58
勢いよく走るパレット。
ルヴィの家から出て劇場街のほうへと向かっていた彼女だったが、突然道端で立ち止まってしまう。
「あたし……あの人の家がどこにあるか知らないや……」
パレットはフロートの家へと向かおうとしていた。
そのために慌てて家を出たのだが、今さらながらその場所を知らないことに気が付く。
彼女はしょうがないと思い、一度ルヴィの家へと戻って場所を聞くことにすると――。
「あ~パレットだ!」
「ホントだ! ねえパレット。今日はヴァイオリン弾かないの?」
劇場街の道にいた子どもたちが声をかけてきた。
彼らは劇場で音楽を聴きたくても、貧しくチケットが買えない子たちだった。
そんな子らの楽しみは、パレットが路上でやるパフォーマンスだ。
豪華な大編成での演奏とはいかないが、ヴァイオリンだけで奏でられる彼女の音を聴き、それに合わせて踊ったりするのが大好きな子たちだった。
ずっと政府の出していた自粛勧告のせいで、音楽が聴けていなかった彼らは、パレットを見るなり嬉しそうに寄ってきた。
「ごめんね。今日はちょっと用事があるんだ。また今度やるから」
そうはいったパレットだったが、その内心では嬉しさを隠しきれないでいた。
自分のような無名の
そう思うと、つい笑みを浮かべてしまうのも当たり前である。
「え~そんな~」
「やってよ~。ねえパレット~」
子どもたちは、そういいながらパレットの服の袖を引っ張り始める。
「ごめん、ごめんね。ホントに今日は無理なんだよぉ」
申し訳なさそうに返事をするパレットは、あることに気が付くと、子どもたちに訊ねた。
「ねえみんな。フロート·ガーディングっていうスカイパトロールの偉い人の家がどこか知らないかな?」
パレットがロロの書いた手紙を見て家を飛び出した頃――。
フロートは自宅で本のページをめくりながら紅茶を飲んでいた。
勤勉な彼は時間さえあれば体や魔力を鍛えるか、こうして本を読んでいることが多い。
ちなみに彼の幼なじみであるルヴィも読書家だが、彼女は勉強ではなく、面白いから読んでいるという違いがある。
だが、今は読んでいる本の内容があまり頭に入ってきていないようだ。
「……ダメだな。集中できん。こういうときは……体でも動かすか」
フロートは気を取り直して、これからトレーニングを始めようとした。
ソファから立ち上がり、別の部屋にあるダンベルを取りに行こうとする。
彼が居間から出た瞬間――。
玄関の扉がけたたましくノックされた。
ドスドスドスと、まるで借金の取り立てにでも来たかのような乱暴な訪問だ。
フロートはその音を聞き、怪訝な顔をしながら扉を開く。
「うん? お、お前は……?」
「はあ、はあ、はあ……ちょっと、話をしたいんだけど」
そこにはパレットが立っていた。
彼女は子どもたちにフロートの家の場所を聞いて来たのだ。
幸いなことに彼は子どもが好きで、よく遊び場に困った子らを家に招いては、紅茶を振舞っていた。
パレットの演奏を聴いていた子どもたちも、フロートの家には行ったことがあったようで、訊ねられるやいなや案内してくれた。
フロートは、驚いた顔をすると、息を切らしているパレットを家の中へ入れる。
そして、先ほど自分がいた居間へと案内し、彼女をソファーに座らせた。
「ルヴィから聞いていたよりも元気そうだな」
キッチンで新しい紅茶を入れ、パレット用のカップを持ってテーブルへ置くフロート。
心なしか、その顔には安堵の色が見える。
「腹は減ってないか? なんならルヴィのやつも呼んでこれから……」
「ねえあなた! ロロの手紙の内容を見たの!?」
パレットは、フロートの言葉をさえぎってテーブルをバンッと叩いた。
睨みつけられた彼は、これが数日間何も喋らなかった奴の目なのかと、彼女のことを見返す。
それを誤解したパレットは、歯を食いしばってさらに目を細め、眉間にシワを寄せた。
「ふふ……怖い顔だな」
そんな彼女を見たフロートは思わず笑ってしまう。
だがパレットのほうは、ふざけているわけではないので、頭から煙が出そうなほど怒り出した。
「いいから答えて! 見たの!? 見なかったの!?」
「まずは茶でも飲んで冷静になれ。話はそれからだ」
フロートは、怒鳴り散らし始めたパレットに落ち着くようにいうと、彼女に紅茶をすすめるのであった。
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