第6話 フリークス


 僕は高遠先輩の言葉を改めて考えてみる。

 さきほど少し感じた柚菜への感情も勘違いだったのか今はフラットだ。


「ねえ、元カノにアイツと付き合うように勧めたとき、どういう思いだった? 当て付けで不幸になってほしかったから勧めたの?」


 高遠先輩の問にあの時のことを考えてみる。

 ほとんど柚菜に対する気持ちは残っていなかったが不幸になる事は望んでなかった気がする。


「特になにも。ただ……不幸になればいいとかは思ってなかったように思います」


「そう、良かった。なら話は早いわ。やっぱり君は私を手伝いなさい」


「だからどうしてそうなるんです?」


「だって君は寄りを戻す必要はないけど元カノの不幸を望んでるわけでもないんでしょう。そして私はあのクソ野郎に一泡吹かせて『ざまぁ』したい。利害の一致じゃない」


 無茶苦茶な理論だ僕は柚菜の不幸を望んではいないが幸せも望んでいる訳でわない。

 どうでもいいが正しい。

 だから柚菜が不幸になるとわかりきっても……。


 一瞬義母さんと父さんが亡くなった時。一緒に泣いてくれた柚菜の顔が頭に浮かんだ。

 僕に降り掛かった不幸を一緒に寄り添って受け止めてくれたあの時の表情が……。

 なぜか胸が小さくズキリと傷んだ気がした。


「ふぅん、そんな顔も出来るんだ?」


 僕を見ていた高遠先輩が良くわからない事を言う。


「曲なんて簡単に作れるものじゃないんですよ」


「分かってるわ。だって今まで公開してきた曲どれも半端ないもん」


「それで仮に僕が曲を提供したらどんなことが起きるんですか?」


「まずアイツは泣いて悔しがるだろうね」


「どうしてです?」


「だってアイツかなりのユノフリークスだから」


「ウゲッ」


 思わず本音が溢れる。


「本当はアイツが大好きでたまらないユノの彼女を自分が寝取った事実を知った時の絶望する表情と私がユノの彼女になったと知って驚愕するという二度美味しい所が見たかったんだけどそれは諦めるわ」


 高遠先輩も大分歪んでいるなと思いつつ話を聞く。


「だから私がユノから提供された曲を歌ったのを見れば絶対に嫉妬して連絡してくるはずよ、自分にもユノを紹介してくれってね」


「それでその後は?」


「うーん、まだ考えてない」


「えっ、それじゃ特に変わらないんじゃ」


「ああ、そうなったら彼女になんてかまけてられないはずよ。ある意味アイツの本命はあなたに変わるってところかしら悠貴君」


『ウホッ』


 思わずお尻がむず痒くなってどこから奇声が聞こえた気がした。


「それに良く考えれば彼氏の方を取っちゃえばある意味元カノちゃんへの意趣返しにもなるでしょう。その後の唯斗は煮るなり焼くなり好きにしたら良いと思うの。さっきも言ったけど正体をさらすだけでも効果覿面よ、何せフリークスレベルだから自分のした事を知っただけでも自ら断罪しかねないわ」


「いや、知られた時の方が怖いので止めておきます」


「そう。私の予想だと自分のアソコを切っちゃうかもしれないわよ」

 

「掘る側も勘弁願いたいです」


 想像もしたくない悪夢だった。

 

「それだけアイツの中ではユノの存在はデカいってこと」


「うーん、名義変えようかな」


「それはざまぁし終わった後にね」


 高遠先輩のやる気に変わりはないようだった。

 正直この人も頭のネジが緩んでると思う。

 ただ柚菜と別れた今他にやることもないので高遠先輩の酔狂に付き合ってみるのも良いかもしれないと何となくそう思った。

 その結果、柚菜が不幸になろうがなるまいが僕には関係ないのだから。


「…………一度だけです。それに先輩が歌うとしても納得いくレベルでなければ公開は無しです。あとその演劇部の先輩の処理はきっちりやって僕に関わらせないで下さい」


「えっ、えっ、えぇぇえ、マジ、マジで良いの?」


 自分で提案しておきながら目を丸くして驚く高遠先輩の姿。


「なに驚いてるんですか、それより歌大丈夫ですか?」


「あっ、うん多分大丈夫。採点機能のカラオケで満点出したことあるし」


 不安材料はあるが下手ではないと考えよう。


「……歌唱力もですがどれだけ感情を乗せれるかが大事ですよ」


 僕は逆に歌でしかまともな感情表現が出来ないけど。


「うーん、それならこの歌詞に合った曲って作れるかな?」


 そう言って高遠先輩は紙切れを渡してきた。


「随分、用意周到ですね」


「ダメ元でもやれる事はやっておこうと思ってたから」


 高遠先輩から渡された紙切れを開き中を見る。


 歌詞の内容は……。


 すれ違いから好きだった男子と別れた彼女がふとした拍子に過去を思い出し、失くして分かる大切だったものに気付いて後悔して、あの頃に戻れたらたらと願う……まぁ何というか。


「これって先輩の事ですか?」


「ノーコメントって言いたいところだけど、そうよ。だからこそ気持ちを込めれるってもんでしょう」


 高遠先輩の言うとおり実体験からくる感情なら作らなくても表現出来るだろう。

 ただ肝心の僕にこの気持ちが分からない、歌詞も大事だが曲だって感情を表現する手段だ。歌詞と曲がシンクロして初めて歌は完成する。


「うーん、難しいかもですがやってみますよ。ダメでも恨まないでくださいね」


「いいよ、いいよ。無理言ってるのは承知だし、君の元カノの件は置いといても、ある意味私にとってもチャンスだし」


 隠すことなく告げる高遠先輩に図太さに呆れながらも、この逞しさはこの歌詞の経験を乗り越えた先にたどり着いたのか少し気になった。

 

「それじゃあ早速協力して下さい」


「ええ、もちろんよ」


「この出来事のこと詳しく教えて下さい」


「うわー、抉ってくるわね。普通は遠慮してそっとしておくものでしょう」


「こんな事を提案するくらいなんですから覚悟はあったでしょうさらけ出して下さい。バックグラウンドを知れば少しはイメージが付くかもしれません」


「うーん、ある意味これって現在進行系で君と元カノちゃんにも起きてる事なんだけど……その様子じゃピンとくるわけないか」


 高遠先輩がまた良く分からない事をいう。

 僕と柚菜の件が先輩に起きたことと同じなはず無いのに。


 この後場所を変え先輩に起きた出来事を綿密に聞き出した。

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