45
スレイの話を聞いたレレは彼女の手を引き、今すぐ館を出ようという。
そういわれたスレイは戸惑った。
そして、自分がここで逃げてしまえばこの大陸オペラは浮いていられなく――。
いや、禁術を使用することで浮き続くことができても、その影響で大陸中に疫病が蔓延してしまう。
そう思うとここで逃げるわけにはいかない――。
スレイはそう呟くように返事をするのであった。
「だけど……それでもおれは君を一緒にいたい……」
レレは掴んでいたスレイの手に力を込める。
大陸が浮いていられなくなるかもしれない。
疫病が蔓延して多くの人が亡くなるかもしれない。
だが、それでもスレイ、君と――。
レレは彼女の目を見つめながら力強くそう答えた。
「ああ……レレ……あなたは……」
なんてことをいうのだろう――。
スレイはレレの言葉を聞いてめまいがしていた。
しかし、彼女にはわかっていたのだ。
彼がそういっていってくれることを知っていた。
使命から逃亡する責任を誰かのせいにしたくて、彼からその言葉を引き出したのは他でもない自分だ。
レレなら必ずそういってくれる――。
一緒に逃げようと叫んでくれる――。
スレイはそれがわかっていて彼にすべてを話したのだ。
罪悪感を感じながらもスレイは、レレの言葉が嬉しくてしょうがなかった。
彼に手を握られながら泣くスレイ。
レレはそんな彼女を抱きしめ、その後に館を飛び出して行く。
それからスレイとレレは、人里離れた山奥に小屋に住み、生活を始めた。
それは彼女の両親と同じ貧しい暮らしであった。
だが、レレはスカイパトロールの教育で培った力で、獣を狩るハンターなり家計を支え――。
スレイもまた慣れない料理を覚え、掃除、洗濯などの家事をこなすようになり、慎ましいながらも二人は幸せな日々を送っていた。
そんな生活にも少しの余裕が出てきた頃――。
スレイが子を身ごもった。
愛するレレとの間に生まれた男の子だ。
「やったぞスレイ! おれたちの子だ!」
我が子を抱きながら少年のようにはしゃぐレレ。
スレイはそんな彼を見て、自分は幸せ者だと実感するのであった。
二人はその子にロロと名を付けた。
「この子、あなたに似て優しい顔をしているわ」
「なにをいっているんだ。この品のある顔立ちは君によく似てるよ」
だがしかし――。
そんな慎ましい幸せも長くは続かなかった。
ある日からレレが病気にかかってしまったのだ。
最初のうちこそただの風邪だといっていた彼だったが、そのうち咳が止まらなくなり、高熱が続き、ついには動けなくなるほど衰弱してしまう。
そして、さらに手足や顔から鳥の羽根のようなものが生え始めていた。
これはただの病気じゃない――。
症状は風邪に似ているが、体から羽の生える病など聞いたことがない。
ともかく早く彼――レレを医者に見せなければ手遅れになってしまう。
そう思ったスレイは、生まれたばかりの我が子――ロロを抱え、近くの街まで医者を呼びにいく。
街にたどり着き、そこで唯一の医院で彼女が見たものは――。
「まさか……彼と同じ病気なの……?」
並んでいるベットの上で、レレと同じように体から鳥の羽根が生えて苦しんでいる住民の姿だった。
医院に現れた彼女を見た医者はいった。
あなたも彼らと同じ病気を治したくてここへ来たのかと。
だが、それは難しいと医者は首を横に振っている。
「数年前……この症状と同じ病が流行ったことがあったが……これほど蔓延した話などなかった……」
これは奇病なのだ。
今のところこ病気を治せる薬も魔法もない。
ただ症状を遅らせるくらいのことしかできない。
昔からときおり現れる病で、対策などないのだと。
その言葉を聞いて立ち尽くしているスレイ。
胸の中で赤ん坊のロロが泣いていても、彼女は動けずにいた。
彼女は気が付いたのだ。
この病気が、大陸を浮かすための禁術による影響であることに。
「わ、わたしのせいだ……わたしの……」
スレイは身を震わせていると、当然後ろから声をかけられる。
振り返った彼女の目には、館で自分を育ててくれた老人と、大勢の黒装束姿の男たち――スカイパトロールが映った。
「捜したよ、スレイ」
老人は静かにそういった。
スカイパトロールたちはすぐに彼女のことを取り押さえようとしたが、老人がそれを止める。
それから老人は、穏やかな表情でスレイに微笑んだ。
「さあ、私と共に館へ帰ろう」
「ああ……わたしの……わたしのせいでレレが……」
老人の言葉など無視し――。
スレイはその場で膝をつくとただ泣き出した。
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