35

――パレットたちが家を出た頃。


ロロを乗せた飛空艇が船団を連れ、空中大陸オペラの中心部――この大地の地下へと向かうために港を出発していた。


一斉に帆を広げ、回転翼かいてんよくを動かすその姿は、まるでこれから戦争にでも行くような仰々しさだ。


それを指揮しているのは、空中大陸オペラの警察――スカイパトロールのリーダーであるフロート·ガーディング。


彼はすべての飛空艇が港を出るのを確認すると、船内にある一室へと歩を進めた。


フロートは、揺れる船の上を歩きながら、あることを思い出していた。


ロロを追っていたときに出会った少女――パレット·オリンヴァイの言っていたことだ。


いくら大陸を浮かせ続けるためとはいえ、子どもにすべて背負わせて、大人たちは何をやっているのか――。


彼は昔から自分が思っていたことを改めて言われ、迷いが生じていた。


本当にこれでいいのか?


あのヴァイオリンを持った少女――パレットがいうように他の方法をもっと探すべきではないのか?


魔力が高い者――人柱の代わりとなる大陸を浮かすやり方を見つけなければ、このまま犠牲者が出ることが続く。


だが現状で他に何があるというのだろう。


すでに人柱がいなくなったこの大陸では、引き継ぎのときに唱えた禁術の影響で空疫病くうえきびょうが蔓延し始めている。


迷うな。


今はこのやり方しかないのだ。


昔からオペラに住んでいた先人たちも、それ以外に大陸を維持する方法を見つけられなかったのだ。


それなのに、たかが警察風情に何ができるのか。


自分はこの大陸を守るためにスカイパトロールになったのだ。


あの少年――ロロ·プロミスティックには同情するが、これまでも誰一人として強制的に人柱にされた者などいない。


最後は皆、自分の運命――大陸を浮かすことを望んで自らを犠牲にしてきたのだ。


忘れるな。


自分の仕事はこの空中大陸オペラを守ることだ。


それを、一時の感傷などで惑わされていてはいけない。


「ロロ·プロミスティック殿。失礼する」


フロートは、部屋にたどり着くと扉をノックしてから中へと入った。


部屋には、窓から空を眺めているロロがいる。


ゆっくりと振り向いたロロへフロートは、頭を下げて飛空艇が出発したことを伝えた。


そして、鋭い視線でロロのことを見つめる。


「これからのことを、もう一度説明させていただく」


祭壇での引き継ぎが行われた瞬間、ロロは人柱となる。


そうなったらもうそこにある魔法陣からは出られなくなり、次の人柱と代わるときに唱える禁術で命を落とし、その生涯を終えることとなる。


そう、酷く事務的な声で言葉を続けた。


「一応、最後に何か望むことがあればできる限りのことはするが、なにかあるかね?」


訊ねられたロロは、力なく首を左右に振った。


それを確認したフロートは、「わかった」と言い、部屋を出て行くとする。


「……待って」


扉のドアノブを握っていたフロートだったが、ロロに呼び止められたため、再び彼のほうを見た。


そこには、先ほどとは違い、小さく身を震わせているロロの姿があった。


強がっていたわけではないのだろうが、やはり怖いのだろう。


これから自分に振りかかることを考えたら当然だ。


ロロは二度と地下にある祭壇から出られなくなるのだから。


「ルルは……彼女たちのところへちゃんと行けたかな……?」


「それなら問題ない。あのムササビがルヴィの家に飛んで行ったことは確認済みだ」


「そっか……それなら思い残すことはないよ……」


ロロはそういうと、なぜかクスクスと笑い出した。


不可解に思ったフロートは、どうして笑っているのかを思わず訊いてしまう。


「いや、フロートさんってルヴィさんの話が出るとちょっと目が優しくなるから」


「き、気のせいだ! そ、それよりも祭壇へと到着したらまた声をかける。それまでになにかあれば、廊下にいる者へ言っていってくれ」


そしてフロートは、今度こそ部屋を出た。

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