第28話 姉の決意
「ことろで美月さんからの話って何ですか?」
目まぐるしいほどに表情が変わる柚菜ちゃん。
しかしどの表情にも狂気が含まれていた。
表面上はニコニコしているが目が笑っていないとはこの事だろう。
本当は悠貴に付き纏うのを止めるように言うつもりだったが今の彼女の精神状態では逆効果だろう。
私は本来の用件とは違う話をすることにした。
「アナタもあのニュース知ってるでしょう、アナタの彼氏になるはずだった柏木と天童寺家のお嬢様の話を」
「はい、警察も私のところに来ましたよ、死ぬ直前に寄ったのが私の家だったので、あと警察にも言いましたが先輩とは付き合ってませんよ、キッパリ断りましたから」
変死なら一通りの事情聴取するのは当然だと思うので驚きはしなかった。ただ柚菜ちゃんは流されて柏木と付き合うと予想していたので断っているとは思わなかった。
「柏木だけ? 天童寺紫とは会わなかったの?」
「紫ちゃんとは直接会ったことは無いですよ」
「そう、アナタは彼女に対して怒らないの?」
柏木の件に関しては柚菜ちゃんも天童寺紫に対しても思うところがあるはずだ。
「?? どうして私が紫ちゃんを怒る必要があるんですか?」
「だって、アナタは利用されたのよ。気付いてないはずないわよね。まして悠貴を捨てて選んだ相手を取られたのだから普通は怒るでしょう」
「悠貴を捨ててなんていません。あれは愚かだった私の気の迷いです。それに紫ちゃんの方が先輩の事を昔から好きだったんですよ、そう考えると私の方がお邪魔虫ですよ、ちょっと気になった位で付き合おうと思っていたあの時の尻軽な自分を殺したい気分ですよ」
どうやらそう言い切るぐらいなので柏木に気持ちは残っていないようだ。
「でも利用されていたのは事実でしょう。ある意味悠貴との仲を壊した切っ掛けでもあるのよ」
「ああ、確かにそうなんですけどあの時の私なら遅かれ早かれ同じような過ちを犯してましたよきっと……だから寧ろ今の私になる事が出来て感謝すらしてます」
「……そう」
天童寺紫に対する敵意を煽ろうとしたが無駄なようだった。
柚菜ちゃんが歪んだ果に辿り着いた境地に立つ今は何を言っても届かない。
どうしてその反省する気持ちを悠貴じゃない次に付き合う人に向けてくれないのだろうか? そうすればもっと穏便にすむ話なのにと歯痒く思う。
「話って、それだけですか?」
「あとひとつ、メディアにアナタと柏木の事がバレたらどうする気?」
「柏木先輩とは部活の先輩と後輩ですよ。付き合う前に真実の愛に目覚めたようですし。私と先輩の事情を知ってるのはもう悠貴と美月さんくらいですよ、だから分かりますよね?」
柚菜が面白そうに笑う。
「私も面倒事に首を突っ込むつもりはないわよ」
そうは言ったもののこの柚菜が悠貴の周りに居るのは危うい、願わくばこれが今だけによる感情の高まりだと良いがあの目を見ているとそうとも言い切れない所がある。
「良かった。当面は美月さんとことを争わなくても良さそうですね」
そう言った柚菜ちゃんは目が笑っていない笑顔で私に告げる。
その目を見つめながら考える。
現時点で柚菜ちゃんを排除しようとすれば力尽くでの方法しか思いつかない、なので一度帰ってこれからどうするか考える必要がある。
「ふぅ、今日はこれ以上話しをしてもなにも実りは無さそうね」
「そうですか? 私はもっとお話しても良いですよ、美月さんの恋バナとかどうですか? 悠貴以外に気になる人なんて居ないんですか?」
「……さあどうかしら」
私にそんな男なんて居るはずないのを知っているのにわざとらしく尋ねてくる。
「えー、そんなこと言わずに教えて下さいよ。大学だと美月さんくらいの美人なら言い寄ってくる男が山程いそうですよ」
確かに声を掛けてくる男はいるがほとんどが自信過剰の自称イケメン気取りの男どもばかりだ。内部進学組は私のことを知っているので高校時代の時のイメージから畏怖の方が強く口説こうなどと思わないのだろう。
どういう意図でこんな話をするのか分からないが私のことを探ろうとしている魂胆は見え見えだった。この辺りはやはり柚菜であの女のようでは無いことに少し安心する。
「そういうアナタだって悠貴にこだわらないで新しい彼氏見つけたらどう、その方が余程健全よ」
「言ったじゃないですか、私は悠貴以外に触れられないですよ。この年頃の男子なんて付き合ったらセックスのことしか考えないじゃないですか、絶対に上手くいきませんよ」
悲観すべき所だろうに本当に嬉しそうに語る柚菜ちゃん。
「別にそういう男子ばかりでもないでしょう」
「そんなこと無いですよ。結局、人間も獣と同じで男と女の行きつく先はセックスによる求愛です。それが成立しないと分かっていたら男子は必ず他のヤラせてくれる女の子の方に向かいますよ」
身も蓋もない考えだが私の周りの男子達を見れば正鵠を得ている気もする。
ただ結局のところは個人の資質的なものもあるだろう、男と女に関係なく性にだらしない人間もいれば欲望に流されず理性的な人もいる。
「極論すぎるとは思うけど、それなら悠貴だって同じという事よ」
「ええ、だから悠貴にはヤラせてくれる彼女を紹介しようかと思って、性欲なんて本能的な欲求は満たしてしまえばそれで良いんですよ」
「はぁ? 悠貴にセフレを作らせるつもりなの?」
なんだか話が突拍子もないことを言い出す。
「セフレじゃないですよちゃんとした彼女ですよいずれ分かれることになると思いますが」
「アナタはそれで良いの? 好きな人が他の女に取られのよ」
「何でですか? 悠貴は誰の者でも有りませんよ、それに彼女なんて性欲を満たすだけの関係ですよ、私や美月さんのように肉欲に囚われない崇高な愛と比較になりませんよ」
私と柚菜ちゃんを同列にはして欲しくないが今までの話で彼女がどういう思考状況なのかは推測が着いた。まずは過去の自分を完全否定といったところだろう、その上で悠貴の性格を利用して付かず離れずの関係を維持していくのだろう。
しかしそれでは、いかに悠貴の事を愛しているか語ったところで一方通行の付き纏いでやってる事はただのストーカーだ。
しかも現状では学校だけでしか干渉してこないことから学校も、警察も本気で対応してくれるとは思えないのが厄介だ。
だからもし以前の柚菜ちゃんが少しでも残っているのならなんらかの棘となるのではないかと少し期待して尋ねることにした。
「最後にひとつだけ良い?」
「はい、何ですか?」
「アナタも悠貴が幸せが一番なのよね」
「もちろんですよ!」
「それなら、自分が居ない方が悠貴にとって幸せなんじゃないかと考えなかった?」
ある意味自問自答の問い掛けをする。
「……もちろん考えましたよ、でも今の私は悠貴にとって居ても居なくても一緒なんですから」
「それなら、悠貴をそっとしておけないかな?」
「だからこそですよ! 居なくてもいいからといって悠貴が私の知らないところで不幸な目にでもあったら私は自分を許せません、大切な人の幸せを好きな相手も含めて他人任せにしては駄目だと教わりましたから」
それは私も柚菜ちゃんの件で実感したことでもある。だからこそ私も柚菜ちゃんがもう悠貴を幸せに出来るとは思えなくなった。
なら私も私で覚悟を決めて柚菜ちゃんと対峙しないといけないのかもしれない。
この今の柚菜ちゃんには姉のような甘い気持ちを残したままだと簡単に隙きを突かれる気がした。
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