第15話 夏祭りには誰と行く?

 翌日の金曜日は一学期最後の日。

 終業式とロングホームルームだけで学校は午前中でおしまいで、俺たちはいつもよりも早く部活に集まった。

 といっても普段の活動はそんなに活発なものじゃないから、いつも通りのんびりと駄弁ったりする感じになるんだろう。


「実は、さっき急に話がきたらしいんだけどね」


 そう思って臨んだ部活、みんなで長机を囲んで簡単な打ち合わせが始まった時のこと。

 姫野先輩はそう言って切り出して、少し困ったような顔をした。


「次の日曜日、この辺りで夏祭りがあるでしょ? それのお手伝いの依頼が入ったんだって」

「えー! お祭りでぇー!」


 一番の驚き声を上げたのは有友だった。

 勢いよく立ち上がって雄叫びをあげる彼女に、姫野先輩も頷きながら眉を落とす。


「そうなの。そこそこ大きなお祭りだから、私たちが出る幕は基本的にはないんだけどさ。なんだか昼間の間だけ急に人手が足りなくなっちゃって、少しの間だけ雑用回りを手伝って欲しいんだって」

「昼間だけってことは、じゃあ全然遊べないってわけじゃないみたいですね」


 顧問の先生から伝え聞いたことをそのまま口にしているんであろう姫野先輩も、少しばかりがっかりしているようだった。

 けれど安食あじきちゃんのポジティブな返答に、そうそうと朗らかに頷く。


「夕方くらいまででいいからって話みたい。だから夜の花火の時間には間に合うし。それにお礼に、公民館でやる浴衣のレンタルと着付け、サービスしてくれるみたいだよ」

「おぉ、それは案外いい条件。ならまぁ、ボランティア部として人助けしなくちゃだね!」

「あさひ先輩、お礼に目が眩んでたらボランティアとは言い難いですよ」


 浴衣というワードに目を輝かせた有友に、安食ちゃんが苦笑いしながらツッコミを入れた。

 まぁ本来ボランティアなんかのチャリティは見返りを考えちゃいけないことだしな。

 尤もな意見にうげっと口をへの字にした有友だったけれど、女性陣としては浴衣を着られるのは嬉しいのか、特に誰も否定的な意見は出さなかった。

 むしろ、どんな浴衣が着れるのかとか、髪はセットしておいた方がいいかなとか、そんな話が始まっている。


「ねぇたけるくん。私の浴衣姿、見てみたい?」


 隣に座っていた未琴先輩が、俺の耳元に顔を近づけて囁くように言った。

 温かな吐息が柔らかく吹きかかって、思わず飛び跳ねそうになってしまった。


「そ、それはもちろん見てみたいですね。未琴先輩なら、きっと似合うでしょうし」

「似合うかな。着たことないからわからないけど。でも君が見たいなら、良いよ、着てあげる」


 俺が正直に答えると、未琴先輩はそう言ってほのかに微笑んだ。

 その口振りだと、まるで俺が未琴先輩に着てくださいとお願いしたみたいだけれど、まぁ細かいことはいいか。

 理由はなんであれ、美人の未琴先輩が浴衣が似合わないわけはないし、その麗しい姿を見られるのなら儲け物だ。


 普段からポニーテールにして白いうなじを露わにしている彼女だけれど、浴衣ならばもう少し首周りに余裕ができて、更に芳しい色香が増すことだろう。

 ベーシックな凄みは置いておくとしても、落ち着いていて大人っぽく所作が柔らかい未琴先輩は、きっと浴衣を最高に着こなすことは間違いないしだ。


「今、何か想像したでしょ」


 明後日に見られるであろう光景に思いを馳せていると、未琴先輩が目敏く言ってきた。

 椅子ごと身を寄せてきて、俺の太ももにそーっと指を這わせる。


「未琴先輩の浴衣姿を想像しました」

「もう少し細かく想像していた顔をしているよ」

「ど、どういう顔ですか、それ……」

「そうだね、感想まで思い浮かべたんじゃない?」


 相変わらず心を読んでいるんじゃないかと思うその洞察力に、じわりと汗が滲むのを感じた。

 きっと色っぽいんだろうなと思いました、なんて、流石に想像をそこまで正直に語れない。

 けれどあんまり言い淀んでいると容赦なく言葉を引き摺り出されそうだから、俺は慌てて口を開いた。


「あー、その辺りは、実物を拝見するまで保留にしませんか?」

「なるほど、それはいいね。想像通りだったのか、それともそれ以上だったのか。いずれにしても、正直な感想を楽しみにしているよ」

「任せてください」


 俺の苦し紛れの提案に頷いた未琴先輩は、その重い瞳をまじまじと向けながら微笑んだ。

 多分何もかもお見通しなんだろうけれど、ここは大人しく引いてくれた彼女に合わせて俺も平静を装って堂々と答える。

 これで実際にお目にかかった時に思ったことを何もかも言わされそうだけれど、未琴先輩が似合うだろうことは間違いないだろうし、まぁいいか。

 問題があるとすれば、俺の想像を絶するレベルで似合いすぎていた場合だけど。


「ちょっとちょっとー。今は打ち合わせ中だよ。この可愛い部長を見ずになにを見ているのかなー?」


 二人で脱線していた俺に姫野先輩が声を挟んできた。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の顔は彼女に引き寄せられるように机の向こう側へと向いた。

 眼鏡越しに姫野先輩のキラキラくりくりとした瞳が俺をばっちりにと捕らえている。


「部長が喋ってるんだから、自分たちの世界に入ってちゃダメだぞ。他の子に目移りしてないで、ちゃんと私を見てなさい」

「す、すみません。今、なんの話でした?」

「今はただ浴衣談義してただけだから大丈夫ですよ、うっしー先輩」


 お姉さんらしくピシッと、けれどどこか可愛らしく指を差して注意してきた姫野先輩に素直に謝ると、安食ちゃんが透かさずフォローを入れてくれた。

 どうやら話は全く進んでいなかったらしい。姫野先輩が「バラさないでよー」と拗ねた声を上げた。


「これから真面目な話しようと思ってたの! 明後日の段取りとか!」

「でも夏祭りの雑用の手伝いって、正直言われたことやることになるんだろうし、こっちが決めとく段取りも何もなくない?」

「あ、あるよー。何時に集合とか、どこ集合とか。あとは……」


 有友の言葉に姫野先輩は慌ててそう答えて、けれどそれ以上は何も出てこないようだった。

 しかも絞り出したのは、もはやただ夏祭りにみんなで遊びに行くのとなんら変わらない内容だ。


「ここは正直に、私に尊くんを独り占めされて嫌だったって、そう言ったの方がいいんじゃない?」


 うーんと唸りながら何かを捻り出そうとしている姫野先輩に、未琴先輩がストレートに言った。

 俺がいうのもなんだけれど、それはほぼみんなわかっていたことで。姫野先輩はぷーっと膨れた顔をした。


「そ、それはそうだけど……! でもそれだけじゃなくて……そうだ、手伝いが終わった後の話とか!」


 未琴先輩の淡々とした言葉に煽られた姫野先輩は少し肯定の姿勢を見せながら、咄嗟に思いついたという顔をした。


「手伝いの後はもちろん遊べる時間があるわけで。それで浴衣も着られるでしょ? その後をどうするか、私たちとしては話し合っておいた方がいいんじゃない?」

「……? せっかくですし、そのままみんなで遊んで回るんじゃないんですか?」


 いいことを思いついたと言わんばかりにペラペラと捲し立てる姫野先輩に、安食ちゃんが首を傾げる。

 いつの間にかサンドウィッチを食べ始めている。まだお昼には少し早いのに。

 そんな彼女に姫野先輩は、わかってないなぁと言わんばかりにドヤ顔を浮かべた。


「そりゃ、誰がうっしーくんとお祭りデートするか、でしょ。せっかく浴衣着るんだし、視線を独り占めしなきゃもったいないよ」

「…………!?」


 姫野先輩の言葉を受けて、部室内に一瞬で緊張が走った。

 俺的にはみんなで回るのは一向に構わなかったんだけれど、彼女たち的にはそうではないんだろう。

 そういえば前に、そんなような会話をしたような、しなかったような……。


 ただ、そんなものがこの場の話し合いで決まるとは到底思えない。

 普段ならデートの日取りを分ければどうにでもなるけど、この夏祭りはひとまず一度しかないわけだし。

 もしかして、これからそういう修羅場が繰り広げられるのか……?


「はいはーい! 意見がありまーす!」


 これから一体何が起きるんだと内心びくついていると、有友が手を挙げながら元気よく声を上げた。

 その雰囲気からは、とりあえず不穏な空気は感じられない。

 姫野先輩に「はい、あさひちゃん」と指差し指名され、有友は揚々と口を開く。


「どうせ話し合っても埒が明ないだろうし、とりあえずはみんなで遊ぼってことにしない?」

「ほほう。で、『とりあえず』のその先は?」

「最終的には当日、うっしーにどうしてもらうか決めてもらうってことで」

「お、俺……!?」


 一番難しいところを振られて、俺は思わず飛び跳ねた。

 いやまぁ確かに、合理的ではあるんだけれども。

 でも俺にそんな選択ができる甲斐性があれば、そもそもこうはなっていない気がする。


 有友は俺のリアクションをおかしそうに笑いながら続けた。


「明後日まで時間もあることだし、それまでのアプローチは各自ご自由にってことでさ。その上でうっしーがみんなといたいって言うならそれでもいいし、誰かを選んだら素直にそういうことにするってことでさ」

「確かに、それが一番無難で公平ですね。結局は私たち、うっしー先輩に選ばれたいわけですし」


 有友の尤もな意見に安食ちゃんが同意を示して、全体的に納得の空気が流れた。

 これは俺が異を唱えることはできないだろう。そもそも、それが正しい姿とも言えるし。

 いくらみんなが好意を示して、色々とぐいぐいきてくれているとはいえ、何かもみんな任せというわけにもいかない。

 ただヘタレな俺としては、ひとまずみんなでというのが無難じゃないかなと早くも思い始めていた。


「といわけで、うっしー! いっぱい悩んで、誰とお祭り回りたいか選んでね! もちろん、みんなで回るのはそれはそれで楽しそうだから、アタシ的にはそれもアリだけどさっ!」


 ニシシと笑って有友が俺の腕にしがみついてくる。

 その笑顔は純粋で、その行為そのものには打算的なものは感じない。


「まぁ今すぐ、アタシとが良いって決めてくれても良いけどっ」


 というわけでもなかった。

 有友は早速一番乗りで俺に仕掛けてきていた。

 しっかりと俺の腕を捕らえる彼女の柔らかな手が、俺の心までもガシッと掴んでくるかのようだ。


「そういうことなら尊くん。さっき私の浴衣姿の感想を言ってくれるって約束したよね。ここは、私に決まりなんじゃないかな」


 透かさず未琴先輩がそう言い出して、有友の独走を許さない。

 そうすれば安食ちゃんや姫野先輩も動き出すのは当たり前のことで、俺はあっという間にみんなに囲まれてしまった。


 四人の女子から一斉に自分を選んでくれとせがまれる。

 それだけを切り取ればとても幸せな状況ではあるけれど、かなり難しい問題だ。

 誰と一緒に回っても楽しそうだし、それにみんなで回っても楽しそうだ。

 これは、かなり厳しい選択を迫られている。


 選択肢は四つ。いや五つか。

 どれもとても魅力的で、けれど今はその中でも、二つが特にそそられる。

 ここ数日、何かと距離が近くなってきた有友。一番初めから、ひたすらな好意を向けてくれている未琴先輩。

 もし誰か一人を選ぶんだとしたら、今回は多分…………。


「さぁ尊くん。どうする?」


 みんなに囲まれて困っている俺に、未琴先輩はそう言って静かに微笑んだ。




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