第39話 利害の一致
小鷹さんからの話に少なからず衝撃は受けた。
兄妹でそういった関係になることもだけど、もっと驚いたのは、あれだけ兄に対し好き好きオーラを振り撒いていた小鷹さんの言葉。
「本当に好きで、愛してる人に抱かれているのに、全然幸せな気持ちになれないんです」
僕だって柚菜と付き合っていた頃。初めて結ばれた時は、激しく求め合う事は無かったけど、少なからず幸福感はあった。
でも、今でも間違いなく兄を慕っている雰囲気の小鷹さんの様子からすると、導き出される結論は……。
「小鷹さんのお兄さんは、本当に小鷹さんの事が好きで抱いているのかな?」
僕の遠慮ない言葉に、小鷹さんが傷付いた顔を見せさみしげに呟く。
「…………やっぱり、そうなんですかね」
「うーん、僕にも分からないからなー。まず好きじゃない人としたいとも思わないし」
小鷹さんの兄や、亡くなった演劇部の先輩の気持ちは分からないから正直に答える。
僕の言葉を聞いて小鷹さんが何かに気付いたのか、何度か小さく独り言を呟くと結論に至ったのか顔を上げるの驚きの提案をする。
「……それじゃあ私としてみますか?」
思いもよらない小鷹さんの発言。
コーヒを口に含んでなくて良かった。
「いや、何言ってるか分かってる?」
「もちろんです。正直、私も先輩と同じでした。抱かれるなら好きな人にって、セックスってもっと愛しあう二人が織り成す神聖な行為なのかと……でも実際好きな人に抱かれたはずなのに、何もないんてすよ、湧き上がる感情もなく空っぽなんです」
言ってることは突拍子もない事だけど、小鷹さんの目は真剣だった。
「だからって、その結論は飛躍しすぎだと思うけど」
「そうですか? 私だって見知らぬ男に抱かれるのは流石に嫌悪感がありますから、でも先輩なら好きではないけど信頼出来ますし、検証するには最適じゃないですか」
「それって僕の気持ちはどうなるの?」
「ん!? 男の人はカワイイ娘が抱けるなら喜ぶんじゃないですか?」
ある意味で正論だろうけど僕は少し違う。
「あのさ、最初に言ったよね。好きじゃない人としたいとは思わないって」
「だからこそじゃないですか、お互いに好きな人が他に居るからこその検証じゃないですか」
「嫌、僕に好きな人は……」
『いない』と口にしようとして言葉に出来なかった。
「だから、同じ私に隠す必要ないですよー、それに先輩の相談ってお姉さんの事でしょう」
短い付き合いのはずなのに言い当てられてしまい少し驚いてしまう。
「どうして分かったんだ?」
「へへっ、今の先輩私と同じ匂がしますから……って自分の体の匂いを嗅ぐお決まりは無しですよ」
そう言って笑った小鷹さんの瞳は、どこか姉さんにも似ていて不覚にもドキリとさせられてしまう。
そのまま言葉が詰まってしまった僕に気を利かせた小鷹さんが話を続ける。
「先輩。取り敢えず私のことは置いとくとして。先輩の話を聞かせて下さい。何があったんですか?」
小鷹さんに促される形で、僕は最近の姉さんの状況を伝える。
まず最近帰りが夜遅くなっている事。
「それって理由とか聞いてないんですか?」
「なんでも学園祭の実行委員に選ばれたらしくて、それで色々と大変らしい」
「ふむふむ、それは表向きで裏で何か怪しい動きをしていると」
「いや、全然」
家に帰ってきても企画書やらに目を通したりして、忙しくしている現状を見れば嘘だとは思えない。
「…………えっと、他には何かあります?」
「あとは、最近付けてる香水が変わったんだけど、前は僕が好きだった柑橘系だったんたけどね」
「成る程。急に好みが変わって怪しいと」
「んーどうだろう、同じフルーティ系で系統的には近いかも」
変えるときに、僕にも意見を求められて首筋で匂いを嗅がされた。甘いピーチ系で好きな香りだったから、そう伝えたら最近はそっちの方を気に入ってつけている。
「えっと、その……でも、なんらかしら変えようと思った切っ掛けがあるのかも……あのー相談ってそれなんですか?」
小鷹さんが困惑気味だ。
確かにこの話だけでは意味が分からないだろう。
「ああ、本題はこっちで」
僕はメールで送られてきた写真を複数見せる。
「ああ、この写ってる綺麗な女の人が先輩のお姉さんですか、そしてこっち親しそうなイケメンさんがお相手ですか、このキスしているような写真の」
「うん、多分。それで相談というのはさ、この写真を見てすごく不快なんだ。心の奥底にヘドロが溜まって気持ち悪くなる。おかしいだろう姉さんなのに、もしそれが彼氏なら祝福しないといけないのに」
どこかで姉さんもいずれ好きな人が出来て離れていくと分かっていたのに、離れても姉弟でいてくれると信じているけど、それでも僕の気持ちはざわめいた。
「ふっふっふ、分かります。分かりますよ。その気持ち、私もお兄ちゃんから、あのクズミと付き合うと知らされた時はそうでしたから」
本題に入ったとたんに目を輝かせ話に食いついてくる小鷹さん。経験者は語ると言うやつだろうか。
それならばと僕はひとつ尋ねてみた。
「なら、この不快感の正体も知っているの?」
「ええ、もちろん、それは嫉妬ですよ」
「嫉妬? でも、相手は姉さんで、それに柚菜のときとはまるで違って……」
そう柚菜の時とは違う、もっと陰湿で、酷く粘着質で纏わりつくような、暗く沈んだ得体の知れない気持ち悪さ、それが間違いなく僕自身の奥底に巣食っている。
「私からすれば姉弟を本気で好きになることに何の躊躇いがあるんですかと言いたいところですが、私自身実際に結ばれた結果がこの体たらくですからね」
盛大なため息を付く小鷹さん。
でも、僕の背中を押そうとしてくれた意図だけは伝わった。
でも、やっばり良く理解できない。
姉さんの事は、もちろん好きだ。何より一番大切な家族なわけで、幸せになってもらいたい。
それなら、やっぱり僕は邪魔にならないようにして、いまさらながらの遅い姉離れをするべきなんじゃないかと……そう思おうとするたびに、奥底に沈む何かが貪欲に姉さんを求めようとする。
そして、それに身を委ねてしまえばきっと取り返しのつかない事になる。
そう思ったとたんに腹の底から迫り上がってくるような嫌悪感を感じる。
すぐに僕は必死に吐きそうになる気持ち悪さを抑え込む。
「うぇ……」
「あの先輩。大丈夫ですか?」
よっぽど僕の顔色が良くないのか、小鷹さんさんが僕の隣まで来て背中を擦る。
姉さんとは違う、ほんのりと香る石鹸の香り。
また、腹の底から湧き上がる濁った何かが這い出そうになる。
「ねえ、小鷹さん。やっぱり気が変わった。さっきの君の提案受けるよ」
そして耐えきれそうに無かった僕は、少し親しくなっただけの小鷹さんを贄として選んだ。何より大切な姉さんを穢さないように。
「先輩こんな時に何を? だってこんなに苦しそうにしてるのに」
自分から提案しておきながら、ここに来て焦らすような事を言う小鷹さん。
僕は痺れをきらせて小鷹さんを抱き寄せ耳元で囁く。
「ありがとう、でも大丈夫だから、ねっ、僕も知りたくなったんだ。僕が姉さんを本当に好きなら君と同じ気持ちを抱くんじゃないかってね」
その言葉に反応して小鷹さんがやんわりと僕を押し退ける。
でも目は真っ直ぐに僕を見ていた。
「先輩………良いですよ。お互いに本当に愛している人がいる。その上でお互いに一線を超えることになった時に抱く感情、それがどんなものか私も知りたいです」
「うん。僕も、これが何なのかをちゃんと知りたい」
僕はしっかりと小鷹さんを見つめる。
小鷹さんが黙って頷く。
そいして僕達は喫茶店を後にするとホテル街の方へと向かった。
――――――――――――――――
間が開いていたのにも関わらず
読んで頂きありがとうございます。
温かいコメントも嬉しかったです。
本当はひとつひとつ返していきたいのですが時間がなくて済みません。
引き続き、よろしくお願いします。
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