27

苦しそうに横になっている病人たちを見たパレットは、思わず後退ってしまっていた。


彼女の前にいるロロは、その身を震わせながらブツブツと何か言っている。


ルルがパレットの肩からロロに声をかけ続けていたが、彼はただ茫然と立ち尽くしたまま声にならない呟きを続けていた。


後退ったパレットは、並んでいるベットの上の病人たちを見ていた。


皆顔色は悪く、嘔吐でもしそうなほど咳き込んでいる。


そしてその顔や手足には、鳥の羽根のようなものが生えていた。


空疫病くうえきびょうの症状だ。


パレットはすぐにこの場から去らないと、自分たちも感染してしまうと思い、ロロの手を引く。


「ロロッよくわからないけど、ここから出なきゃ!」


だが、ロロは返事をしない。


まるで固まった粘土のように動かない。


パレットはさらに引く力を強めようとした。


そのとき、仮設テントの中に誰かが入ってくる。


それは数人の防護服を着た大人たちだった。


全身を覆い、口にはマスクを付けたその姿を見たパレットは、まるで非現実をぶつけられたように感じていた。


加えてこの空疫病感染者の数だ。


空疫病が流行り、街で人通りが少なくなっていたことは見ている。


病にかかった者が、何人も亡くなったことも聞いている。


だがパレットにとって、それらはすべて自分とは関係のない世界でのことだと思い込んでいた。


身近に空疫病で苦しんでいた人間がいなかったにもあったのだろう。


彼女の住む劇場街では、まだそれほど感染者が多くなったこともあったのだろう。


しかし空疫病は、たしかに自分の住む世界に存在し、今こうして人々を苦しめているのだ。


その現実が、今まで空疫病を軽く見ていたパレットに、とてつもない衝撃を与えていた。


彼女はロロの手を握ったまま、彼と同じように立ち尽くしてしまっている。


そんな彼女たちへ防護服を着た大人たちが、「ここで何をしている!?」と怒鳴り散らす。


「あ、あたしは……ロロを……」


パレットは言葉がうまく出てこない。


ロロは防護服を着た大人たちの姿が目に入っていないようだ。


ルルはそんな彼へまだ言葉をかけ続けている。


そしてパレットたちは、さらにテントへと入ってきた防護服の大人たちによって、外へと連れ出された。


「ちょっと待って!? どこへ連れて行くつもりなの!?」


ハッと我に返ったパレットは彼らに連れ出されながら喚いた。


だが、防護服の大人たちは互いに言葉を交わし合いながら、彼女の声など聞こえていないようだった。


そしてテントの外へと連れ出されたパレットは、ロロやルルとは違う場所へと運ばれてしまう。


「ねえやめてよ! ロロッ! ルルッ!」


パレットは、自分の体を掴んでいる防護服の大人の手にかじりついた。


それから自由になると、指輪に魔力を込める。


「勝手に入ったのは悪かったけど、こんな無理矢理にしなくってもいいでしょ!?」


大声で啖呵を切ったパレットは、プレイと呪文を唱えた。


指輪が輝き、その光がヴァイオリンと弓へと変わっていく。


自分が勝手なことをいっているのはわかっている。


入ってはいけない場所だったのも今なら理解している。


だが、ロロとルルを連れて行くのは許さない。


パレットは、そう思いながら魔力の込めた音を鳴らそうとした。


彼女の魔力が高まっていくのを感じたのだろう。


防護服を着た大人たちは、身構えながらも後退っていた。


オペラで生まれた者は、幼い頃から誰もが魔力が備わっている。


多くの者が自分の持つ魔力を高め、将来の仕事に活かすのが当たり前のことだ。


当然防護服の大人たちも魔力を持ち、病人の治療をしてるのだから、それなりに魔力は高いのだろう。


だが今のパレットは、そんな大人の彼らさえ驚くほどの魔力がその小さな体から溢れていた。


「ロロとルルは返してもらうよ! ヴァイオリン組曲……断罪のワルツッ!」


ヴァイオリンと弓から出たメロディーが、黒い霧のようなものへと変わって防護服の大人たちへと向かっていく。


防護服を着ていようが関係ない。


霧によって彼らの動きは封じられた。


そしてパレットは、すぐにロロとルルを追いかけようとしたが――。


「それ以上は止めておけ」


そこには空中大陸オペラの警察――スカイパトロールのリーダーであるフロート·ガーディングが現れたのだった。

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