第29話 姉が御乱心
夕方過ぎに姉さんが疲れた様子で帰ってきた。
話を聞くと柚菜と会っていたらしい。
話の内容を聞くととても以前の柚菜とは思えない内容だった。
僕としては互いに距離をとって干渉しあわなければそれで良いだけの話なのにどうしてだろうと疑問に、できる思った時、姉さんからの一言で理解できた。
『柚那ちゃんがまるで天童寺紫みたいだった』
つまり紫さんにとっての柏木先輩が柚菜にとっての僕なのだと……。
そしてもうひとつ理解した。
原因は分からないけど柚菜も壊れてしまったんだなと……姉さんも何かしてくれようとしているみたいだが、もう普通に話したところで問題は解決しないだろう。
学校では他の人と同じように当たり障りなく対応しているが柚菜の時だけは何か喉に棘が引っ掛かったような気持ち悪さを少し感じるのも事実だ。
姉さんに任せるのも手かも知れないが終わった事とはいえ自分の事は自分でケリをつけるべきだろう。ただ話の通じなくなった柚菜にどう言えば伝わるのか考えた時にひとつだけ方法を思いついた。
「姉さん。柚菜のことなんだけど」
「ああ、あの子には悠貴からは下手に関わらないほうが良いわよ、学校では当たり障りのない対応して後は無視してれば良いから」
姉さんからそう言われたもののやはり姉さんに負担をかけ過ぎるのもどうかと思い僕の提案を姉さんに伝える。
「ひとつ考えたんだけど今の柚菜に言葉じゃ届かないなら歌で伝えるのはどうかな?」
「……悪くない手かもしれないけど内容次第ではもっと拗らせる可能性もあるわよ、あの子はあの曲ににどっぷり浸りきってるからどう転ぶのかは私でも予測できないわね」
姉さんにはそう言われたものの一つの手段として曲を作ってみることにした。ただまだ伝えたい感情が纏まらず上手く形に出来ないけど、仮に上手く形にできたのなら柚菜にも届く気はした。
「それより、柚菜ちゃん……じゃなくてもう柚菜ね。あの子、貴方に彼女を紹介しようとしてるわよ」
「えっ! 何でそうなるの?」
さすがに僕も驚いた。学校での知人のフリならまだ分かるが何で僕に彼女を紹介しようとしているのかサッパリ分からない。
「理由は聞いたところで理解出来ないと思うわよ」
「…………」
「あっ、今気になって知りたいと思ったでしょう。でも駄目よさすがに今の柚菜は、それこそあの女と同じことが起きかねないから」
姉さんに言われた通り、理解出来ないほど歪んでしまった柚菜の心理状態を直接見て覗いてみたいと思ってしまった。
「分かった、気をつけるよ」
「うん、本当に気をつけてね今の柚菜は何をするか分からない危険性があるから」
僕の目を真っ直ぐに見てまるで母親が子供に言い聞かせるように告げる。
両親がいなくなって、姉さんは僕の姉でありながら今のように母親のようでもあった。
血も繋がって無いのにずっと僕の面倒を見てくれている。
両親が亡くなったことで姉さんの実父方である西條家に戻る話が出た時も僕なんか放っておいて自由にしてほしいと頼んだら、逆に泣くほど動揺して理由を尋ねられた。
『僕なんかに構って姉さんの貴重な時間を無駄にさせたくないから』
そう告げたら、さらに涙を流しながら。
『そう思える悠貴はまだ完全に壊れてなんかいないから大丈夫だよ』
そう言って優しく抱きしめてくれた。
きっと僕は姉さんと柚菜が居なければとっくに壊れきっていただろう。
でももし姉さんが柚菜のように裏切ったら……でも姉さん姉さんで恋人では無いわけだから他に好きな人が出来ても裏切ったわけではないはず。
本当なら少しづつ離れていくのが一般的な姉弟なのかもしれないけど、それを考えた時になぜか胸の奥が締め付けられるような苦しさを感じた。
「……本当に大丈夫?」
思わず考え事をして黙り込んでしまった僕に今度は心配した眼差しを向けてくる。
「ごめん、つい考え事をして」
「まさか……」
「違うよ、姉さんのことを考えてたんだ」
僕がそう言うと姉さんは一瞬動きが止まる。
「……ふっふ、同じ手に二度は掛からないわよ」
なぜか視線を逸しながら良くわからない事を言った。
「同じ手ってのは意味不明だけど、改めて思ったんだよ僕の一番大事なものは姉さんだって」
「なっなっなっ…………ふぅはぁ……」
姉さんが慌てふためいた後で深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「姉さん大丈夫?」
「ええ、完全に油断していたわ、まさか二段構えだったなんて」
「二段構えがなんなのか分からないけど先にお風呂に入ってくるね」
「それじゃあ、今度こそ一緒にお風呂へ入る?」
「そうだね。たまには良いかもね」
姉さんの冗談に僕も何気ない冗談で返す。
「……えっ、えぇぇえ、ちょっと待って、悠貴に見られるならもっとピカピカに磨いて恥ずかしくないようにしないといけなし……そうだ一度お風呂に入って……」
冗談のつもりだったのに姉さんは動揺してお風呂の前にお風呂に入るとか訳のわからない事を言い出す。
「いや、姉さん冗談だよ、冗談だから」
「えっ? えっ? 冗談!?」
そう言って僕の言葉を理解すると顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
さすがにこれ以上は声を掛けづらくそそくさと風呂場に退避する。
ただ何となくだが久しぶりに姉さんに勝った気がした。
……したのはつかの間で乱入してきた姉さんに逆に恥ずかしい思いをさせられてしまう。
突如乱入してきた姉さんはタオルで大事なところは隠しているとはいえ均整の取れた抜群のプロポーションは丸わかりで、最近ますます義母さんに似てきて大人の美しさと色気まで醸し出しつつある。そんな中にも恥じらいを忘れてない可憐さも残している。そんな存在の姉と一緒にお風呂へ入ればドキドキしてしまうのは仕方ないことだろう。
冗談とはいえ姉さんを煽ってこんな行動をさせてしまった自分に反省しつつ照れながらも背中を洗ってもらい、姉さんに言われ背中を素手で洗い返す。
なんでも体を洗う時はボディタオルより素手の方が良いらしく言われるがままになるべく無心で丁寧に洗っておいた。
そうして頭も洗いっこして湯船に浸かる頃には緊張もだいぶ解け昔に戻った気分になる。
姉さんもすっかりリラックスモードでさっきまでのぎこちない二人が嘘みたいに穏やかな時間を共有する事が出来た。
「やっぱりお風呂は良いわね。今度一緒に温泉でも行きましょうよ」
「うん。何も考えずに温泉につかってボーとするのも良いかもね」
「ふっふ、悠貴らしいというか。じゃあ決まりね年末辺りで良いかしら?」
「うん、良いよー」
「それじゃあ、その時は室内露天風呂の場所が良いわね」
「どうして?」
「あら、またこうやって一緒に入れるでしょう」
そう言って微笑む姉さんに忘れかけていたさっきまでの艶やかな姿が思い返される。
これ以上お風呂につかっているとダブルでのぼせそうなので正直にのぼせそうだからと言って先に上がらせてもらった。
どうやら僕が姉さんに勝つ日は当分来ないことを実感した日でもあった。
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