第11話 未琴先輩と、姫野先輩と倉庫整理 ① m-2

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 未琴先輩と姫野先輩の三年生コンビの担当は、先生から頼まれた資料室の清掃だ。

 普通の特別教室や、それに付随する準備室などは、関連する部活や委員会が管理をしているらしい。

 でもそれらには属さない雑多な資料室なんかは明確な担当がないらしく、こうしてボランティア部の校内清掃の一部に回されているようだ。


 俺がやや遅れてくだんの資料室へと赴くと、なんだか言い争いをしているような声が聞こえてきた。

 廊下まで響いてくるその声の主は姫野先輩のもので、相手だろうと思われる未琴先輩の声は聞こえてこない。

 もしや何かシビアな衝突になっているのではと、俺は聞きつけてすぐに駆け足になった。


「もう! うっしーくんが私の胸には興味がないって、どういうことなの!?」


 資料室の扉を開こうとした時に聞こえてきたその声に、俺は思わずズッコケそうになってしまった。

 一体どういう話をしていればそうなって、そして何故そこでムキになっているんだ。

 こちとら世界うんぬんのトラブルになっていると思って慌てたのに。

 このままトンズラして有友と安食あじきちゃんの所に行ってもいいかなぁ。


 予想以上に平和的な言い争いのようで拍子抜けした俺は、むしろちょっと馬鹿馬鹿しい気分になってしまった。

 それに、その話題の最中に入っていくなんてことは俺にはできない。

 何が発端でそういう話になったのかはわからないけど、矛先が俺に向くことは確実だろう。


 先輩方には申し訳ないけど、ここは退散させてもらおうかな。

 そう思って扉にかけた手を離そうとした時、ガラッと扉が開かれて未琴先輩が姿を表した。


たけるくん。来る頃だと思った」

「お、お疲れ様です……」


 ジャストタイミングで俺の来訪を察知した未琴先輩を前に、俺は逃亡の機会を逃してしまった。

 その落ち着いた笑みに迎えられ、俺はぎこちない笑みを浮かべるしかなくて。

 けれどそんな俺のことなどどこ吹く風、未琴先輩は穏やかな面持ちで俺の手を取って室内へと引き入れた。


「遅いようっしーくん。でも、ちょうどいい所に来たね」


 俺を見つけてニコッと笑みを浮かべた姫野先輩だけれど、俺にとっては全く『いい所』ではない気がしてならない。

 見てみれば、資料室の中は中途半端に荷物が動かされたままで、埃っぽい所もまだまだ多い。

 始めたばかりだとしても、ほぼ何もしていなかったような雰囲気がする。


 物騒な言い争いではなかったとしても、なかなか厄介ないざこざが起きていたんだなと、その光景を見るだけでもよくわかった。

 さぁどうしたものかと思っている俺に、姫野先輩がトテトテと近づいてくる。


「ねぇねぇうっしーくん。おっきい胸と小さい胸、どっちが好き?」


 いきなり、何の前振りもなく、単刀直入に爆弾をぶち込んできた姫野先輩。

 そのど直球な質問に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「さ、さぁ。どっちも良いんじゃないんですかねぇ」

「濁さないでよぉ! うっしーくん、私の胸が当たる時デレっとするでしょ? 大きいの好きだよね?」

「是非ともノーコメントにさせて頂きたいんですが」


 ぐいぐいと迫ってくる姫野先輩に、俺はたじたじしながら言葉を絞り出した。

 男として大きな胸に魅力を感じるのはそうだけど、だからといって大きいのが好きだと力強く断言できるかと言えば違う。

 モラル的にもそうだし、今この状況では特に無理だ。


「な、何でそんな話になってるんですか。ほら、ちゃっちゃと掃除しちゃいましょうよ」

「だって神楽坂さんが、うっしーくんは私の胸には興味がないって言うから」


 それはさっき外で聞いた。なんていう話をしてるんだこの先輩たちは。

 むーと膨れ面をする姫野先輩も大変愛らしいんだけれど、今は掃除の時間ですからと促す。

 姫野先輩は渋々と手を動かし始めて、状況を静かに眺めていた未琴先輩もそれに倣って動き出した。


「男の子はみんな胸、好きだよね? 大きい方がいいよね?」

「まだ続くんですか、その話……」


 ちゃんと掃除をし始めながらも、話題を譲ろうとしない姫野先輩。

 男友達とならともかく、女子とそんな話をするのは気まずい俺は、辟易とせざるを得なかった。


「うーん。ひとまずそれは置いておいて……なんでそんなことで喧嘩してるんですか」

「そもそもは、ただ服装の話をしてたんだよ。私は上だけジャージ着てて、神楽坂さんは下だけジャージでさ。上が体操着だと、夏は汗かいたりしたら透けちゃわない?みたいなことを話しててぇ」


 俺の嗜好を追求されるのは避けたいと、仕方なく会話の発端を掘り下げる。

 姫野先輩はのんびり作業を続けながら、話し始めた。


「神楽坂さんはそんなに気にならないって言うから、あなたは着心地ゆったりだもんねぇって話になって。そしたら段々と、こう……」

「………………」


 これはなんていうか、姫野先輩の方から仕掛けちゃってるなぁ。

 巨乳と言って差し支えない豊かな胸を持っている姫野先輩は、内側から服を押し上げるせいでパツっとして、濡れたり、そうじゃなくても透けやすいんだろう。

 けれど対して全体に細身の未琴先輩では、服にパツパツ感なんて出ず、ゆったりした着心地になる。

 そうすればまぁ、パツパツの人に比べれば透けたりなんだりはしにくいわけで。


 多分姫野先輩も喧嘩を売ったつもりはないんだろうけど、大きい人とそうではない人の格差、みたいなのが今回の発端なんだろう。

 これは、一番仲裁したくない類の争いだ。むしろ物騒な話の方が良かったと思ってしまうほどに。


 どうしたものかと未琴先輩の方に視線を向けると、穏やかな笑み中にも少しムキになったような視線が返ってきた。


「胸は大きい方が良い、みたいなことを言いたそうだったから、『尊くんは脚が好きだから、あなたの胸がいくら大きくても興味ないんじゃない?』って教えてあげたの」

「どうしてそんな余計なこと言っちゃうんですか」


 そこで俺の性癖を暴露する必要性がどこにあるんだろうか。

 いやまぁ、あまり胸が大きいとは言えない未琴先輩が、大きな姫野先輩に何か言い返したかったんだろうけど。

 でもこう、もう少し色々と方法があったんじゃないだろうか。


「ねぇうっしーくん、本当? 胸よりも、脚が好き?」

「いや、それはですねぇ……」

「好きだって前に言ってたよ。膝枕してあげた時、とっても喜んでた」

「お、覚えがないですが……!?」


 ジリジリとにじり寄って、眼鏡越しにくりくりな目を向けてくる姫野先輩。

 対して堂々と構えながら、ゆったりと暴露を続ける未琴先輩。

 ていうか、その膝枕されて喜んでいた俺って、ループの中でのいつかの俺か? なんでそこから今に繋がってないんだ……!


「姫野先輩は、そんなの関係なく素敵な人だと思いますよ」

「うっしーくん、今そういう話してないから」


 苦し紛れに、人は見た目じゃないよ的な話にシフトしようとしたら、姫野先輩にまぁピシャリと振り払われた。

 顔は可愛いのに圧が怖い。未琴先輩の静かな圧とは違う、ぷりぷりした感じのプレッシャーだけど。


「別に私だって、自分の胸に確固たる自信があるわけじゃないけどさ。でも、うっしーくんは好きなのかなぁって思ってた。じゃあ今は、こうやって出してる脚の方が、見ちゃう?」

「えーーっと……まぁなんていうか、姫野先輩の脚は綺麗だと思いますよ」


 俺が胸よりも脚優先かの話は置いておいて、素直な感想を述べてみる。

 姫野先輩は基本的にスタイルがよくて、出るところと引っ込むところのバランスがとても良い。

 太ももだって柔らかそうなむちっとした肉付きで、十分美脚と呼べる御御足おみあしだ。


「ホント? でも、神楽坂さんに比べたらちんちくりんじゃない」

「いや、そんなことは……」


 嬉しそうに少し顔を綻ばせ、けれどすぐに不安そうにする姫野先輩。

 この状況で比較はしたくないと思いつつ、俺はつい未琴先輩の方を見てしまった。


 今はジャージを履いて素足を隠してしまっている彼女だけれど、その上からでもスラッとした流線美はよくわかる。

 未琴先輩は姫野先輩よりも五センチくらい身長が高いし、腰の位置もきっと彼女の方が高そうだ。

 そう見れば確かに、未琴先輩の脚の方が流れるような美しさを持っている。

 それでいて丁度いい肉付きのハリがあるから、俺個人としては文句のつけどころがない美脚なんだ。


 二人どちらとも綺麗な脚を持っているとは思う。

 でも比べるとしたら、どっちがより美脚かと問われれば、俺は未琴先輩と答える他ない。

 けれど今、そんなことを言えるわけがなかった。


 未琴先輩の脚を褒めそやしたい気持ちはあるけれど、それは今することじゃない。


「どっちがどうとかじゃなく、俺は姫野先輩の脚も好きですよ。それに胸の方だってその……魅力的だと思いますし」


 何をあっけらかんと言っているんだと思いつつ、場を収めるためには仕方がないと言葉を並べる。

 姫野先輩はその回答に少し不満そうにしながらも、やや落ち着いた表情を見せた。


「そう? じゃあうっしーくん、私の胸が当たったら、嬉しい?」

「そりゃ嬉しいですとも」


 そんなこと女子相手に断言することじゃないだろうと思いつつ、もう腹を括って大きく頷く。

 まぁ女子の胸に触れて嬉しくない男なんてそうそういないだろうし、一般的見解を述べたことにしておこう。


「じゃあ、うっしーくんは私の胸に興味ある?」

「健全な男子高校生なんだから当然です」

「だってさー!」


 内心気まずさで爆発しそうになりながら答えると、姫野先輩はパァと笑顔になった。

 そして透かさず胸を張って、未琴先輩に対してドヤ顔を浮かべる。

 それ、同じことの繰り返しになるのでやめてくれませんかね。


「ふぅん、そう」


 もしや、またしれっと爆弾発言をして対抗するかと思ったけれど、未琴先輩の反応は落ち着いていた。

 とりあえずこれ以上ゴタゴタすることないかなと安堵していると、未琴先輩が徐に近付いてきた。


 浮かべられた柔和な笑みの中には、やはりひどく静まり返った重々しい瞳があって。

 一見穏やかそうな風体でやってきた未琴先輩は、俺の耳元に口を近づけ、そっと囁くように言った。


「次の膝枕は、しばらくお預けだね」

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