第14話 有友と、安食ちゃんと草むしり ③ a-2

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 うちの最寄り駅より一駅手前、先日デートをした駅で有友と一緒に下車をした。

 この間は詳しく聞かなかったけれど、彼女が暮らしている『家』はこの駅からバスで十五分ほどのところにあるらしい。

 街まで出てのデートじゃなかったのは、夕方からになってしまうことを考慮してのことだったんだ。


 電車を降りてから、そしてバスに揺られている間も、有友は俺の手を終始握っていた。

 デートの時は始め顔を赤らめていた彼女だけれど、もうだいぶ慣れたらしい。

 まぁそういう俺も、その手の滑らかさにしみじみしながらも、大分平常心で応対できた。


 しばらくして辿り着いたのは、施設というよりは大きめの住宅のようなところだった。

 もっと仰々しい、学校の規模が小さいようなところ、みたいなイメージがあったけれど、どちらかといえば本当にただの家だった。

 敷地内には広めの庭があって、そこでは小学生くらいの子供たちが何人かキャッキャと遊んでいる。


 有友の帰宅に気づいた子供たちは「あさひねーちゃんおかえりー」と賑やかに駆け寄ってきた。

 それに対して負けないくらい元気に応えた有友に飛びつきながら、すぐに俺の存在を発見した子供たちは、口々に「彼氏連れてきた!」と騒ぎ出した。

 好奇心半分、警戒半分。わーきゃー騒ぎ立てる子供たちに有友は「まだ彼氏じゃないよ」なんて返したりして。


 それでも俺たちを囲んで質問攻めをしてくる子供たちに、有友はそれとなくかわしつつも楽しそうに応対していた。

 決して邪険にすることなくしっかりと一人ひとり構いながら、けれど核心の部分はちゃんとはぐらかして。

 そうやって、まるで同じ小学生同士のように元気よく、でも年上のお姉さんとして悠然と振る舞っている有友は、とってもみんなから好かれているんだと、そのやり取りからとてもよく見て取れた。


 あらかた構ってからまた遊びに向かわせるところまで、有友の対応はとても手慣れていた。

「うちの子たちがごめんね」なんて困ったように笑いながら言う彼女は、けれど煩わしさのようなものは全くなくて、むしろ幸せそうだった。

 一緒に住む家族として、あの子たちのお姉さん分として、とても大切にしているんだろうことが窺えて、なんだから俺までほっこりした気分になった。


「アタシ、今一人部屋もらってるんだー」


 職員さんに挨拶をしてから通されたのは、有友の個室だった。

 本来は二人部屋なのか、ベッドも勉強机も二組置かれている。

 そのうちの一つのベッドにどかっと腰を下ろして、有友はふーっと息を吐いた。


「みんな大体何人かでひと部屋で、アタシもそれでいいって言ったんだけどさ。今高校生はアタシ一人だし、年頃なんだからプライベート確保したいでしょって言われちゃって」

「有友の場合は、むしろ他の子と一緒の部屋がよかったんだろ。賑やか好きだし」

「そーそー。でもアタシが今一番上だから、断っちゃうと変に拗れるからって。普段はちょっぴし寂しいけど、でも今はこうしてうっしーを連れ込めてるからよかったかな」

「言い方を選べよ、言い方を」


 なんかちょっぴりいかがわしい言葉を使う有友に溜息をついていると、ベッドの隣をぽんぽんと促された。

 人のベッドに、特に女子のベッドに腰掛けるなんて若干気が引けたけれど、誘われるがままに腰を下ろす。

 というか、俺今女子の部屋に来てるんじゃないか。ここが施設だからっていうので少し意識が外れてたけど。

 そう考えると、遅れて少しドキドキとしてきた。


「あの子たち、みんな可愛いっしょ。アタシの大事な兄弟たちなんだ」


 腰を下ろした俺の手をすぐに握って、有友は肩に頭を預けてきた。

 金髪がすぐ近くではらりと揺らめいて、とても女子らしい甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 その芳しさに心がゆらゆらしそうになるのを、彼女の頭の天辺を観察することで紛らわせた。

 生え際の辺りに少し黒が見えてきている。プリンってやつだ。


「今は、小学生の子たちがほとんどで、中学生が三人。もっとちっちゃい子も何人かでさ。いやーどいつもこいつも手がかかるけどいい子たちなんだよ」

「大分人気者だったよな、有友。いいお姉さんしてるんだってよくわかったよ」

「そう? ありがと。アタシにとってはみんなが家族、兄弟だからさ。とっても大事だよ。実の両親が死んじゃったのはもちろん寂しいけど、でもこうしてここでみんなに出会えた運命は、アタシとっても嬉しいんだ」


 そうしっとりと笑みを浮かべる有友は、いつものエネルギッシュな笑みとはまた違って、確かな幸せを噛み締めている顔だった。

 この家が、そしてそこで暮らす家族たちが掛けがえのない存在なんだと、心の底から大事にしているんだと、それがありありと伝わってくる。

 たくさんの友達をみんな大事にする有友らしい、深い愛をそこに感じた。


「有友って意外とお姉ちゃん似合うんだな。普段は割とやんちゃで、どちらかといえば子供っぽい方向な感じするけどさ」

「ひどーい、意外とってなにさー。アタシがもうちゃんと大人だってこと、うっしーはよくわかってるでしょ?」


 若干拗ねた有友は、そう言うとぎゅっと俺に体を押し付けてきた。

 しっかりと膨らみを持った胸がやんわりと、けれど力強く俺の腕を圧迫する。


「バ、バカ、そういうこと言ってんじゃないって……!」

「この程度で動揺するなんて、うっしーの方がお子ちゃまなんじゃなーい?」


 カッと顔が熱くなった俺に、有友はシシシと憎たらしい笑みを浮かべた。

 俺が動揺するのをわかってやってくるんだからタチが悪い。


 ちょっとムッとした俺は、キャッキャと笑いながら体を押し付けてくる有友の攻撃に少し耐えてから、急に背を後ろに倒した。

 ずっとこちらに体を傾けていた有友が突然支えを失えば、当然こちら側にバランスを崩すわけで。

 俺の膝の上に有友がぐらっと乗っかって、少々雑だけどいつぞやの膝枕のようになった。


「ッ……」


 息を飲んで、賑やかから一転静かになる有友。

 どうやら反撃は成功したようだった。

 グイグイと人をおちょくってくる反面、こういうところがコイツは案外ピュアなんだ。


「あ、えっと…………脚、触る?」

「別にいつもそれが交換条件じゃねぇよ。てか、それだってこの前お前が勝手に言っただけだし」

「じゃあ、ありがたくタダで。後から支払い請求されても無視するかんねー」


 おずおずと変なことを言い出した有友に俺がツッコミを入れると、気恥ずかしさを紛らわすような笑いが返ってきた。

 適当なことを平然を装いながらポロポロとこぼしつつ、体勢を整えてしっかりと俺に膝枕をさせる。

 けれど前みたいに仰向けじゃなくて、向こうを向いた横向きだ。


「有友が面倒見のいいやつだってことは、元からよく知ってるよ。どんなに大人しいやつだって、お前の手にかかればみんな友達だ。それもお情けとかじゃなくて、ただ仲良くしたいから、遊びたいからって構うんだからな」

「それ、褒めてる? 迷惑なやつだーってクレームじゃなくて?」


 俺が純粋な評価を口にすると、有友がぶーぶーと声を上げた。

 まぁ人によっては煩わしいと思うかもしれないけど、それに苦言を呈した奴を俺は見たことがない。

 最初は多少面食らっても、すぐに馴染んでしまう気の良さを有友が持っているからだ。


「褒めてる、ベタ褒めだ。ただ、お姉ちゃんしてる有友が新鮮でさ。でもそれで、やっぱりお前は良いやつだなって改めて思ってさ」

「う、うぅ。何で急にそんなこと言うんだよぉ」


 そう呻くと、有友は器用に膝を抱えて丸くなった。

 髪に隠れて表情は窺えないけど、でも耳がほんのり赤い。


「小さな子たちと同じ目線で触れ合えて、でもちゃんと年上の大人もできてて、それでも偉ぶってなくて。みんなを大切にして、それで慕われてる。有友が家族をどんなに大切にしてるかよくわかったし、そんなお前だから友達もたくさんいて、そのみんなを大事にできるんだなってそう思ったよ」

「ス、ストップストーップ! もういい! もういいからぁ〜!」


 この際だからと思ったままを言ってみれば、有友はギャーッと喚いて顔を手で覆った。

 本心を言ったまでとはいえ、ここまで含めて俺の反撃だったから、その慌てふためく光景に俺はひっそりと満足した。

 もう少し照れさせていじめても良かったけれど、でもやりすぎて反撃し返されるのも怖いし、とりあえずここまでにしておいてやる。

 しばらく有友は俺の膝の上で小さくなっていた。


「────今日うっしーを連れてきたのは、アタシの大切なものを知って欲しかったからなんだ。そう意味ではまぁ、伝わって良かった、かな」


 落ち着きを取り戻した有友が、丸まったままおずおずとそう口を開いた。

 顔を手でパタパタと仰ぎなら、ちょっぴり口元を緩めて。


「アタシが友達みんな大好きなのはもう知ってるっしょ? だから、おんなじようにめっちゃ大好きな家族を、うっしーに教えたかったんだ。アタシの好きなもの、大切なものを全部知ってて欲しくて」

「そ、そうか……」


 特別感のあるその意味ありげな言葉に、あまり上手い返答ができなかった。


「アタシの大切なもの。絶対に放したくない、大好きなもの。友達も家族も、アタシの一部みたいなもんだからさ。誰か一人でもいなくなったらアタシ、冗談抜きで生きけない。うっしーにはそれを知ってもらって、そんで……その中でもとびきりの特別に、なって欲しくて……」

「………………」


 絞り出された最後の言葉に、どくんと心臓が跳ねた。

 有友が俺に求めているものが、切に伝わってきて。

 何より大切にしている友達や家族。それらに匹敵する、いや群を抜く特別なものに、俺になってほしい。

 恋人という、唯一無二のものに。


「有友は、俺をそういう風に思ってくれてる、のか。一番の大切にしたいって……」

「う、うん……。たくさんの大切なみんなの中でも、もっと大切。だって、好きなんだもん。独り占めしたいって、思っちゃうくらい……」


 決してこちらに顔を見せず、恥ずかしそうにもぞもぞと言う有友。

 けれどその想いは揺らいでいなくて、強く確かな気持ちが窺えた。


 いつも大勢の手を取って、色んなやつらと笑い合っている有友。

 たくさんの友達、たくさんの家族に囲まれて、そのみんなを大切にしている有友。

 そんな彼女にその中でも一番だと言われることは、この上ない喜びだ。

 素直に、心の底からそう思えた。


「べ、別に今すぐに答えが欲しいってわけじゃないよ。でもさ、うかうかして他の子に取られるのは、絶対嫌だし。大切なことは早めに伝えておこうと思って」

「お、おう……」


 勇気を振り絞って言ってくれているだろう有友に、ハッキリ応えられない自分が情けない。

 多分彼女だけが想いを寄せてくれているんなら、即答できたかもしれないけど。

 分不相応にも今の俺には、選択肢があるから。


「────ありがとう」


 こういう時なんて言えばいいんだろう。

 そんなことを悩んで────けれど気が付けばそう口を開いていた。

 気持ちとしては間違っていないけど、ちょっとふてぶてしくなかったかなと思っていると、けれど有友は嬉しそうにこちらに向いた。


 仰向けになった有友はしっとりとした静かな笑みを浮かべながら、珍しくとろんと大人しい目で俺を見上げてくる。

 それは甘えているようで、でもどこか縋り付いているような、そんな庇護欲をそそる瞳だった。


「うっしーなら、アタシをひとりぼっちになんてしないって、信じてるよ」

「…………?」


 ひとりぼっちだなんてお前に一番縁遠い言葉だろ、なんて思わず言いそうになって。

 その言葉の意味を図りかねてキョトンとする俺に、有友は誤魔化すようにニコッと普段通りの笑みを浮かべた。


 そして、右手の小指を俺の小指に引っ掛けて。強く、結んだ。




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