32

ロロと別れたパレットは、その後もルヴィの家に住まわせてもらっていた。


一日だけだったが、一緒にロロと寝泊まりした部屋にもう彼の荷物はない。


それでも部屋は散らかり放題。


脱ぎ捨てられた服や下着、それと飲み残しが入ったカップなどが小さなテーブルに置かれていた。


パレットは、政府から出された自粛勧告のため、当然現在はルヴィの仕事――狩りの手伝いはできないでいる。


だが、たとえ自粛勧告が出されていなかったとしても、今のパレットには何もできなかっただろう。


彼女は、あの日――ロロが人柱としてこの空中大陸オペラを浮遊させるための犠牲になる決意を聞いてから。


まるで抜け殻のように部屋に閉じこもっていたからだ。


「パレット、お昼できたよ」


部屋の扉をノックして、パレットに昼食ができたことを知らせに来たルヴィ。


彼女は「入るよ」と言葉を続けて扉を開けたが、パレットの反応はない。


それから食べないのかと訊ねるルヴィだったが、パレットは「いらない」とか細く答えるとかけていた毛布で顔を隠してしまった。


かける言葉が見つからないルヴィは、お腹が減ったらいつでもいうようにいうと、そのまま部屋の扉を閉めた。


もう一週間以上こんな調子だ。


時間が経てばなんとかなると思っていたが、その気配はまったくない。


「時間は最良の医者……なんて、ちょっと都合よく考えすぎていたな……」


ろくに食事を取らないパレットを心配するルヴィだったが、今の彼女を元気にすることは難しいと、自分の無力さに肩を落とすのであった。


パレットはルヴィが出て行ってからも、毛布に包まりながらずっと考えていた。


いや、彼と別れてからずっとだ。


ロロがなぜ空疫病くうえきびょうについて調べていたのかを。


彼はきっと自分が犠牲にならなければ、どれだけの人が苦しむのかを知りたかったのだ。


そしてそれを理解したロロは、自分のやることを思い出した。


それは、この空中大陸オペラを浮遊させ続けるための人柱となること――。


彼の母がそうだったように、自分もオペラに住む人たちのために人生を捧げること――。


パレットは想像する。


あの優しいロロだったら、自分がこの大陸を浮かす燃料であることを受け入れる。


多くの人を救えるのなら自らの人生を差し出す。


そんな子だと。


だが、それで本当にいいのだろうか?


人の命を犠牲に――しかもまだ何も知らない少年にすべて背負わせ、維持する大陸なんて――。


そんなことは間違っていないか?


しかし、そう思ってみたところで大人たちからはこういわれるのだろう。


この大陸がなくなっていいなんて簡単にいうな――。


地上が海面に覆われたこの世界で、この大陸の存在がどれだけの人間を救っているのかわかっているのか――。


ロロのように高い魔力をもって生まれた時点で人生は決まっているんだ――。


きっとそういいながら、彼を犠牲にすることをためらわない。


それがこの大陸を救うためだと。


「でも……ロロは好きで高い魔力をもって生まれたわけじゃない……」


独り言を呟きながら寝ている体勢を動かすパレット。


彼女はそれでもロロ一人を犠牲にすることに納得ができないでいた。


「やっぱりおかしいよ……。だけど……ロロはもう決意を……」


そのとき――。


窓に何かがぶつかった音が鳴った。


葉っぱや小石にして結構な強さの音だ。


パレットは風で何か飛ばされてきたかと思って気にしないでいると――。


「ちょっと、早く開けてくれないかしら?」


聞き覚えのある声が耳に入って来る。


耳慣れた言い回しが聞こえる。


パレットはベットからガバッと起き上がって、すぐに窓を開けた。


「えッルル!? どうして……?」


そこにはロロと一緒に連れて行かれたはずのムササビ――ルルが立っていた。

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