第9話 有友と、安食ちゃんと草むしり ① a-2

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 校内の清掃なんていうものは日頃各クラスに割り当てられていて、凡そは行われている。

 だからボランティア部がやる清掃は、普段はなかなかやれないことだったりする。

 内容はその都度違うらしいけれど、今回俺が有友と安食あじきちゃんとやるのは敷地内の草むしりだった。


 花壇の世話や管理は美化委員の仕事だけれど、それ以外の校庭だったり体育館裏だったりはあまり細かくは手入れされていなくって、よく見れば雑草が生え散らかっている。

 それを引っこ抜いたり、ついでにゴミ拾いをしたりするのが今回の俺たちの仕事だった。


 正直こんなクソ暑い時期に屋外活動なんて勘弁してくれよと思ったが、今回のスケジュールは屋外と屋内の二択だったから、俺たち後輩組は進んで屋外を選ばざるを得なかった。

 まぁ敷地内全面を一気にやらなくてはいいといっても範囲は広いから、一人でも人手が多いこっちがやった方が効率がいいだろう、という理由もあるし仕方がない。


「あっつぅ〜い。こりゃ拷問だよぉ〜」


 カンカン日照りに晒されながら三人でえいこらと草むしりをしている中、有友は力なく呻いた。

 その薄褐色の肌にたくさん滲んだ玉のような汗を、体操着の裾を持ち上げてぐいっと拭う。

 豪快なその仕草はキュッと引き締まった腹を躊躇いなく晒していて、とても目のやり場に困った。


「こんな暑い中で毎日体を動かしてる運動部とかマジ尊敬。こんなの自分から熱中症になりにいくようなもんっしょ」

「日差しはお肌にも悪いですからね。あさひ先輩もこの時期は帽子用意しておいた方がいいですよ」


 パタパタと体操着をはためかせて風を作る有友に、安食ちゃんが膝を抱えながら言う。

 その言葉通り彼女の頭にはツバが大きめな帽子が乗っかっていて、日差し対策は万全だ。

 けれど彼女のふわふわで毛量の多い長い髪がとてつもなく暑そうなんだけれど、そっちはそっちで大丈夫なんだろうか。


「帽子かぁ。アタシ普段被らないから全然持ってないんだよねぇ。それになんか、余計に頭熱くなりそうだしさー」

「いえいえ、日差しを避けられる分むしろ涼しくなりますよ。今度他のやつ持ってくるので、次は貸してあげますね」

「マジで!? かぁちゃんサンキュー!」


 暑さに参りながらもカラッとした笑顔を失わない有友。

 体操着の袖をぐるぐると巻き上げて肩まで剥き出しにしている彼女は、今度は裾部分をぎゅっと結って腹出しをし始めた。

 下に履いているジャージのズボンも膝くらいまでたくし上げて、惜しげもなく肌を晒しだす。


「有友って暑いの苦手なのか? なんとなく、夏にパーっと遊ぶのが好きそうなイメージだけど」

「んー苦手な方かも。でも夏の遊びは好きだから、遊んでる最中はそんなに気になんないんだよね。でもこうやってジリジリ照らされてると結構しんどいねぇ」


 ヒーヒー言いながらもしっかりと草むしりを続けている有友は、しかし笑顔は忘れずに答える。

 その体操着は汗でしっとりと濡れ始めていて、色々と透け始めていて危険だった。


「普段は暑いから夏なんて早く終われよーって思うけど、でもイベントごとは楽しいよねぇ。夏休みなんて遊ぶためにあるようなもんだしさっ」

「夏のイベントごとといえば、次の日曜日はこの辺りで夏祭りがありますよね」


 色んな遊び事を思い浮かべて楽しそうにそう語る有友に、安食ちゃんもまたにこやかに言った。

 小柄で一見ひ弱そうに見えそうな彼女は、有友とは対照的に上下ジャージをしっかりと着込んでいる。

 それでいてそこまで汗をかいている様子がない。有友ほどではなくとも俺だってかなり汗だくなのに、一人だけケロッとしている。

 帽子はもちろん、しゃがんでいると体を覆い尽くしそうなその長い髪が体感温度を下げているんだろうか。


「そうだ、夏祭りはみんなで行きましょうよぉ。五人で行ったらきっと楽しいですよ」

「いいなそれ。やっぱりみんな浴衣着たりするのか?」

「私服で行っちゃうこともありますけど、今回はそれもいいですね。うっしー先輩は、私の浴衣、見たいですか?」

「そ、そうだな、見てみたいかな」


 なんの気無しに言った俺の言葉に、安食ちゃんはおずおずと視線を向けてきた。

 少し照れ臭そうに、でもどこか嬉しそうに頬を緩めている。

 その奥ゆかしい反応は、ぐいぐいとくる未琴先輩や有友とは違った感じがして、こっちもちょっと照れてしまった。


「ちょっとちょっとかぁちゃん! ここは違うでしょー!」


 うふふと笑っている安食ちゃんに、有友がガバッと立ち上がった。


「夏祭りだよ!? 浴衣着るのはとーぜんとして、こんなイベント逃しちゃダメでしょ!」

「え? だからみんなで行きましょうって……」

「そーじゃなくて。こうイベントこそ、うっしーをデートに誘う絶好の機会じゃん!」

「…………!」


 ビシッと指を刺して宣言する有友に、安食ちゃんはハッと目を見開いた。

 ちっちっちと有友はそのまま指を振って肩をすくめる。


「こんなあからさまなイベントごとを逃すなんてダメダメ。ん、いやもしかして、自分が誘う勇気がないからって、誰も誘わせないように牽制ってこと!? みんなでいれば抜け駆けできないだろって、そんな強かな算段なわけ!?」

「ち、違いますよぉ〜。私はただ、みんなの方が楽しいかなって思って……」

「確かにみんなは楽しい! 私もいつもなら大勢でパーっとやってるしね。でも今回は、しっかり恋の駆け引きに使わなきゃ!」


 そう堂々と力説する有友に、安食ちゃんは真面目な顔をしてふむふむと頷いている。

 有友と安食ちゃんではキャラがかなり違うから、有友の作戦や方針が安食ちゃんに参考になるかはよくわからないけれど。

 それでも真剣に耳を傾けていた安食ちゃんは、けれどすぐにはてと首を傾げた。


「でも、それって今うっしー先輩の前で言っていいんでしょうか。これから誘ったら、すごく打算的になっちゃいません……?」

「あ、あー…………」


 その素朴な疑問に、勢いに乗っていた有友がピキッと停止した。

 固まった笑顔のまま俺の様子を窺ってくるものだから、「知らねぇよ」と目配せを返しておく。

 まぁみんなが好意を向けてくれていることは明らかだから、そういう意味では全ての誘いに思惑があるってことにはなるから今更とも言える。

 けれど確かに、当の俺の前で作戦の話をするのがベストかといえば違うんだろうな。


「痛っ……」


 そんな風に楽しくお喋りをしながら草むしりをしていた時、太めの蔦を引き抜こうとした俺は、手を滑らせてしまった。

 硬い部分をずるっと擦ってしまって、軍手越しであるけれど人差し指を引っ掛けてしまった。

 白い布地に、じんわりと血の赤が滲む。


「あ、大変!」


 軍手を外して傷の具合を確かめる俺に、安食ちゃんが慌てて駆け寄ってきた。

 傷自体は大したことはなくて、本当にちょっと引っ掛けただけの小さな切り傷だ。

 けれど安食ちゃんはまるで大怪我をしたみたいにハラハラと俺の腕に縋り付いて、指を覗き込んできた。


「大丈夫だよ安食ちゃん。これくらい適当で……」

「だ、だめですよぉ。こういうのもちゃんとしないと」


 へっちゃらだと言う俺に、安食ちゃんはムキになって首を横に振る。

 その小さな手で俺の手を大事そうに掴んで、適当なんて許さないと訴えてくる。

 じゃあ一応手を洗って保健室で絆創膏でも貰ってこようかなと思っていると、突然安食ちゃんが俺の手をぐいっと引き寄せた。


「はむ」


 安食ちゃんの小さな唇が、俺の人差し指を咥えた。

 ちうっと指先を吸い、温かく柔らかな舌先が傷口をそろっと舐める。

 そのトロッと温かな感覚と、なんとも言えない背徳的な光景に、一瞬で俺の頭は真っ白に弾けた。


「あ、安食ちゃん……い、一体、何を……」

「応急処置です」


 ちゅちゅっと俺の指を舐めた安食ちゃんは、にっこと控えめな笑顔を俺に向けてくる。

 確かに唾をつけておけば治るような傷だけど、だからってこれは、その、色々いけない感じがする……!


「あー! 何それ、アタシもやーりーたーいー!」

「バ、バカ! 有友! そういうのじゃないから……!」


 俺と安食ちゃんのやりとりを見て、有友が大口を開けて飛び込んできた。

 すぐさま俺の手に齧り付こうと手を伸ばしてくるものだから、俺はもう片方の手で必死の牽制を試みる。

 それでも彼女はなかなか諦めず、口をあーんと開けながらバタバタと抵抗を続けた。


「もう、あさひ先輩。別に私は、うっしー先輩の指を舐めたくてしたわけじゃないんですからね。飽くまで治療です」


 やんやんと喚く有友にそう言って嗜めながら、安食ちゃんはジャージのポケットから小さなポーチを取り出した。

 そこから抜き出したピンクの可愛らいし絆創膏を、いそいそと俺の指に巻きつけてあっという間に手当てを完了させる。

 準備の良さといい手際の良さといい、とても女子力が高かった。


「あ、ありがとう安食ちゃん」

「いえいえ、これくらは。指先って地味に痛いですからね。大丈夫ですか?」

「うん、安食ちゃんがしっかりテキパキやってくれたから問題なし。どっかの誰かさんとは大違いだ」


 いきなり指を舐められた時はどうしようかと思ったけど、その甲斐甲斐しさは単純に嬉しいしありがたかった。

 お礼と共に未だブーブー言っている有友を横目で見やると、更に拗ねた視線が返ってきた。

 そんな姿に思わず吹き出して、安食ちゃんもニコニコと顔を緩ませて、それに釣られて有友もケラケラと笑い出す。


「あ、結構ゴミ溜まってきちったね。そろそろ一回捨てに行こっか」


 ひとしきり三人で笑い合ってから、有友がふとそう言い出した。

 確かにいつの間にかいくつかの袋がいっぱいになっていた。


「じゃあ俺が捨てに行ってくるよ」

「一人じゃちょっと大変っしょ。アタシも行くよ」


 荷物運びは男の仕事だろうと名乗りをあげると、有友も勢いよく手を挙げた。

 そこに安食ちゃんが慌てて声をあげる。


「せ、先輩方にはさせられません。私が行ってきますからっ」

「いーよいーよ気にしないで。かぁちゃんにはちょっと運びきれないっしょ」


 にこやかにそう断って、有友はゴミ袋を持ち始める。

 確かにパンパンに詰まった袋を何個も、小柄な安食ちゃんが一人で運べるとは思えない。


「こいうことで先輩後輩気にしなくていいよ。でもそうだなぁ、ちょぴっと日陰に避難する権利を先輩に譲って、ってことで」

「わ、わかりました。それじゃあ、お願いします」


 さらっと気を使わせない言葉を並べた有友に、安食ちゃんは素直に頷いた。

 その辺り、有友は人付き合いが得意だ。


 画して、有友と二人で草のたっぷり詰まった袋をゴミ捨て場に持って行くことになった。

 両手に袋を抱えながら肩を並べて歩き出してしばらく、有友がこちらを見てニシシと笑った。


「二人っきりになっちったね」

「そういうことか。お前ってやつは……」


 無邪気に笑ってそういう有友に、俺は溜息をつかざるを得なかった。

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