドでもぼくを抱きしめてくれていたかあさんはとても温かくて、いい匂いで少しだけドキドキしたけど直ぐに安心して眠りにつくことが出来た。
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新作ラブコメはじめました。
良ければ読んで頂けると嬉しいです。
タイトル
恋愛ゲームの世界にごく普通な俺が当て馬キャラとして転生してきた話 〜ゲームの世界だなんて知らない俺はハーレム主人公のフラグを無自覚に叩き折って無双します〜
https://kakuyomu.jp/works/16817139556508500901
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