第13話 未琴先輩と、姫野先輩と倉庫整理 ③ m-2

 部活が終わった後はみんなで駅まで帰るのが、早くも恒例になっている。

 俺と未琴先輩と有友は同じ路線で、姫野先輩と安食あじきちゃんがもう一本通っている別の路線を使っている。

 それでも駅まで行くのは変わらないしと、気がつけば当然のようにみんなで帰るようになっていた。


 今日も例に漏れずみんなでわらわらと帰路について、けれど有友の提案で駅前のファストフードのハンバーガーショップに寄ることになった。

 俺と未琴先輩の歓迎会をまだやっていなかったとかで、まぁみんなで遊ぶ口実なんだろうけれど、ささやかながらパーっとやることになったんだ。


 安売りしていたポテトやナゲットのパーティーパックをみんなで買って、トレーに山盛りに積み上げて。

 テーブル席の一角を五人で占領して、俺たちはしばらくおしゃべりに花を咲かせた。


 男友達と似たようなことをしたことはあったけれど、女子たちに囲まれてというのはまた違った感覚で。

 華やかさと姦しさを絶妙にブレンドした空間は、案外心地よかった。

 部活中にみんなで駄弁ることはよくあったけれど、こうして帰り道の立ち寄りとはいえどこかに出向いてというのは初めてで、それはそれで新鮮だったというのもある。


 会話の中身は普段と何も変わらない、取り留めのないお喋りだったけれど。

 でも心なしかみんないつもよりも楽しそうで、とっても友達という感じがした。

 未琴先輩も、あまり口数が多い方ではなかったけど、次々に飛び交うみんなの話に耳を傾けてひっそり微笑んでいたりして。

 五人で過ごす時間というのが、徐々に馴染んできているような気がした。


 調子に乗って買いすぎたかと思っていたポテトやナゲットは、なんだかんだとあっという間になくなった。

 みんなは途中からペースが落ちていたんだけれど、不動の速度で食べ進めていた安食ちゃんが大体処理してくれた結果だ。

 彼女は別に、自分用でハンバーガーを三個も買っていたのに、だ。

 もう慣れたけれど、彼女の無限の食欲は未だに底が知れないと痛感した。


 トレーの上もカップも空っぽになったところでボチボチお開き。

 それでも喋り足りないのか、みんなぺちゃくちゃと話し続けながら団子になって改札へと向かって。

 いつも通りに二手に分かれ、俺は未琴先輩と有友と一緒に各駅停車の電車へと乗り込んだ。


「ねぇたけるくん。最近、楽しい?」


 電車に揺られて少しして、未琴先輩が不意にそう尋ねてきた。

 三人で並んでシートに座る、俺の左に構えている彼女は、俺の太ももにそっと手を乗っけている。

 有友は右側に陣取って、俺の腕に自分の腕を引っ掛けて寄りかかってきながら、今はスマホと睨めっこしている。

 溜まっていたメッセージたちにバンバンと返信をしているようだ。


「そうですね。なんだかんだ楽しいです。そう言う未琴先輩は?」

「うん。私も、楽しいかも」


 突然の質問に面食らいながらも返答しつつ返してみれば、未琴先輩は落ち着いたトーンで頷いた。

 不動の微笑みを浮かべる美しい横顔は、何を考えているのかわかりにくいけれど、でもその言葉通り楽しげな気がしなくもない。


「今まで同級生と話すことはもちろんあったけど、こうやって誰かとずっと時間を共有したり、まして遊んだことってなかったから。とても新鮮というか、未知の体験で。この感覚が、楽しいってことなのかな」

「普段、人と遊んだりしないんですか?」


 静かにそう語る未琴先輩に、俺は思わずストレートに尋ねてしまった。

 思えば俺は、未琴先輩のことをまだ全然知らないと思って。

 彼女元来のミステリアスさに甘えて、超絶美人の有名人というところから情報が全然アップデートできていない。

 ラスボスだのなんだのと、余計なことだけはどんどん知ってしまっているのに。


 ちょっと不躾だったかなと思ったけれど、未琴先輩は平然と頷いた。


「うん。そういうことに興味がなかったわけじゃないんだけど、機会がなくて。どうしたらいいのかもわからなかったし。でも、尊くんと出会ったことでこういうことも知れた。ありがとう」

「俺は全然何も……。みんなに振り回されてるだけですし。お礼を言うならむしろ……」


 そう首を振りながら、俺は思わず隣の有友に目を向けた。

 未琴先輩が部に足を運び、そしてそれをみんなが受け入れた。

 今の関係性はそんなみんなの努力の賜物だけれど、有友が場を和ませてくれている恩恵は割とあると思ってる。

 みんなの色んな思惑が入り混じっての今だけれど、特に有友の抱き込むような朗らかさが、打ち解けるのに一役買っていたはずだ。


「お、なになに?」


 俺が視線を向けたことに気づいた有友が、ニパッと気持ちのいい笑顔を浮かべた。

 ちょうどメッセージの嵐を捌き終えたのか、画面を閉じてこちらに身を寄せてくる。


「いや、俺と未琴先輩がボランティア部に入ってから、最近楽しいなって話。有友とかみんながよくしてくれるからさ」

「何その水臭い言い方〜。アタシたちもう同じ部員だし、みんなで友達っしょ? 仲良くするなんて当たり前! ま、確かに今までよりももっと楽しくなってるけど、それは二人が増えてくれたおかげだよ〜」


 屈託なく笑う有友は、本当に純粋に輝いていた。

 今この場において、きっと彼女の中には恋愛バトルとか、まして世界滅亡の危機すらも無くなっている。

 ただみんなと仲良く部活をして、遊んで、そうやってはしゃいでいる今が何より楽しい。そう思っている無垢な笑顔に見えた。


「なんなら毎日ああやってみんなで寄り道したいくらいだね。お金が無限にあって、どんなに食べても太らなきゃだけど……」

「みんな……。あさひちゃんは、大勢でいることが好きなの?」


 笑顔の中に現実的な渋みを浮かべていた有友に、未琴先輩がポツッと尋ねた。

 有友は一瞬キョトンとしてから、すぐに笑顔を浮かべて大袈裟に頷いた。


「もっちろん! だって、大勢でおんなじ楽しいことを共有できるって、すっごいし嬉しくない? いっぱいの人と繋がれてるって感じがして、アタシはちょー好きなんだ! みこっち先輩は苦手?」

「どうだろう、あんまり経験がないから。でも、悪くないとは思うよ」

「でしょ!? だからアタシは楽しければ楽しいほど、もっともーっと、色んな人とシェアしたーいって思うんだ!」


 今が人生の絶頂と言わんばかりに、有友はパーっと楽しげに語る。

 それに淡々と耳を傾ける未琴先輩は少しチグハグして見えたけれど、ある意味バランスが取れているような気がした。

 テンションが正反対なのに、穏やかな会話が自然と成立している。


「でも、そうしたら尊くんと二人きりの時間はあまり取れないんじゃない? あさひちゃんも尊くんのことが好きなんだよね」

「うーん、そうだねぇ。確かに好きな人と二人っきりってのも楽しそうだけど。でもアタシはどちらかって言うと、みんなで楽しい中で、そこに好きな人もいたらもっとサイコーって思うかな! だからアタシは今、ちょーサイコー中!」


 腕を絡める力を強めながら言う有友の笑顔があまりにも幸せそうで、不覚にもドキリとしてしまった。

 好き好きと容赦なく言われたのもそうだけれど、その言葉と笑顔に全く偽りがないように感じられて。

 ストレートな感情表現に、自然と俺の心臓は鼓動を早めた。


「なるほど。私にはなかった考え方だな。けれどそれだと、デートも碌にできなさそう。そういう楽しさはいいの?」

「そりゃデートだってしたいよ? でもそれはそれっていうか……あ、デートするなら友達とダブルデートとかするのもいいなぁー」

「本当に、たくさんの人といるのが好きなんだね、あなたは」

「もちろん! だってみんな、アタシの大切な人たちだからね! 当然、みこっち先輩もだよ」


 歯を剥き出しにして笑って、有友は俺に覆い被さるように身を乗り出した。

 対する未琴先輩は、静かな笑みを浮かべたままながらも少し驚いたようにしている。


「まぁ色々あるけど、今は同じ部員で友達だし。アタシの楽しい毎日の一員に、みこっち先輩はもうなってるし。だからライバルだけど、でもみこっち先輩もアタシの大切なお友達っ!」

「私まで、そんな風に思ってくれるんだ。嬉しいけど、ちょっと節操がないんじゃない?」

「そーんなことないよ。だって、きっかけはどうあれ、こうやって出会ったのって運命じゃん。運命的に出会って、そんで一緒にいて、それがちょっとでも楽しかったら、もうそんなの大切に決まってるっしょ!」

「運命、か……」


 当たり前のように有友が口にした言葉を、未琴先輩は小さく反芻した。

 前に確か、運命は存在しないと思っているとか、そういう話を聞いた気がする。

 それを信じるという相反する思想を軸にする有友に、未琴先輩は興味深そうに視線を向けた。


「そ、運命! だって何十億って人がいる中で出会うのって絶対運命じゃん。その奇跡をアタシは大事にしたいんだ! だからアタシは、なるべくたくさんの人とその時間を楽しく実感したい。取りこぼしたりなんてしたくないんだよねっ」

「……面白い考え。欲張りなんだ、あさひちゃんは」

「そーそー欲張り! 一度になるべく沢山味わいたい系女子だよ」


 そう言って有友は俺越しに手を伸ばし、未琴先輩の手を握った。

 俺にその体がぐいぐい押し付けられるのもお構いなし。

 こちとらその柔らかさと香りで参ってしまいそうだていうのに。


 未琴先輩はといえば、握られた手をしばらく眺めてから、やっぱり不思議そうに有友を観察していた。

 まるで希少な生き物に遭遇したように、まじまじとしげしげと。


「そんなあさひちゃんが尊くんを好きになって、ゲットしたいって思ってるんだ。だからあなたは、そういう恋の仕方をしてるんだね」

「え? えぇっと……」


 目を細め、どこか探るような視線を向ける未琴先輩に、有友は僅かに顔を赤らめた。


「ア、アタシは、うっしーと出会ったことはとびっきりの運命だって、そう信じてる。だから、うっしーにもアタシを好きになってもらえるように、頑張ろうって思ってるよ」


 少し恥ずかしそうに、そしてどこか不安そうにそう言う有友。

 対する未琴先輩はとても余裕に満ち溢れていて、その態度は恋敵を前にしているとは思えないくらい悠然としていた。

 前に言っていたみたいに、最後には俺を自分のものにする自信があるからこその、その余裕なんだろうか。

 深い瞳を真っ直ぐ有友に向け、未琴先輩は微笑んでいる。


「私も当然負けるつもりはないけど。でも、これからもあさひちゃんが尊くんとどう恋をするのか、よく


 そんな未琴先輩の言葉を受けて有友は、俺の上で微かに息を飲んだ。




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