第22話 多角的落恋地点の収束 ④ 45901
「ちょ、ちょっと待った待った……!」
完全に俺を置いてけぼりにして進んでいく話。
女子たちで了解が済んでいく中、俺は慌てて声を上げまた。
「一体、何が何だか……! れ、恋愛バトル? 意味がわからない!」
「別にそのままだよ? 仰々しい言い方になってるけど、要は私たち四人の誰が君に好きになってもらえるかって、そういう普通の恋の駆け引きだよ」
頭上に疑問符を浮かべまくる俺に対し、姫野先輩は軽い調子でそう言うと、可愛らしくウィンクをした。
そりゃ言ってる意味はわかるけど、でも何でそういうことになるんだよ。
「世界を滅ぼそうとしてる彼女は、でもその前に君を欲しがってる。なら、手に入るまでは世界を滅ぼさない。だから彼女の手に渡らない様に、私たちの誰かが君とくっつけば良いでしょ?」
「そ、そんな単純な話じゃないでしょう。そんな、世界を守るためだけに────いやそれは大切だけど────でもそんな使命みたいなもので、恋なんて……」
「いやぁうっしー、相変わらずわかってないなぁー」
人を好きになることは、そうやって目的を持ってすることじゃないだろう。
世界を守るためだからといって無理に好きになったり、好きになったふりをするなんて間違ってる。
俺がそう訴えると、有友がやれやれと肩を竦めた。
「アタシたちだってアホじゃないんだから、その気がなきゃこんな提案できないから。本気で挑まなきゃ、あの人には勝てないっしょ」
「ほ、本気って……」
「そもそもアタシら、うっしーのこと好きだから。めっちゃラブだから。これは私たち個人にとっても死活問題ってわけ」
「は……はぁ!?」
ペロリと舌を出しながらぶっちゃける有友に、俺は開いた口が塞がらなかった。
有友が、それに姫野先輩も
だから世界なんて関係なくても、未琴先輩に取られるわけにいかないって?
そんなバカな。そんなこと、あり得るわけがない。
「うっしー先輩は鈍すぎです。そういうところも素敵ではありますけど、もう少し私たちのことを見てください」
度肝を抜かれて半ばパニックな俺に、安食ちゃんが少し拗ねた様に言った。
「私たちは私たちになりに、ずっと先輩にアプローチしていたんですよ? ちょっとくらいは気付いてくれていると思いましたよ」
「そ、そんなこと言われても……」
確かに三人は仲良くしてくれていた。
けれどそれは飽くまで男友達、あるいは先輩後輩としての間柄の範疇だと思ってた。
顔を合わせれば声をかけてくれるのも、楽しく話に花が咲くのも、全部ただの友人関係としてのことだと。
だって、この子たちが俺のことを好きになってくれるなんて、そんなこと現実に起こるだなんて思わなじゃないか。
でも、百歩譲って彼女たちが本気で俺のことを好きでいてくれているんだとして。
未琴先輩はどうなんだ。彼女はこれでいいのか。
恋愛バトルなんていうものを大々的に興すことを、どうして未琴先輩は受け入れられるんだ。
俺は不安がな目を向けると、いつもの平然とした笑みが返ってきた。
「私は大丈夫だよ。それに、断れないし」
「ど、どうして……」
「だって、そもそも私が断るようなことじゃないでしょ、こういうの。私がいくら嫌だと言っても、彼女たちが君に好意を向けたら、結果的に私たちは恋を競うことになっちゃうんだから」
「そ、そうですけど……」
さっきまでは不機嫌が滲み出ていた未琴先輩だけれど、今はとても冷静だった。
むしろその提案を受けたことが、少し嬉しそうに見えなくもない。
「そういう意味では、彼女たちに名乗りを上げさせちゃった段階で、私は既に失敗してるの。今までならここでリセットしたいところだけど、もうしないって君と約束しゃったし」
「じゃあ未琴先輩は、この三人と俺を奪い合う……つもりなんですか?」
「うん。これが案外悪くない気もするし」
自分で言うと妙に気恥ずかしくなる。
けれど未琴先輩は当たり前のように肯定して、僅かに口元を緩めた。
「そこの三人と君のことを奪い合って、恋を競い合えば、私は自分の気持ちをより理解できるんじゃないかって。私にとってまだまだ未知のこの感覚を、同じ立場を名乗る彼女たちと関わることで、消化できるんじゃないかって。実はそういう期待があるんだよ」
「それは…………」
確かに未琴先輩は、はじめからそういうことを言っていた。
今抱いている気持ちが何なのか、それを知りたいと。
人を興味を抱き、好きになる。そういう衝動を掻き立てるものの、答えを知りたいって。
確かにそういう意味では、他の子たちの気持ちに触れることはいい刺激になるのかもしれない。
この場の誰も、このことを否定する人がいない。
有友も安食ちゃんも姫野先輩も、そして未琴先輩も。
俺を囲む女子たちはみんな、誰が俺の心を射止めるかという競争を受け入れ、それで雌雄を決しようとしている。
な、何なんだ、この状況は……。
「そんなに気張らなくていいんだよ、うっしーくん。君はただ、いつも通り私たちと仲良くしてくれればいいんだから」
固まる俺に対し、姫野先輩はにっこりと微笑む。
「私たちは高校生らしく、普通に恋をして、普通に君と結ばれるために、普通に努力する。うっしーくんも、その中から普通に一番好きな子を選べばいいんだよ」
「そうそう! 別に今までと何にも変わんないって! ま、これからは少しアプローチが強くなるかなぁとは思うけどねっ」
有友もまたニパッと笑い、頷いた。
「うっしーはどんと構えてればいいんだよ。むしろなんていうか、公認四股を楽しむくらいの気構えでさ。役得っしょ?」
「そんな簡単には……」
魅力的な女の子たちに多方向からちやほやされるのは、それは心地がいいだろう。
けれどみんながみんな俺に好意を持ってくれていて、みんな本気で、俺に選択を迫っているだなんて。
普通の恋愛すらまともにしたことのない俺には、なかなかハードルが高いって。
「それともうっしー先輩は、もう心に決めている人がいるんですか? 神楽坂先輩をもう好きになってしまって、私たちの入る隙間なんてない……邪魔、ですか?」
「あ、いや、それは……」
戸惑う俺に、安食ちゃんの健気な瞳が見上げてくる。
そうだと、断言できない自分が悔やまれる。
俺は今、未琴先輩に気持ちが向き始めているけれど、でもそれを受け入れきれていない状態だから。
未琴先輩が好きだと断言できず、けれど未琴先輩との恋を断ちたくはない今、俺にはこの状況を否定する力がない。
「大丈夫だよ、
困り果てる俺に、未琴先輩は優しく口を開いた。
淡々とした柔らかな笑みで、いつも通りに俺を見つめる。
「私たちは私たちで、今までと同じでいいんだから。私は君にアプローチをして、君がそれを受けてどう思うか。それは変わらない。他の子にちょっかいを出されることを、君が気に病まなくてもいいんだよ。むしろそれで、より私のことを好きになってくれたりしたら、嬉しいな」
「未琴先輩…………」
彼女はもう完全にこの状況を受け入れて、自分に利のある形を組み立て始めている。
もしかしたら、今まで上手くいかなかったことを見直して、新たな切り口を試そうとしているのかもしれない。
さっき話したことでそう考えるようになってくれたのは嬉しいけど、こうも柔軟に対応してしまうなんて。
四人の女子が、俺をぐるっと囲んで見つめてきている。
今さっきまで世界の滅亡だのと、それを目論むラスボスと相対する能力者たち、みたいな感じだったのに。
今は何故だか、女の子たちの恋愛バトルになってしまっている。
元を正せばそれも、世界の
でも、どうしてこうなった。
「うん、話はまとまったかな!」
もう何も言い返せなくなってしまった俺に、姫野先輩がキラリと言った。
「じゃあ、そういうことでいこうね。誰が彼のハートを射止めるか、私たち四人で勝負。基本邪魔も妨害も普通の恋愛と同じでアリだけど、でも血生臭いのは禁止ね。まぁ恋愛にはドロドロしたのも付き物だけど、ドンパチまではナシ。ここは健全にいこう」
パンと手を合わせて、そうまとめる姫野先輩。
この子たちが異能力バトルを繰り広げ、命の取り合いをしないだけ良しとするべきなんだろうか。
その恋愛バトルというのがどこまで世界を守ることに繋がるのかわからないけれど。
でもそうすることで荒事にならないのなら、まだいいと思うしかないのかな。
確かに、未琴先輩と三人が戦うところなんて見たくない。
その明確な対立が起きた時、俺はどっちの味方をしていいかわからない。
好意を交わし始めた女の子として、未琴先輩を味方していいのか。
世界を滅ぼそうとしているラスボスだと、それに対抗する三人に味方していいのか。
そんなこと、俺にはまだ判断できない。
それにもしそうなった時、未琴先輩が三人のことを殺してしまったりしたら。
俺はもう、本当にどうしていいかわからなくなってしまう。
ならまだ、こういう形の闘争の方がいいかもしれない。
戸惑う事ばかりでまだついていけていないけど。
でも最終的な選択権は俺にあるんだから。
結論に必要なことは、未琴先輩や彼女たちとのこれからの時間の中で見つけていけばいい。
そう考えて、受け入れるようにしよう。
「じゃあ尊くん、これからもよろしくね」
覚悟を決めた俺に、未琴先輩は優しく言った。
色々なことが真実だとわかって、彼女が例のラスボスだと理解しても、やっぱりとても綺麗だと思った。
名前を呼ばれるだけで、心が跳ねる。
「絶対に、私を好きにならせてあげるから」
そう言って微笑む彼女に、俺は頷くことしかできなかった。
確かに俺は、漫画みたいなラブコメを過ごしてみたいと思っていた。
けれど蓋を開けてみれば、俺の学園ラブコメのヒロインは世界滅亡を目論むラスボスで。
そしてそんな彼女から、俺を奪うと意気込む美少女たちが更に三人。
これはなかなか、ハードな物語が始まってしまった。
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