55

パレットは今ルヴィの家で静養している。


身体の傷も大したことはなく、体力も魔力もすでに戻り、なんの問題もないはず。


――と、そこでルビィの言葉が止まる。


言いにくいとは違う。


何か、パレットの身を起きていることを口にしたくないような態度だ。


フロートは何も言わずに、ただ彼女が話を始めるのを待っていた。


悲しそうな彼女の顔を見ながら、黙って紅茶を飲む。


「あれ以来……喋らなくなってしまったんだ……」


しばらくして――。


ようやくルビィが口にしたのは、その言葉だった。


フロートは「そうか……」と静かに返事をすると、彼もまたルビィと同じように悲しそうな顔をした。


家の外から飛んでいく鳥の声が聞こえる。


通りからは路上で演奏している楽器の音を流れてくる。


先ほどは耳に入らなかったが、黙ってしまった二人には、それら外からの音がよく聞こえていた。


それは、空疫病くうえきびょうの驚異は去り、大陸も安定して浮遊していることを示していた。


蒼天の空に活気が溢れる人々の声。


そんな街の状況とは反対に、フロートとルビィの心中は、まるで雨雲に覆われているように暗かった。


ロロが自分を犠牲にしたことが余程こたえたのだろう。


パレットがそうなるのもしょうがないと、フロートは内心で思う。


「私が直接会うのは、止めておいたほうがよさそうだな……」


そんな時間が流れる中――。


ルヴィよりも先にフロートが口を開いた。


彼はパレットの状態が良ければ、彼女と会って話したいことがあった。


だが、ルビィから話を聞く限り、それは難しいと判断していた。


ルビィはフロートの言葉を聞いても何も答えなかった。


すでに飲み干した紅茶のカップを手に、ただうつむいているだけだ。


普段のルヴィだったら皮肉の一つでもいうのだろうが、それをいわないところを見るに、彼女のほうも精神的に参っているのがわかる。


それからフロートはイスから立ち上がると、一枚の封筒を彼女の前に差し出した。


その封筒は、封蝋ふうろうでしっかりと止められたものだった。


その蝋にはこの大陸の警察――つまりスカイパトロールの印璽いんじが刻まれており、一目見て重要なものであることがわかる。


「なんだいこりゃ? まさか今になってパレットのしたことがバレたのか?」


ルビィは持っていたカップをテーブルに置くと、フロートにそう訊ねた。


それは、彼の出してきた手紙が出頭通知書を思わせたからだった。


覇気なくいう彼女にフロートは答える。


「そんなはずないだろう。バレていたら私が自宅にいるはずがない。これは私個人からだ。あの少女――パレットへ渡しておいてくれ」


フロートはパレットと会えなかったときのことを考え、手紙を書いておいたと言葉を続けた。


それを受け取ったルヴィは、手紙を掲げてヒラヒラと動かしながら眺めている。


「あの子に見せる前に、私が中身を見てもいいか?」


「別に構わんが、お前がそんな無粋な真似をしないことは知っている」


ルヴィは、フロートがそう返事をすると、ソファ―から立ち上がる。


そして、玄関へと歩き出していった。


「さすが、わかってらっしゃる。……手紙、たしかに受け取ったよ。パレットにはちゃんと渡しておいてやる」


背を向けたまま――。


ルヴィはフロートへそういうと、そのまま家を後にした。


「頼むぞ。この大陸を変えれるとしたら、それは彼女だけなのだ……」


一人残されたフロートは、ルヴィに閉められた扉を眺めながらポツリと呟くのであった。


フロートの家からの帰り道――。


劇場街を横切っていたルヴィへ、多くの人が声をかけて来ていた。


「これはルヴィ様。ご機嫌いかがですか?」


彼女を慕っている女性たち――。


「おうルヴィ。政府からの自粛勧告が終わって、これでようやく狩りができるな」


彼女の狩ってくる獣の肉や毛皮を楽しみにしている商人たち――。


皆、元気な様子でルヴィに微笑んでいた。


ルヴィは皆に簡単に挨拶をすると、サッとその場から立ち去った。


なるべく普段通りにし、ごく自然な感じで。


ルヴィは思う。


また大陸に笑顔が戻った。


それが一人の少年のおかげだとは誰も知らない。


しかし、それでいいのだろうか。


大陸を浮かし続けるためとはいえ、魔力が尽きるまで人柱に供給させるなんて――。


そのことを誰も知らないままだなんて――。


「まあ、私も同じか……いや、それ以上に悪いな……」


ルヴィは、その後もブツブツと呟きながら、パレットのいる自分の家へと帰っていった。

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