第6話 有友 あさひのスキンシップと不穏な話 ② 294
「いや有友……お前、漫画とかアニメの見過ぎなんじゃないか……?」
あまりにも現実から乖離した発言に、俺は呆れるしかなかった。
世界に仇を成す悪の組織なんて実際に存在するわけがないし、もし万が一実在していたとしても、飽くまでただの女子高生でしかない未琴先輩がその当事者なわけがない。
「確かに未琴先輩は、魔王が美少女の皮を被ったみたいな迫力があるかもしれないけど、でもそんなのものの例えみたいなもんじゃないか。それを人類の敵だとかラスボスだとか……悪口にしても陳腐っていうか……有友はそんなこと言わないやつだろ?」
「ま、信じられないよね。でもホントなんだよ。アタシはただ悪意があって言ってるんじゃないんだ」
いくらなんでもあんまりで、いくらなんでもぶっ飛んでる発言に、俺はどのくらい真面目に取り合ったらいいかわからなかった。
けれど未琴先輩のことを悪く言われるのは嫌だったし、その部分にはハッキリと抗議を向けた。
そんな俺に有友は少し申し訳なさそうにしながらも、決然とした顔で返してくる。
普段と変わらない陽気な雰囲気を保ってくれているから、辛うじて悪い空気にはなっていない。
有友は俺の目の前にしゃがみ込むと、視線を合わせて言葉を続けた。
「神楽坂 未琴はぱっと見ただの綺麗な女の子だけど、一人で世界を終わらせられる力を持ってるんだよ」
「核爆弾乱射のボタンでも握ってるってか? 一人の女子にそんなことできるわけ……」
「エモーショナル・エフェクト」
「は?」
「神楽坂 未琴は、そうゆー特殊能力を持ってんの。それもとびっきり強力なね」
またなんだか奇天烈なワードが飛び出してきた。
特殊能力? 未琴先輩が超能力者だとでもいうのか?
ラスボスだとかなんだとか漫画みたいな言葉が出てきたと思ったら、更に設定が深掘りされてしまった。
見かけによらず有友は、そういう電波な思考回路の持ち主なのか?
「思春期の多感な少年少女の中で、特に周りに強い影響力を持つ人が発現する、自分の心象で世界に影響を与える特殊能力。私たちはそれを、『
「………………」
もうツッコむ気力も否定する気力も湧かなかった。
そこまではっきりと、しかもつらつらと言葉にされると、何言ってんだと呆れる気になれなかった。
それの真偽はともかくして、有友が本気で話していることが伝わってきたからだ。
努めていつも通りにしながら、けれど真剣な有友。
「信じられないっしょ」と苦笑いするその様は、俺を謀ろうとしているとは思えない。
もし突拍子もない話でからかおうとしているだけなら、少なくとも彼女は未琴先輩を貶すようなことは織り交ぜないはずだ。
「何年か前に、それを悪用する奴らが出たんだって。そいつらは『インフルエンサー』って名乗って、その影響力で世界を滅茶苦茶にしようとしたの」
「……SNSで流行を生み出す奴らかよ」
「アタシもそれ思った! いいツッコミ、流石うっしー!」
とりあえず聞くだけ聞いてみるかと思って言葉を挟んでみると、有友は嬉しそうにニカっと笑った。
こうして話を聞かされている今も、このパッション系女子がこんな電波な発言をしていることが信じられない。
でもまぁ知らない仲じゃない。言いたいことは言わせてみてもいいだろう。
「まぁその『インフルエンサー』は、もう全部倒しちゃったんだ。だから残すはその親玉、神楽坂 未琴だけなんだけど、それが厄介すぎてまだどうにもできてないって感じで。だからラスボス。世界を滅ぼそうとしている、人類の最後の脅威ってわけ」
俺が少し聞く気を出したことが嬉しかったのか、有友はすらすらと語る。
言っていることの理屈はなんとなくわかったけど、でもやっぱり納得がいかない。
そのエモなんとかという特殊能力が本当にあるとして、それを悪用して世界を脅かす奴らが本当にいたとして。
その親玉、諸悪の根源、この世界におけるラスボスが未琴先輩だということは、まるで意味がわからなかった。
「なんでそのラスボスとやらが未琴先輩なんだよ。俺には、あの人がそんな悪いことをしようとしているとは思えない。それにそもそも、世界を滅ぼそうなんて思っている奴がこんな平凡な高校で呑気に学生なんかやってるか?」
「なんでって言われると、実際に『インフルエンサー』を引き連れて出てきたことがあるからなんだけど……確かにうっしーの言う通り、どうしてここで普通の顔して高校生をやってるかはわからないんだ」
困ったような笑みを浮かべながら頭を掻く有友。
彼女自身も信じられないような部分があるのか、僅かに戸惑いが見て取れる。
「『インフルエンサー』の仲間を倒され尽くしても、神楽坂 未琴自身は何もアクションを起こさなかったんだよね。ただ普通に学生生活を続けててさ。ホント意味わっかんないんだけど、一人でも世界を終わらせる力を持ってるのは確かだから、下手に刺激もできなくて。だからとりあえず今は監視をしてるって感じなんだよ」
「……納得はできないけど、でもまぁ言い分はわかった。てかさっきから気になってたんだけどさ。有友の口振りだと、正義の味方的な組織があるっぽいけど。お前はサイキックヒーロー的な感じなのか?」
「んー、まぁそんな感じ? 別にヒーローってわけじゃあないんだけど、『インフルエンサー』みたいな『
有友はえへへと照れるように顔を緩める。
まさか自分自身が『
そこまで徹底していると、下手に否定してやると可哀想な気がしてくる。
まぁ、万が一億が一の確率でそれが現実である可能性もあるのかもしれないけれど。
「アタシはたまたま同じ学校に通ってるってこともあって、神楽坂 未琴の監視役を任されてたんだ。今は大人しくしてても、いつ世界を滅ぼそうとするかわかんないしさ」
「なるほどな。でもお前だって飽くまで高校生だろ。もし本当に世界の存亡がかかってるなら、大人とか警察が動くべきことなんじゃないか?」
「まぁそう言いたいのはわかんだけどさ、無理なんだよ。『
「んん……そう、なのか……」
一応ある程度筋が通ってる気はする。
こうして聞いている俺だってとてもじゃないけれど受け入れられないんだから、現実をよく理解している大人が取り合うわけがない。
まぁそれは全てが本当の話だった場合のことで、実際にはただのイタイ話だから大人には言えないってことかもしれないけれど。
でもそんな否定的な仮定はとりあえず置いておくとして、それでも疑問はある。
「その理屈でいくと、俺に話すのも意味なくないか? 俺だって無力な一般人で、今のところ全然信じられないんだけど」
「ま、そうだね。でも、アタシはうっしーには知っておいて欲しかったんだ。嘘くせーって馬鹿にされても、やばい奴だってドン引かれても、ちゃんと話しておかなきゃって思ったんだよ」
「どうして……?」
ニシシと笑顔を浮かべる有友は、いつものように無邪気で輝かしい。
そこからは悪意の類は全く感じられなくて、陽気に振る舞いながらも真剣さを欠かない。
そして同時にその笑顔の裏には、切実な気持ちが込められている気がした。
とても信じられる話じゃないのに、それでも耳を傾けてしまう。
それは有友が決して悪い奴じゃないって、俺が知っているから。
俺が疑問を向けると、有友は笑顔ながらも真面目に、真っ直ぐに言った。
「うっしーが、神楽坂 未琴の『特別』になっちゃったっぽいから。もしうっしーがアタシの忠告通りあの人から距離を取ろうとしても、向こうからきっと近づいてくる。その時少しでもアタシが言ったことが頭の片隅にあれば、きっと違うと思うからさ」
そう言う有友を目の前にして俺は、コイツのことを信じないといけないんだと悟った。
電波な発言の数々。漫画じみた設定。未琴先輩がラスボスだのなんだのということ。
それらを信じることはできないけれど、でも。
有友が俺に向けてくれているその心だけは、信じなきゃいけないんだと。
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