39

人の形をした光がゆっくりと手を下げると、魔法陣から放たれた魔力が治まっていく。


立っているのがやっとだったパレットは、その浴びていた魔力が止むと、その場に崩れ落ちた。


彼女に抱かれていたルルも、そのまま地面へと倒れる。


だが、パレットは顔を下げない。


地面に両手両膝をついても、目の前にいる禁術を名乗る光からは目を離さないでいた。


《そうか……そういうことか》


じっとこちらを睨みつけているパレットを見て――。


禁術を名乗る光は何かに気が付いたようだった。


《お前は……この少年――ロロ·プロミスティックの代わりに大陸の礎となるつもりなのだな》


それから禁術を名乗る光は言葉を続けた。


魔法陣の光を浴びても立っていられるほどの強い魔力。


たしかに、それならば十分この大陸を浮遊させることができる人柱となるだろうと。


だが、もう遅い。


ロロ·プロミスティックはすでに人柱として、この大陸オペラに飲み込まれた。


今や彼はこの大地を浮かすための装置になったのだと、無感情にいう。


それを聞いたパレットは、よろよろとだが立ち上がり、そして吠える。


「あたしは代わりになるつもりで来たんじゃない! ロロと話をしに来たんだ!」


中心部から魔力を供給し続けないと、この大陸が浮いていられないことは聞いた。


それと禁術の力で大陸を浮かすと、その余波で空疫病くうえきびょうが蔓延してしまうことも知っている。


だが、ロロが一人犠牲になるのはおかしい。


そう、彼女は喚き続ける。


「あたしには選べないよ! ロロとオペラに住む人全員なんて! どっちを優先すべきかなんて! 子どものあたしにわからない……だけどッ!」


それでも――。


どうしていいかわからないけど――。


今はただロロと話がしたい――。


パレットはそう叫ぶと、魔力を込めた指輪からヴァイオリンと弓を出す。


「それを邪魔するなら、たとえ禁術が相手だってやってやる!」


弓をヴァイオリンの弦へと当て、演奏を始めようとしたパレット。


自分ができる唯一の魔法。


奏でる音に魔力を込める技で、禁術を名乗る光を倒そうとした。


《愚かなり……。少々魔力が高いからといって図に乗るな、小娘。我は歴代の魔女や魔法使いが繋いできた禁術なのだぞ》


だが、音が鳴る前に魔法陣から再び光が放たれた。


光を浴びたパレットは堪えたが、傍にいたルルが吹き飛ばされてしまう。


それに気が付いた彼女は、ヴァイオリンと弓を指輪へと戻し、ルルの体を抱きしめて転がった。


「ルル、大丈夫だよ……。あなたが目を覚ます頃には、きっとロロと話ができるからね」


無事にルルを救えたパレットは、全身を押さえ付けられるような感覚を味わいながらも、微笑んでいた。


だが、それはただの強がりだ。


少しでも気を抜けば、すぐにでも地面に叩きつけられる。


いや、むしろ今すぐ倒れてしまったほうが楽になれるだろう。


それでも彼女の笑顔は、必ずロロと話をするという自身を奮い立たせるためのものでもあった。


ルルを地面に優しく置いたパレットは、再び魔法陣の前――禁術を名乗る光と向き合う。


禁術がいう。


お前は何がしたいのだ?


少年と代わるつもりもない。


少年を救うつもりもない。


ただ話がしたいだけで、何故そこまで命を懸けれる?


《理解できぬ……。長いオペラの歴史の中でもお前のような者は初めてだ》


今までも人柱に選ばれた者を救いに来た者はいた。


代わりに自分を差し出す者もいた。


だが、会いに来ただけでここまで抵抗できた者はいない。


圧倒的な力の差を前にしても一歩も引かないパレットを見た禁術は、あまりの不可解さにその手を止めてしまっていた。


「ロロ! 聞こえているんでしょ!? あたしだよパレットだよ! 聞こえているのなら返事をしてぇぇぇッ!」


そして、ついには魔法陣の中にまで入ってきたパレットは、宙に浮かんでいるロロに向かって大声をあげるのであった。

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