31

「ロロッ!?」


パレットはロロの姿を見ると、すぐさま彼を抱きしめた。


涙を流しながらも彼の体温を感じ、心の底から安堵する。


「大丈夫なの!? 乱暴なことされなかった!?」


それでもまだ興奮状態のパレットは、捲し立てるように言葉を続けていた。


そんな彼女の背中に両手を回し、優しく抱きしめ返すロロ。


それから泣いている彼女をなだめるように、穏やかに声をかける。


「ぼくは大丈夫だよ。それよりもパレットのほうが心配だ」


「あたしはなんともないよ。あたしなんかよりもロロが……ロロが……」


「そんなに泣いちゃって……。ゴメンね……全部ぼくのせいだ……」


「そんなことない! ロロは悪くない……なにも悪くないんだよ……」


パレットは、理不尽な目に遭わされるロロを慰めようとしていた。


だが逆に、彼の優しさに癒されている。


彼女は、そんな自分を情けなく思うと、さらに涙が止まらなくなった。


ロロはそっと体を離し、彼女の涙を丁寧に拭う。


「ありがとう……。でも、もういいんだ……」


そういった彼の表情は朗らかだった。


その声はどこか寂しげだったが、もう迷わないという意思が見えるものだ。


「パレットと、きみと一緒にいれて楽しかったよ。短い間だったけど……。ぼくにとっては一番の思い出になりそうだ……」


ロロはニッコリと微笑むと、そのまま部屋を出ていく。


パレットはそんな彼を見て理解した。


ロロは自分が亡くなった母親の代わりに、人柱になることを決めたのだと――。


この空中大陸オペラに住むすべての人間のために、自ら犠牲になるつもりなのだと――。


その小さな体にすべてを背負い込むつもりなのだと――。


「ロロ……いかないで……いっちゃダメッ!」


パレットは彼の手を掴もうと手を伸ばした。


だが、いつの間にか近づいていたフロートによって、その手を止められてしまう。


「そこまでだ。これ以上彼の決意に水を差すな」


パレットは力一杯振りほどこうとしたが、フロートのその一言を聞いて動けなくなった。


彼のいっていることを受け入れたからではない。


ロロの決意――。


フロートが口から出たその言葉が、彼女から全身の力を奪ったのだ。


「そんなのおかしいよぉ……。どうして……どうしてロロが……」


自ら言葉にし、心でも理不尽だと思いながらも、ロロの先ほどの顔を思い出してしまうパレット。


閉まる扉に向かって力なく呟きながら――。


彼女はその場に崩れていった。


フロートはそんな彼女の手を放す。


そして、なんとも言えない表情で冷たい声を発した。


「彼の最後の望みだ。きみに誘拐、逃亡の手助けなどの前科がつくことはない」


その後――。


その場で崩れ、まるで抜け殻のようになってしまったパレットは、ただ何も答えずにされるがまま劇場街へと連れていかれた。


街に着き、彼女はまずスカイパトロールの警察署へと送られる。


そんなパレットの元へ、ルビィが身元引受人として現れた。


「パレット……大丈夫かい……?」


憔悴しきっているパレットを見たルビィは、すぐに彼女を抱きしめた。


ロロが出ていき、扉が閉められてから放心状態だったパレットは、ルビィの胸の中で小さく震え始める。


「ルビィ……ロロが……ロロが……」


「ああ……私もフロートのやつから聞いたよ」


できる限り優しく――。


そして穏やかな声で返事をするルビィ。


パレットはそんな彼女の声を聞いて、再び涙が流れてしまっていた。


「いっちゃった……ロロがいっちゃったの……。あたし、止めたのに……」


「ああ、あんたなら絶対に止めると思っていたよ。……今は家に帰ろう」


ルビィにそういわれたパレットは、コクッと頷くと彼女の家へと帰っていった。


ルビィはしばらくすれば彼女も落ち着いてくると考えていた。


時間があれば泣き止む――。


誰もがそうであり、自分が泣いたときもそうだ。


だがパレットはその帰り道でも、けして泣き止むことはなかった。

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