第34話 地雷


「だからこそだよ、あなたの言うとおり、人って貪欲だからさ今は良くても、それに満足しきれなくなるときが来るわ、きっとアナタにもね」


「経験者は語るですか? 呆れますね本当に。でも私と先輩は大丈夫ですよ、だって……って、これは元カノのあなたには関係ない話でした」

 

 私はあえて含みのある言い方でこの悠貴先輩の元カノであるクソビッチを煽る。


 何が『満足しきれなくなる』だ。私と先輩にそんなことあるはずが無い。

 だって、どんなに私と先輩の距離が近づいたとしても満たされることなんて無いのだから。


「そう、ならいいよ。悠貴が不幸にならなければそれでいいから」


 本当にさっきからこのクソビッチは自分の事を棚に上げてなにを言っているのだろうか。


『悠貴先輩の今一番の不幸はお前がまとわりついていることだろうが』


 と、声を大にして言いたかった。

 あのクソビッチの目を見るまでは……顔は笑っているのに目は光を無くし淀みきっており、私を見ているようで見ていなかった。

 本能的な危機感が私を襲い、冷や汗が流れる。

 殴り合いになれば絶対に負けるはずないのに、得体のしれない不気味な雰囲気をクソビッチはまとっていた。


「なっ、なら、凛堂先輩も悠貴先輩には近づかないで下さい。普通に考えれば分かりますよね浮気した元カノが馴れ馴れしくすれば嫌なことくらい」


 私は咄嗟に感情を抑え、なるべく理性的な言葉を選んで伝える。


「ふっふっ、小鷹さんはまだ悠貴のことわかってないんだね。そんな些細なこと悠貴は気にしたりしないよ」


「……」


 悔しいが、そこに関してはクソビッチの言うとおりだった。一緒に居て気付いたことだが、先輩はこの女に一切嫌悪感を抱いていなかった浮気して裏切ったのにも関わらずだ。


「どうしたの? 大丈夫?」


「うっせぇな、そんなのテメェが相手にされてないだけろだろうがよぉ」


 そのことが何だか腹立たしくなってきた私は、ほんの少しだけ素の部分をさらす。


「あっ、それがあなたの本性なんだね? このこと悠貴は知ってるのかな」


「それこそ、余計なお世話だ。あたしがこんな態度を取るのはムカついた相手だけだから」


 クソビッチの暗く沈んだ目を強く睨み返す。

 こんなんにビビっていた自分が情けない。


「そっか、そっか、ふーん、これなら悠貴のこと任せても大丈夫そうだね」


 確かに本当の彼女ではないが、だからといって、このクソビッチに値踏みされる謂れはない。


「はぁぁあん、なんでテメェに許可もらわなきゃなんねぇだよクソビッチが」


「えっ、当たり前じゃない。悠貴の側に居ても良いのは、私か美月さんか認めた人だけだよ」


 さも当然だという顔で話すクソビッチ。聞いていた以上に頭がおかしいとしか思えなかった。


「なぁ、アンタ。少しは悠貴先輩のことも考えろよ、自分のことばかりじやわなくてさ」


 私は半ば呆れながらクソビッチを諭してみる。

 無駄だとは思うが、私がお兄ちゃんを思うくらいに、この人も先輩を思いやればこんなことにならないのにという思いも込めて。


「はぁぁあ?! 何を言ってるのアナタ……私は悠貴以外のことなんてどうでもいい、それこそ自分のことだって。あれから、ずっと悠貴のことだけを考えて、悠貴が幸せになることだけを願って、悠貴のためなら何だってする覚悟を、そんな崇高な私の気持ちを……愛を……アナタは汚すの? ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねえぇ」


 先程まで表面上穏やかだったクソビッチの顔が歪む。その視線と圧に言葉が詰まって出ない。


「………」


「さっき言ったこと取り消してくれないかな、ねぇ

、取り消してくれるよね、取消すよね、ねぇったら、ねぇ、取り消せってんだよ、取り消せよ、なぁ取り消せよ、取り消せ、取り消せ、取り消せ、取り消せ、取り消せ、とりけせぇぇぇえ」


 可愛らしかった顔から想像つかない恐ろしい形相で私を睨みつけ声を荒げる。

 周囲の客が何事かとこちらに視線が集まる。しかしまるで気にした様子もなくひたすら「取り消せ」と連呼する。

 見かねた男の店員がテーブルまで注意しに来ると、クソビッチは店員をひと睨みした後、テーブルに一万円札を叩きつけ出ていった。


 人間は理解が及ばない得体のしれないものを見にしたとき絶句してしまうのだと実感した。

 それと同時に、歪みきっているとはいえクソビッチが先輩に向ける想いは本気だということも。


「はぁあ」


 私は気持ち悪いプレッシャーから開放され、ひと息吐く。

 とりあえず今日会ったことを先輩に報告する。


『先輩の元カノ、想像以上にヤバイです』


 メッセージ送っても、いつも気まぐれにしか返信が来ないので後は放置する。


 直ぐにお兄ちゃんにメッセージを送って夕飯は何がいいかを尋ねる。

 返ってきた答えは『ハンバーグ』前に比べて少し子供っぽくなったお兄ちゃん。

 でも構わない、今のお兄ちゃんは私だけに甘えてくる私しか知らない姿だから。


 今日も帰ってお兄ちゃんのお世話をしないといけない。私が献身的に尽くしたことと。なにより、あの男が死んだあたりから、お兄ちゃんも心身共に癒やされたのか、少しづつアニメやゲーム以外にも興味を向けてくれるようになった。

 最近は動画配信で音楽なんかを聞いているみたい、特にお気に入りが何だったかな?


 確か女の子みたいな名前だった気がする。

 また自分以外の女の子に興味が移るのは嫌だが、所詮はモニター越しの相手だ問題ないだろう。


 それより、それを切っ掛けにして、もっとお兄ちゃんと仲良くなるのも手だ。そう思い立つと早速お兄ちゃんが最近ハマっているのが誰か確認しようと決めた。


 



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