第32話 ブラコン


 私がリビングで本を読んでいると、いつもより遅い時間に悠貴が帰ってくる。


「あら、今日は遅かったわね」


 もしかして柚菜が動いたのかと心配しつつ声を掛ける。


「うん、変な子に捕まって」


「えっ」


 なんとなくデジャヴを感じつつ、ソファから立ち上がると慌てて悠貴に詰め寄る。


「大丈夫? 変なことされなかった?」


 悠貴を見回して確認したところ、おかしな所は見当たらなかったので一安心する。


「大丈夫だよ、すこし変わってる子だっただけど紫さんほどではない……かな?」


「なんで疑問形なのよ! 心配になるでしょう。まったく悠貴は危機感がなさすぎなのよ……でっ、どんな娘なの?」


 あの女のこともある。悠貴自身ににとって害がなくても周囲を毒して結果的に悠貴に不幸をもたらそうとするなら、今度こそ事前に排除しておきたい。


「うーん、ひと言でいうとブラコン」


「はぁあ?…………まぁいいわ詳しい話は食後に聞くから手を洗って着替えてらっしゃい」


 意味が分からなかったため、もっと具体的な話をしないといけないと判断し、改めて話を聞くことにした。


 そうして悠貴が着替えている間に、あらかじめ作っておいたたカレーを温め直す。


 しばらくしてTシャツに短パンという楽な格好に着替えた悠貴がキッチンまでくる。


「匂いで期待してたけど、やっぱりカレーだ。やったね!」


 悠貴は嬉しそうに言うと、事前に盛り付けてあった二人分のサラダをテーブルの方に並べ直してくれた。


「ありがとう助かるわ、カレーの温めもすぐ終わるから座って待ってて」


「はーい」


 私の作ったカレーを楽しそうに待つ悠貴の姿は年相応か、むしろ幼く見える。ここだけ切り取ったなら、とても悠貴が問題を抱えているとは思わないだろう。

 そんなことを思いながら温め直したカレーを盛り付けテーブルに並べる。辛いのが好きな悠貴の為に追いスパイスも用意し、私も席に着くと一緒に『いただきます』をして食べ始める。


「やっぱり姉さんのカレーは絶品だね。これは義母さんを超えてるよ」


 勢い良く食べ進める悠貴の思いがけない言葉。


「あっ、ありがとう。一杯作ったから好きなだけ食べなさい、ほら、おかわりいるなら持ってくるよ」


 私は思わず嬉しくなってしまい、舞い上がって急かすようにおかわりを促してしまう。

 私に促されたこともあるだろうが、いつもの悠貴ならおかわり二杯くらいで終わるところを、なんと三杯食べてくれた。


「うっ、ちょっと食べすぎた苦しいかも」


 そう言いながら満足そうにお腹をさする悠貴を眺めながら、思わずニヤけそうになるのを堪える。

 気を取り直して先程聞きそびれた続きを尋ねる。


「それで、さっきの話の続きだけど」


「うん」


「そのブラコンっていう娘。なにが目的で悠貴に近づいたの」


 なんの意図もなく近づいてきた人間に、悠貴がわざわざ放課後の時間を割くとは思えない。


「本人が言うにはお礼らしくて……」


 そのまま話し始めた悠貴から成り行きを聞く。


 結論から言えば、また面倒くさいのに捕まったなのひと言だった。

 ただ、面倒くさいだけで終わるならそれで良かっのだが、その娘『小鷹真純』という娘はあの女とは違う別の異様さを感じた。


 兄のためにわざわざ進路まで変えたこともそうたが、いくら復讐相手とはいえ、人ひとり死んだことに対してまったく嫌悪感を抱いていないのだ。


 どう考えても普通じゃない。


 悠貴はただのブラコンだと思っているようだが、きっと彼女はその兄のためなら何だってするだろうそれこそあの女が手を下さなければ、自らの手で柏木を殺めていたかもしれない。


「はぁぁあ、それでお礼はそのコーヒーで済んだのかしら」


 私としては、それで終わってくれたのならまだ安心できる。


「僕はそれで済まそうと思ったんだけど、その子が困ったことはないのかとしつこくて」


「……それで?」


 嫌な予感がした。悠貴は周りのことに対して滅多に興味を示さない。その代わりいちど興味をもってしまうと、それこそ利害など関係なく関わろうとしてしまうあの女のときのように。


「柚菜のことを話した。もちろん実名はあげてないけど、好きでもない子を紹介して付き合わせようとしている人に困ってるって」


「……でっ?」


 いっそ実名を明かしてその子に柚菜の排除をお願いしても良いかもと考えたが、悠貴から返ってきた答えは予想外のものだった。


「それなら、仮の彼女になって、その人達を追い払ってあげますって」


「ぶふっ、げほっ、げほっ、げほっ」


 飲みかけていたお茶を思わず吹き出し咳き込んでしまう。


「姉さん、大丈夫?」


 隣で悠貴が慌てて背中をさすってくれる。


「だっ、だいじょうぶよ。それより、予想はつくけど悠貴はなんて答えたの」


「うん、とりあえずそれで引き下がってくれそうだったからOKしたよ」


「はぁぁあ、やっぱり」


 また、私の頭を悩ませる案件を持ち込んだ愛おしい弟に恨みがましい目を向ける。


「えっと……なんか、ごめんね姉さん」


 申し訳無さそうに謝る悠貴。そんな姿を見せられたら怒れないどころか保護欲を刺激してしまう。


「良いわ、私がしっかりフォローすればいいだけたから」


 気を取り直して悠貴に微笑みかける。

 きっと他の人からすれば甘いと思われるだろうが、仕方がない……何故なら私も筋金入りのブラコンだから。


 

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